第八部 第25話 花婿の錬金素材探し
ある休みの日の朝。
未だ眠い目をこすりながら学園内の食堂へ向かう途中、双子の姉萌子とばったり出会う。服装は制服でもクエスト用装備でもなく私服で、手には布製の大きなバッグを提げている。見たところ、クエストという訳でもなさそうだ。
「萌子お早う。今日も花嫁修業の料理教室か? だいぶ、慣れてきたんだろ。」
「ああ、イクトお早う。最初は、大変だったけど……お教室で作った料理を持って行くと、マルスが美味しいって褒めてくれるから頑張れるの。じゃあ、行ってきます!」
「そっか、もうすぐ結婚式だし……。頑張れよ!」
愛されてるな、マルスのヤツ。最初は新婚生活への不安があったように見えた萌子だが、花嫁修業を行うことでだいぶ気持ちが前向きになったようだ。
萌子の背中を見送り、改めて食堂へ。休みのせいだろうか、いつもより人が多く混み気味。
朝のメニューは、数種類から選べるが今日は和の朝食セットに決定。味噌汁、白米、焼き鮭、海苔、生卵、漬け物というオーソドックスなセット。
朝食と卵かけご飯用の醤油を受け取り、トレーに乗せる。日差しがまぶしいテラスのカウンター席へ。すると、背後から卒業生の先輩勇者に声をかけられる。
「やあ、イクト君久しぶりだね。隣の席、いいかい?」
「! ケイン先輩、お久しぶりです。どうぞ!」
先輩も和の朝食セットを選んだ様子。カタンと軽い音を鳴らしてトレーを置く。
「ギルドの長期クエストが終わったから、たまには学園の食堂で朝ご飯でもと思ってね」
卒業後も学園ギルドに所属し、プロ勇者として活躍するケイン先輩は、今やオレの所属するギルドのエース格だ。ちなみに、女勇者レインのいとこでもある。
ほどよく醤油と混ぜ合わせた卵かけご飯を味わいながら、プロ勇者のクエストについて話を聴かせてもらう。
「長期クエスト……。やっぱり、プロ勇者のクエストって時間がかかるものが多いんですか?」
「んー、どちらかって言うとオレ達にそういうのが回って来やすいのかな? ほら、うちのチームってヤヨイと2人組だから滞在費もあんまりかからないし……。まぁ、今日はヤヨイが単独で聖女限定クエストに出かけていて不在だけどさ」
「滞在費か。最近終わった卒業試験は別として……日帰りから短期間のクエストしか学園勇者は受けられないから、あんまり考えたことなかった」
オレのメンバーはケイン先輩と違って人数が多い。今後のすべてのクエストに、メンバー全員で出動するのは無理だろう。
「メンバー構成によって回ってくるクエストは違うし、そんなに気にすることないと思うけど。武器種や得意技でメンバー内で編成を分けているチームも多いみたいだよ」
「そういえば、最近になって編成機能がギルドのアプリに搭載されていたな。確認してみよう」
スマホを取り出し、ギルドアプリを立ち上げてチェック。編成と記されたボタンをクリックすると……。
「あれっ? この間萌子達と一緒に行った合戦場のメンバー構成が登録されてる。チーム名・合戦場メンバー」
「きっと、誰かが編成に登録しておいてくれたんじゃないかな? メンバーのうち誰かが編成アプリに登録すれば、自動で登録情報が伝達されるんだよ」
「へぇ、便利だなぁ。あっ登録してくれたのは、マルスだ。あとで、お礼言わないと……」
そういえば、オレの義兄になる予定のマルスは今頃どうしているんだろう? ギルドクエストを一時休止して、結婚準備に奔走しているって話だけど……。
「指輪……どうしよう? もうすぐ挙式なのに」
ダーツ魔法学園勇者コース寄宿舎の各生徒自室。
ローテーブルの上に結婚指輪のパンフレットを複数広げて、一人呟く勇者マルス。
さらりと伸びた黒い前髪に息を吹きかけて、何か良い案がないかとアイデアをひねり出す。
「おう? マルスどうしたんだ、ため息なんかついてさ。萌子ちゃんに似合いそうな指輪見つかったか?」
ロフトルームからひらりと舞い降りて、パンフレットをのぞき込んできたのはマルスの守護天使だ。担当となる転生者の性格にあった守護天使が派遣されているらしい。マルスの守護天使は、彼の性格に合わせて男らしい気質の守護天使である。
といっても、見た目はどこかの国の少年合唱団に所属していそうな金髪美少年だが。はにかむ笑顔は天使の絵画に出てきそうなほど輝いている。そのざっくばらんな口調とのアンバランスさが、守護天使の魅力でもあった。
「ああ、それがさ。萌子ちゃんが、家事をやっていてもクエストの最中でも、肌身離さず身につけられる指輪がほしいっていうんだ。オレも、それがいいと思って探していたんだけど……注文してから届くまで一ヶ月かかるんとかで」
冒険者御用達の指輪メーカーのパンフレットをいくつか集めたようだが、ハイレベルクエスト対応魔法防御指輪は人気商品らしい。注文から一ヶ月以上かかるそうだ。
交際を決めるのと同時に結婚も決め手しまったので、同時進行で準備を行っている。そのため、指輪が挙式までに間に合わない状態。
「確かに特別仕様の指輪は、一ヶ月位かかるかぁ。普通のクエストならまだしもマルスの所属ギルドは、他のギルドと違ってかなり激しく戦う所だし。比較的早い期間で準備ができる魔法防御効果が高い指輪っていうと……やっぱり錬金しかないんじゃないか?」
「錬金……そういえば、イクトには錬金術師の知り合いがいるんだっけ? ちょっと訊いてみようか」
「それがいいぜ。さっそく連絡して見ろよ」
オレとケイン先輩が朝食を終えて、緑茶で一服しているとスマホから着信を知らせる音。姉萌子の婚約者マルスからの着信。ちょうど様子が気になっていたところだ。
『はい、イクトです。マルス? えっ錬金、ああ結婚式までに冒険者用の指輪を間に合わせたい? そっか、たぶんココアのところの工房でも扱っていた気がするけど。今、ケイン先輩と学園Bエリアの食堂にいるからさ……うん、また後で』
「おや、マルス君どうかしたのかい? 錬金がどうのとか……。何かチカラになれそうかな?」
隣で電話の内容をなんとなく聞いていたケイン先輩から、詳しい内容を尋ねられる。
「それが、結婚式までに冒険者用の結婚指輪を間に合わせなきゃいけないとかで……。早く錬金が出来そうな店を訊かれて……」
「そういうことか。ちょっと前に冒険者用アクセサリーの錬金クエストを引き受けたことがあるからアドバイス出来るかも。いきなり、錬金工房に行っても素材が揃っていないと進まないよ。お店に予約を入れてから、素材集めをした方がいいね。あと錬金レシピがあると好ましいよ」
「素材集め……ですか。店舗にあらかじめ揃っているものと組み合わせれば、何とかなるかな。せっかくの双子の姉の結婚式だしチカラになりたいけど……」
結構、集めるアイテムが多そうだ。もしかしたら、萌子やマルスの手持ちのアイテムの中から、素材に出来そうなものが見つかるかも知れないけれど。
「ちょっと、アプリの素材集から検索してみよう……。うん、多分この間のクエストで集めたのと、同じものが使えるはず。しかし、またこの素材か……オレの剣の素材にも使われているんだよな」
スマホのアプリで、ケイン先輩が錬金素材が採れる現場を調べ始める。どうやら心当たりがある素材らしい。剣で使われているものと共通している素材だなんて、きっと丈夫な結婚指輪になるのだろう。
「イクト! ケイン先輩!」
足早に現れたマルス……黒い前髪をさらつかせて相変わらずイケメンだが、心なしか疲労が伺える様子。大丈夫だろうか、せっかく姉との結婚式を控えているのに。
オレが一言かける前に、ケイン先輩がずいっと乗り出してマルスにクエストの交渉し始めた。
「どうだろう? マルス君。今、オレが集めているレア素材……キミと萌子さんの指輪づくりに必要な素材と同じものなんだ。ここはオレとイクト君と……マルス君の3人で協力して、素材集めクエストやってみないか?」
「えっっ? でも……」
「お互い、プラスがあるクエストなんだ、遠慮することないさ。それに、このクエストは本来プロ勇者になってからじゃないと受けられないランクのものだよ」
プロ勇者魂がうずくのか、ぐいぐいとマルスを共同クエストに誘うケイン先輩。RPGの勇者というのは、人助けをしながら世界を救うのが王道パターンである。ケイン先輩は、まさにその王道系勇者なのだろう。
「そうだ! 素材集めはオレたちと行って、錬金作業はマルス君が萌子さんと2人で、一緒にやるというのは? もちろん、錬金工房でプロに手伝ってもらいながらだし、安心だよ。そういうカップルからの素材集めの依頼も、結構引き受けてるんだ。夫婦で指輪の手作り作業だなんて、ロマンティックでいいと思うけど」
ねっ……決まり! と、笑顔のケイン先輩に促されて……。
イクト、ケイン、そして花婿であるマルスの男勇者3人構成で素材集めクエストへと出発することになったのである。