第八部 第24話 乙女達の花嫁修行
イクトの双子の姉である女勇者萌子の結婚が、無事決まった。
相手は、イクトや萌子と同じダーツ魔法学園勇者コースに所属する男勇者マルスだ。
もうすぐ、ダーツ魔法学園勇者コースを卒業し、プロの勇者としての一歩を踏み出すことになるイクト達。結婚式は卒業式の数日後に、学園敷地内の挙式用チャペルで執り行われる予定だ。
つまりマルスは今後、イクトやアイラの義理の兄となるのだ。身内であるイクト達の元にも、メールでマルスのプロフィールデータが改めて送られてきた。
マルスの本名は丸須有吏という名前で、勇者ネームのマルスというのは実は名字である。
だが、萌子は彼の勇者としての名前を、火星のマルスやローマ神話の武神マルスからとったニックネームだと勝手に思っていた。
まさか、本名でなおかつ名字だったとは……。
結崎家は伝統により、性別関係なく最初に生まれた子が跡継ぎになるという決まりがあるため、萌子と結婚するマルスは婿養子になる。そのため、結崎有吏が、今後の勇者マルスの本名だ。なお、勇者としての名義は変更せずに、マルスのまま継続するとのこと。
彼にとっては勇者ネームという形で、旧姓を残せて良かったのかも知れない。
新たに結崎家の一員となるマルスの新婚生活のプランは、慎ましくも壮大で……。
愛するマルスの期待に応えるため、萌子は花嫁修業を行うことに……!
【地下迷宮ギルド主催HS教室入り口】
誰でも、家事スキルを短期間でマスターできると噂の花嫁教室。
秘密裏に特訓したい若い女性を対象としているため、花嫁修業の略である『HS(花嫁修業)教室』という名称で看板が掲げられている。
入り口手前で、会員証を確認するシステムが導入されており、一見すると地下にある会員制の飲食店のような様子だ。
「ついに来ちゃった! 地下迷宮ギルドの秘密花嫁教室……。こっそり、料理や家事のスキルを上げられるって話だけど……大丈夫かなぁ?」
「心配いらないさ、萌子さん。なんたって、この花嫁教室は偵察業務などのために、家政婦として潜り込むことのあるというアロー魔法剣士学校御用達なんだからなっ!」
ここの花嫁教室を紹介してくれたのは、萌子の地球時代からのゲーム仲間である賢者ルーン会長だ。実は、ルーン会長もアロー魔法剣士学校に在学する魔法剣士のシフォンから情報を提供してもらったのだという。
家政婦と聞いて、ドラマの影響なのかミンティアやレインが興味津々に、シフォンへ家政婦の質問を始める。
「へぇアロー魔法剣士学校って、ボディガード以外にも家政婦とかいろいろな職業に就いているんだね。やっぱり、偉い人に頼まれて家政婦をやりながら実はいろんな秘密をさぐるとか……」
「よく、家政婦っていろんな情報目撃しているイメージだよね。アローの生徒さん達って、マルチに活躍しているって噂だけど……やっぱり……偵察とかスパイ……」
ぎくりと肩を震わせるシフォン。あまり突っ込んでほしくない部分のようだ。
「あははは……あんまり、偵察とか秘密をさぐるってイメージがつくと、今後うちの学校の生徒達が活動しづらくなるから……。その……ルーン会長、みんな……もう少し小声で……」
「おっとシフォンさん。済まない、済まない! まぁ信用のある花嫁教室だから、安心だよ」
意外なことに、賢者ルーン会長と魔法剣士シフォンは、魔法使いの交流会でたまに一緒になるとかで元々知り合いなんだそうだ。よく考えてみれば、2人とも初期の職業は魔法使いである。今風に云うと、魔法少女と呼んだ方がしっくりくるだろうか。
「シフォンちゃんって、イクトの卒業試験にも協力してくれてたんだね。今度は、私の花嫁修業にまでつきあってもらっちゃって……ありがとう。よろしくね」
「うん、同じ異世界転生者同士だし、困った時はお互い様だよ。さっ教室の中に入ろう! 一応、ここでの花嫁修業は単位として認定されるから、学生証を提示してね」
メンバーは、萌子、ルーン会長、ミンティア、レイン、シフォンの女子学生5人。一緒に習う聖女ミンティアは、弟イクトの妻候補としてすでに婚約中だ。萌子としては、同じく弟イクトの妻候補であるギルドメンバーのマリア達も誘いたかった。だが、現役学生を対象にしている講座という事で、このメンバー構成となった。
よく考えてみれば、マリアらはクエスト時に料理や後かたづけなど、いつも手際よくこなしている。すでに家事スキルは高そうだし、教室に通う必要は無いだろう。
教室の中は広く、使い勝手の良いキッチンスタジオだ。学生限定講座というだけあって女子学生ばかり。
それぞれ、エプロンを装備して準備万端! すると、授業開始の鐘の音とともに、担当の先生が登場。黒髪をまとめ髪にして、銀縁のメガネがよく似合うチャイナドレスの美人だ。耳がとがっているところを見ると、おそらくエルフ族だろう。
「みなさん、初めまして。花嫁教室料理部門講師のミンリーです! ではさっそく、第一回目花嫁修行料理講座を開始します。花嫁講座と言っても、まだみなさん学生だし、実際に嫁ぐ予定の人は……。あらっ? 珍しいわね。本当に、結婚を控えている生徒さんが一人……結崎萌子さん? どこの席かしら?」
若い学生向けの講座であるため、結婚を控えている女性は萌子だけだったらしい。
「えっと……私です。先生……」
もじもじと、顔を赤らめながら手を挙げる萌子。みんな一斉に萌子に注目する。ちくちくと視線が痛い……。
ただでさえ、家事スキルが低いのにまさか注目されるとは……想定外の展開に動揺気味だ。
「まぁ結婚おめでとう! ええと……データによると、婿養子にくる彼のために、家事スキルを上げたい……。まぁ素敵ね! 最近は、家政婦になるためにこの教室に通う生徒が多かったから、なんだか新鮮だわ」
他の生徒も、お祝いムードに流されて祝いの言葉や拍手を送る。
『えっあの子まだ若いよね。もう結婚なんだ。うらやましい……おめでとう!』
『おめでとう! 婿養子かぁ……珍しい。あっもしかして、地球風の一夫一妻制?』
まさか、突然教室開始と同時に祝われるとは思わなかったのか、さらに照れる萌子。
「あっはい。みなさん、ありがとうございます……」
しかし、直ぐに結婚を控えている女性が、萌子だけだったとは……。
それもそのはず、一緒に講座を受けるミンティアもイクトと婚約しているものの、一夫多妻のシステムを採用しているアースプラネットでは、結婚の順番を決めるのに意外と時間がかかる。
花嫁としての順位によって、立場が微妙に変化するため、話し合いが長引くこともあるらしい。
イクトにとっては、ギルドメンバーのほとんどが妻候補だ。
もしかしたら、同級生のレインや他校生のシフォンとだって、婚約の話が持ち上がるかも知れない。そのような話を、ハーレム勇者認定協会から派遣されているリス型精霊ククリから聞いたことがあるのだ。
対照的に、婿養子制を選んだ萌子とマルスには、一夫多妻制のシステムは採用されない。そのため、結婚までの流れもスムーズだった。
マルスの妻は、生涯萌子だけである。
萌子とイクトは双子の姉弟だが、結婚のスタイルはまったく真逆のものとなった。
「では、花嫁さんも居ることだし、頑張りましょう! 本日は、和の家庭料理を学びます。まずは、お米を研ぐところから……」
最初は不慣れな手つきだったが、徐々に食材の扱い方にも慣れて、ゆっくりじっくり自分なりの料理を行う萌子。
ふっくらごはん、豆腐とわかめの味噌汁、カレイの煮付け、カブの和え物、男性が喜ぶと噂の肉じゃがなど……。
「マルスに美味しいごはん……作らなきゃ……! 喜んでくれるかな?」
包丁やピーラーと格闘しながら作る料理は、萌子にとってはバトルクエストよりも緊張感にあふれていた。なんとか、全部のメニューが完成。
「わぁ……いいにおい! なんていうか、おうちのごはんってカンジ!」
「はぁ……私でも、出来た……。初めての手料理……」
「良かったな、萌子さん。どうだ? いくつかの食事はタッパーにまとめてマルス君に食べてもらっては?」
「それがいいよ! きっと喜ぶよ。私も、イクト君に……」
一日目の講座が終了し、いつの間にか時刻は夕刻。
その頃、双子の弟であるイクトは寄宿舎の自室で夢の中。春の陽気のせいなのか、学生生活や連日にわたるクエストの疲れがたまっていたのか? ぐっすりと眠ってしまった。
夢の中では、双子の姉が夫となるマルスのために悪戦苦闘しながら作った料理を恥ずかしそうに手渡す映像が浮かんでいた。もしかしたら、予知夢だったのかもしれない。
どこからか、寄宿舎の階段をこつこつと登る足音が聞こえてくる。
花嫁教室で作ったという手料理を持参して、ミンティアやレインがイクトの部屋に訪れるまで、あとわずか。
きっと、義理の兄マルスと双子の姉萌子も今日は寄宿舎の部屋で、幸せな夕食を過ごすのだろう。
みなさんも、春の幸せなひとときを……。