第八部 第22話 猫神様が結ぶ赤い糸
本日二月二十二日は猫の日である。
毎年、猫の日が近づくと、何となく巷で猫グッズを見かけるようになる程度で、さほど気にとめることはなかった。
だが、今年はこれまでの猫の日とは事情が違う。オレの双子の姉である萌子のケモ耳化をくい止めるために、猫神様に会いに行かなくてはならない。地下迷宮のトラップにより、猫系のケモ耳族になる呪いがかかった萌子を元の人間に戻せるのは、猫神様だけだからだ。
人間が神様にお願いを行うときには、お賽銭やお祈りが必要となるのはもちろんだが、特別な祈願を行いたい場合は何か贈り物をした方が効果的だという。
お稲荷様に祈願を行うときは、油揚げを捧げるのが一般的だ。同じ油揚げを使用しているいなり寿司を捧げても喜ばれるかもしれない。
弁財天様の場合は、生卵を捧げる。お地蔵様や大黒天様には、あめ玉を捧げる人も多いらしい。それぞれの神様に好みの食べ物があり、祈願方法も多少異なるのだ。
そして、それは猫神様とて例外ではない。
地球でも招き猫などが縁起物として好まれており、猫をまつる神社仏閣は数多くある。異世界アースプラネットでも、メジャーな神様だという猫神様。
猫神様にお願い事をする際に必要となる贈り物は、魔法のマタタビ。
魔法のマタタビは、普通のマタタビに錬金術で魔法のエレメントを融合させることで完成する。合戦場でのクエストを無事に終えて、目的の品である魔法のエレメントを大量に取得することが出来た。
あらかじめ錬金術師のココアに、ダーツ魔法学園まで出張してきてもらいクエスト終了後すぐに錬金作業をしてもらったのだ。完成したのは、猫の日当日の朝だが、何とか間に合って安堵する。
「なんとか魔法のマタタビを錬金出来たな。まぁ、合戦場でエレメント集めを頑張ったのは萌子本人だし、うまく出来ているよな」
「うん、萌子ちゃんも元に戻れそうだし良かったね」
完成した魔法のマタタビを、ミンティアが贈り物用のケースに大切に納める。偶然とはいえ、物事がスムーズに運んだことに感心だ。
すると、合戦場のクエストに協力してくれていたルーン会長がひとこと。
「これも猫神様の思し召しなのかもしれない……猫の神というとやはり、もふもふなのだろうな……ふふっ楽しみだ!」
普段は、お堅い表情の多いルーン会長が頬をゆるめている。きっと可愛い生き物が大好きなのだろう。メガネの奥から覗く、澄んだ瞳が普段以上にきらきらと輝いている。
「ボクも楽しみだなぁ。地球では獣医を目指していたから猫神様に会えるなんてラッキーだよ」
意外……というほどではないが、地球では大学進学間近だったというツカサは獣医になる予定だったという。地球での暮らしは聞いた限りでは順風満帆だったのに、異世界の生活に満足しているようで不思議な人だ。
「ツカサもさ、これを機に地球時代を思い出して地球に戻るクエストに協力してくれると嬉しいんだけどな。まぁ、その話はおいおいだな。今は萌子ちゃんの健康が一番だし……。それに、オレも猫神様って初めて会うから楽しみだぜ」
マルスは、ツカサが地球にいたころを思い出してくれるのを待っているようだが……。高校時代の同級生だというツカサとマルスだが、地球への帰還希望者であるマルスとしては、異世界残留希望のツカサと将来の方針がかみ合わず苦労している模様。
だが、マルスの言うとおり、今回は萌子の身体の健康のためにもケモ耳化の呪いを解くのが先決だろう。
古都地域の地下迷宮ゲート付近にあるという猫神様の本拠地へは、マルスが所属する最前線ギルドのゲートから訪問が可能だ。観光クエスト扱いで、ゲートをくぐる許可をマルスに取ってもらう。
参加メンバーは、オレ、ミンティア、萌子、マルス、ツカサ、ルーン会長の合戦場メンバー。そして、猫神様への謁見許可を得やすいように猫耳メイドのミーコが付き添ってくれることに。
はじめての最前線ギルドのワープゲートは、重厚な鉄の扉で少し緊張する。
「よし、準備も出来たし猫神様の元へ行こうぜ! ほら、萌子ちゃん!」
「にゃあ。みんなレッツゴーなのにゃ!」
ケモ耳化が進み、すっかりノリの良いケモ耳族としてエンジョイしている萌子のかけ声と共にワープ開始。扉を開けるとゆらゆらと景色が歪み、気がつくと、和の情緒あふれる古都の地下都市に到着していた。
【猫神様への参拝はこちら】
石畳の路地には、わかりやすく案内が出ており迷わず猫神様がまつられている拠点に到着。みたところ、猫神様の拠点には、手を洗う場所や本堂、社務所などがあり、ごく普通の神社仏閣のような造りになっている。
また、年に一度の猫の日だけあって、猫耳の参拝客が大勢訪れている。人混みならぬ、猫混みをかき分けて参拝受付で番号札をもらう。
人間族の姿も見かけるが、ゲスト扱いのようでかなり長い時間謁見までに待たされるようだ。すでに、人間用の列には最後尾の看板が出ている。
元々猫耳族であるミーコに付き添ってもらっているおかげで、猫耳族用の列に並ぶことが出来た。
「まぁ、猫耳族の方が地上から……? 珍しいですにゃ。きっと猫神様も喜びます。猫神さまへの祈願はこの木札に記入をお願いしますにゃ」
「あの……ケモ耳化の呪いを解く祈願の場合は……?」
「それでしたら、呪い除けの儀式を行いますので……こちらですにゃ」
猫耳巫女に案内されて、呪い除け専門のコーナーへ。人数制限があるようで、ここから先は祈願者の身内のみとのこと。
「身内のみ……っていうと、オレと萌子だけ……?」
「マルスも行ってきなよ。一応、萌子ちゃんの交際相手カッコ仮なんだし……」
ツカサに促されて、同行することになるマルス。もしかしたら、マルスの狼男化も治るかもしれないし、一緒の方がいいだろう。
「おっおう! 萌子ちゃん……いいかな?」
「心細いから、一緒だと嬉しいにゃ」
ケモ化してから、マルスに対してずいぶんと素直な萌子。もし、ケモ化している今の状態が萌子の本音なら、やはり萌子はマルスのことが……。
人間に戻ってからも、素直で居られるといいんだけど。
付き添いのミーコと他のメンバーには待合い室で待機してもらうことに。
靴を脱ぎ、本堂へと案内されて儀式の為に正座して待つ。さらに、本格的な祈祷が必要だという。
結局、呪いのかかっていないオレは畳の部屋で待機となり、萌子とマルスだけが再奥の部屋へと入室することになった。
猫神様の顔を見ることは出来ないらしく、ベールに包まれた向こう側から影のみが伺える。神々しいオーラが、放たれており、やはり神と呼ばれているだけのことはある。
「次は……萌子さんですにゃ。どうぞ……」
可愛らしい猫神様の声。猫が人間の言葉を話しているといった感じの猫ボイスで、猫好きは思わず萌えすぎてしまうだろう。
オレが、確認できた猫神様と萌子とのやりとりはそこまでだった。
無事に儀式が終わったのか、猫耳ヘアバンドを手にした萌子。人間の状態に戻ったようで、状況に応じて猫耳ヘアバンドでケモ化が出来るようになったという。
マルスも一緒に呪いが解けてしまったのか、すでに犬耳ではなく普通の頭部に戻っていた。
ケモ耳化が解けたこと以外では、一見すると特に変わった様子はない。
だが、身内特有の勘では何となく、萌子とマルスの距離がぐっと縮まったような気がしなくもない。
「萌子、お疲れさま。マルスも、一緒に呪いが解けたみたいで良かったな……って。2人とも、なんだか顔が赤いけど……?」
萌子はともかく、マルスまで照れている表情のような……。
【ここより先の話は、萌子と猫神様との面談である】
萌子達と猫神様との話し合いは、実に簡潔なものだった。ケモ耳化した萌子と同じく狼男化したマルス。
2人とも呪われている事から、呪い除けの対象者であるが、だからといってケモ耳族として生きていくことが悪いこととは言わない。
猫耳族やケモ耳族としての生き方も、それはそれで良いものだ。
だから、猫神様は当事者達がどのように生きていきたいのか率直に本人達に訊ねるのである。
『萌子さん、マルスさん……あなた達2人は夫婦として、ケモ耳族の子孫を残したいんですか? それとも人間として、子孫を残したいですかにゃ?』
『えっ夫婦? し……子孫……?』
夫婦と呼ばれて驚く、萌子とマルス。
それもそのはず、交際相手カッコ仮とからかわれたばかりの2人だが、手をつないだ事すら無いくらい、清らかな付き合いである。
だが、動揺する2人を気にも留めず当たり前のように話を続ける。
『ええ、だってあなた達は、運命の赤い糸で結ばれているのでしょう?』
猫神様……通称招き猫様が、実は縁結びの神様としても有名であることをイクトが知るのは、参拝から数日後。
双子の姉萌子と友人のマルスから、正式に交際を決めた報告をもらってからである。