第八部 第19話 はじめてのマルチ合戦場へ
猫神様に捧げる魔法のマタタビを完成させるために、多くの魔法力が取得できるというマルチプレイ合戦場に参加することになった。
合戦場は、いわゆるスマホゲームでいうところの他のプレイヤーと協力して強い敵を攻略するマルチプレイ方式が採用されている。
以下は合戦場のルールである。
【合戦場ルール】
1:ひとつのチームの参加可能人数は6人までとされており、なおかつギルドチームからは2人ずつまでの選出。これは、魔法力を各ギルドチームごとに平等に分配するための配慮である。
なお、小妖精などのサポーターは各人1人は守護役としてつけても良いことにする。
2:召喚士は、各チーム1人まで参加可能。召喚精霊ばかりが合戦場に集まると魔力崩壊を引き起こす可能性があるため、制限をかけている。
3:万が一、全滅した場合は素直に撤退して参加者の治療に専念すること。ただし、負けた場合でも参加したバトルの報酬はわずかではあるが、あとでデジタルコインとして支払われる。
4:改造スマホデータの持ち込み禁止。アバター体を改造するなどの行為は、アバター体に負担をもたらすためバトルの参加は危険である。
5:ライバルチームへの妨害行為の禁止。魔法力を独占するために、他のチームの足を引っ張るような行為をしないように。
みんなで協力しあって、健全な合戦ライフを送りましょう!
スマホに送られてきた合戦場のルールをひと通り読み終えて、思わず絶句しそうになる。いや、別に誰と話をしていたわけでもなく、自室のベッドで1人黙々とメールを読んでいただけなので絶句も何もないのだが……。
基本的には、合戦場に復活したという戦神や悪霊を大人しくさせるために合戦場で戦っているはずだ。なのに、改造スマホの持ち込み禁止だとか、ライバルチームの足をひっぱるなとか、まるで普通のスマホゲームのマルチプレイの規定のようである。
なんというか、もしかして合戦場って報酬目当ての強者達が集う魔境か何かなのだろうか?
ため息をついてベッドにごろりと横になると、ロフトルームで休んでいた守護天使のエステルがひょっこりと顔を出して、こちらにふわりと舞い降りてきた。
「ルールどうしたのイクト君? なんだか、難しい顔していたけど……。合戦場って大変そうなの?」
「いや、大丈夫。参加できる人数が決められているし、ルールを読み直していただけだよ」
エステルに心配かけまいと、思わず作り笑いをしてしまう。つきあいの長いエステルだから見抜かれているかもしれないけれど、変なところで心配させたくない。明日は本番……合戦場でのバトルなのだから。
「参加人数って……各ギルドチームでタッグを組むんだっけ? 萌子ちゃんやマルス君のチームからも参加者が居るんでしょう? ということは……」
「うん、全員で6人になるようにってルールなんだ。それぞれのチームから2人ずつって事だよ。萌子はルーン会長と一緒に参加するんだって」
「へぇ、じゃあ賢者役はルーン会長に任せられるね。イクト君は、誰と参加するの? シュシュちゃんは小妖精だからサポート役でメンバー人数には数えられないから……ギルドメンバーからあと1人参加できるね」
そう、オレのギルドメンバーから協力者を呼べるのは実は1人だけという計算になる。ルーン会長の参加が決定しているので、賢者枠はすでに埋まってしまっている。かといって、攻撃役の前線担当はすでにマルスが適役として収まっている。
さらに、マルスのチームからは、あの最強を目指しているという男の娘白魔法使いのツカサが参戦するらしい。ツカサ曰く、萌子に何回も迷惑をかけたので、協力したいとかなんだとか……。
つまり、回復役もすでに決定済みだ。選択肢は、意外と少ない。
「召喚士の人数規定があるって事は、召喚精霊の攻撃が有効って事だよな、たぶん。ってことは、召喚士のミンティアとオレが参加すればいいのか。さっそく、ミンティアにメールで連絡しておこう」
熟慮した結果、他の参加者とスキルがかぶらず召喚士というレア職業のミンティアをメンバーとして加えることになった。ミンティア本人からも、是非参加したいと意思表明してもらっていたので、頼みやすい。それに、万が一女アレルギーを発症したとしてもミンティアのチートスキルで回復可能だ。
その後、明日のミーティングも兼ねて合戦場の参加メンバーで、学園内食堂で晩ご飯。人数が多いことからファミレス系の食堂の、ゆったりとしたソファがある奥の席を選ぶ。
「にゃんにゃんにゃーん! ファミレスだにゃーん!」
「萌子、きちんと席に着けよ! 大丈夫かなぁ……いつもなら、もっと落ち着いているのに……」
メンバーは、オレ、ミンティア、マルス、ツカサ、ルーン会長……そしてケモ耳化がだいぶ進んでいる萌子も一緒だ。おそらく、このメンバー構成で集まるのは、初めてなのではないだろうか?
特にツカサとはいろいろあったし、もっとぎくしゃくすると思っていたが、萌子のケモ化の方が気になるようで皆大人しい。
「にゃあ、ようやく晩ご飯なのにゃ。最近おなかが空いて、食べても食べてもなのにゃ」
「おっおい、萌子。なんだか、昨日よりケモ化が酷くなってないか? 薬飲んでるだろうな?」
「にょーん! もえこ、苦いの苦手なのにゃ!」
きちんと朝晩の飲み薬を飲むように促すも、にゃあにゃあ鳴かれて話をはぐらかされてしまった。
体力をつける為なのか……白身魚のフライセットを注文したうえに、さらに唐揚げや骨付きリブなど肉多めのサイドメニューを追加する萌子。ぱくぱくむしゃむしゃと細身の身体に似合わず、平らげていく。さらに追加注文でガーリックライスやハムのサラダなど……食べるペースも速く、これまで少食だった萌子とは思えないほどだ。
「えへへ、萌子ちゃん。ケモ化してからよく食べるようになったね。オレのデザート分けてあげるよ! わん!」
「にゃあ、ありがとにゃん。マルスって優しいのにゃあ」
「でへへ……萌子ちゃんは可愛いなぁ。もういっそのこと、このままケモ化してても……。おっと、いや明日は頑張らないとな!」
すっかり、マルスに餌付けされている萌子。
これまでの萌子は、マルスに気がある様子だったのに、いまいち素直になれなかった。それが、人目を気にせずにあんなに懐くとは……。
いや、ただ単に恋愛対象からご飯をくれる相手として、認識が変化しただけなのかもしれないが……。
「萌子ちゃん……なんだか、ずいぶんケモ耳化が深刻みたい……。あの猫耳って山猫系かなぁ可愛い……。じゃなかった! いや、心配だよね。もし、完全にケモ耳化しちゃっても、うちのマルスもケモ耳だしさっ。2匹で仲良く暮らしていけば、それでいいんじゃないかなぁ? あっ一応、明日の合戦は頑張るよ」
トップブリーダーになるために、あの手この手で萌子を動物化させようともくろんだことのあるツカサ。2人の事を『2匹』とか呼んでいるあたり、現状に満足していそうである。
「にゃあ! お魚も鶏肉も食べるのにゃ! もっともっと栄養たくさんなのにゃ」
萌子を見守りながら、淡々とチーズ入りデミグラスハンバーグを切り分ける。肉汁と混ざり合うとろけるチーズはフォンデュのようで、本来はもっと美味しいはずだが、なかなか食事が進まない。オレの落ち込んでいる様子が伝わったのか、ミンティアとルーン会長が励ましてくれる。
「イクト君……私たちがついているよ。元気出して!」
「……萌子さん……あんなにケモ耳化が進んで……。いや、生徒会長である私がいるからには、ケモ耳化をくい止めなくては……!」
「ミンティア、ルーン会長……ありがとう。明日の合戦、頑張りましょう!」
翌朝、ギルドゲートをくぐりダークカラーの旗がひらりと舞う合戦場に降り立つ。見渡す限り、戦の痕跡が続く殺伐とした空気。鎧に身をまとった受付係から、チケットと支給品を手渡されて準備完了。
さまよえる行き場のない魂がうじゃうじゃしていると噂だけあって、暗い冷気があたりに立ちこめる。まだ、合戦場の入り口に着いたばかりなのに……。
「じゃあ、まず初級ランクの魔物の討伐から……スマホでターゲットを指定して……」
マニュアルに沿って、バトルポイントを定める作業を進めていると不意打ちで悪霊からの魔法弾がオレの頭部を狙い……。
ダンッッ!
先制攻撃を狙った魔法弾だが、するどい爪装備が弾丸をたたき落とし、あえなく地面に衝突する……。間一髪、オレを魔物の攻撃から守ったのはオレの姉萌子。
「イクト……戦いはもう、始まっているのにゃ……!」
昨日の可愛らしい猫のような姿からは想像できないような威圧感。萌子のその鋭い瞳は、獲物を射抜く野生生物そのものだった。