第八部 第17話 再会とケモ耳たち
卒業試験である地下迷宮クエストの合格が決定したのも束の間、戦神の復活により学園に戻るに戻れない状態だった。
あれから、2週間ほど……ようやく移動ゲートも復旧。一旦、学園に帰還するように……と、通達メールが届く。
『ダーツ魔法学園ギルド作戦担当本部より、お知らせです。中等部最上級生の地下迷宮クエスト中に、地上にて戦神が復活し非常事態が発生したため学園との連絡が一時的に中断しておりました。現在、討伐部隊の活躍により、閉鎖しておりましたゲートが復旧しております。直ちに、生徒達は学園ギルドに帰還して下さい』
仮所属させてもらっていた地下迷宮ギルドオイセ支部ロビーにて、メールの内容を確認。この2週間は、地下での討伐クエストをちょくちょく引き受けていたおかげで、だいぶここに馴染んできたところだ。
けれど、本来の所属先であるダーツ魔法学園ギルドの指示は絶対である。だから、このまま指示通り戻らないと行けないのだが……。
ひとつだけ、気がかりなことがある。双子の姉、萌子の事だ。
「結局、萌子はこの地下迷宮中間層には来なかったな。あいつ……大丈夫かな? こんな不安定な時期に、探索を続行するなんて……きちんと学園に戻っているといいけど……」
はぁ……と、ため息をついて、ギルドからのメール画面を閉じる。パートナー聖女であるミンティアが、オレの不安を察してか、優しく手を握る。
「イクト君、萌子ちゃんならきっと無事だよ。萌子ちゃんの迷宮ルートは、イクト君のものよりちょっぴり簡単なAランクのものだよ。卒業決定だって、早く決まっていたみたいだし……」
「分かってるけどさ……。萌子って、昔からRPGは結構無理して自分のレベルより高めのクエストに挑戦したがるんだ。でも、この異世界じゃクエスト失敗は自分の身が本当に危ないものだろう? もし、スマホゲームのノリで無理していたらって……」
姉の性格は、双子の弟であるオレが一番よく知っているはずだ。地球時代は、中学入学から寄宿舎制のお嬢様学校に萌子が入学していたこともあって一緒にいる時間はそれほど長くなかったが……。それでも、双子特有のシンパシーで、なんとなく萌子の事は誰よりも直感的に感じられるつもりである。
帰り支度のため、それぞれの荷物確認やゲートの使用許可手続きを始める。地下迷宮ギルドに預けていた荷物をすべて受け取り、ギルドポイントの精算もすべて終了した。
オレの様子を見守っていた小妖精のシュシュが、ちょこんとオレの肩に座り、遠慮がちに萌子のことを訊ねる。
「ねぇ、イクトス。萌子ちゃんって女の子は、イクトスの大切な人なの?」
オレと萌子の関係がどういうものなのか、よく分からない様子で首を傾げるシュシュ。そういえば……シュシュは、まだ萌子に会ったことが無いんだっけ。
「ああ、双子の姉なんだ。この異世界で再会したのはまだここ数ヶ月だけど、大切な家族だよ」
「そっか……。歴代のイクトスを見守ってきたけど、双子のお姉さんがいるイクトスは初めてだなぁ……。きっと大丈夫だよ。だって勇者様の双子のお姉さんが弱いはずないもん!」
これまでの歴代勇者には、双子の姉は居なかったのか。イクトスという名前が同じだけで、それぞれ境遇は異なるのだろう。
それに、イクトスとは別の存在として、ハーレム勇者ユッキーなんていうのもいたしな……。
「うん……ありがとう。シュシュ」
ロビーの長いすに腰掛け、スマホの画面をじっと見つめる。
帰還命令がおりたのに、萌子からのメールは来なかった。何通か、オレからメールを出してみたが返事は未だに来ない。いつもだったら、先に帰ってるとか、いろいろ何かメッセージが届くはずだ。
「つい最近まで電波が不安定で、連絡手段がなかったんですもの。仕方ありませんわ……」
「お兄ちゃん、もしかしたら萌子お姉ちゃん、先に学校に着いているかもよ。私たちも帰ろう」
卒業試験には不参加となったものの、オレの卒業確定を祝うためにわざわざゲートで地下迷宮まで足を運んでくれた神官エリスと妹のアイラが帰還を促す。
「そうだな。萌子の無事を確認したければ、学園に帰るのがベストなのかも……じゃあ、みんなで帰るか……。あれっシフォンは?」
アロー魔法学園の生徒であるシフォンは、今回ゲストメンバーとして協力してくれた。シフォンにとっても卒業試験の課題をこなすために迷宮に潜ったわけだが……。確か、シフォンの卒業試験の内容は、中間層の魔力調査だったはずだ。
「お待たせ、イクト君! 私の卒業試験も、ようやく終わったよ。本当は、もっと早く終わる予定だったけれど……戦神の影響で通信が出来なかったじゃない? さっきようやく合格点をもらったの!」
「そっか、合格おめでとう。忘れ物がないように確認して、ゲートへ並ぼう」
賢者マリアとエルフ剣士のアズサが、ゲートの手続きを済ませてくれたおかげで比較的早く列に並ぶことが出来た。といっても、人気アトラクション並に観光客や冒険者が並んでいる。
「現在45分待ちでーす!」
立て札を手にした係員が、列を整備中。本来は、こんなにゲートの前で並ぶことは無いのだろうが、観光客や冒険者が一斉に帰還することになったため混雑は仕方がないのだろう。
オレたちが並んでいる列の向こうには、三種類の扉。
扉の先は、伝統的な古都地域・虹レア迷宮の入り口である古代ナーラ地域・そしてネオ大阪地域にあるダーツ魔法学園だ。
ダーツ魔法学園直通のゲートは、オレたちが今回のクエスト時に学園代理任務で申請したものである。
「わん! 帰ったら、おばあさまに報告しなくちゃワン」
「ココアは、探索役に錬金に、今回頑張ってくれたな。ありがとう」
「きゃわん! なんだか、照れますワン。私でよろしければ、また探索役を務めさせて下さいワン」
「にゃあ、本当に助かりましたにゃ。実は、虹レアランクの迷宮ルートは罠や仕掛けが入り口だけでもたくさんだったらしいのにゃ。ココアのおかげでみんな無事ですにゃん」
みんな無事……か。
2匹……いや2人が仲良く微笑む姿は癒しそのものだ。相変わらず、ミーコとココアは仲良しだな。いわゆるケモ耳仲間というやつだろう。
猫耳メイドのミーコと犬耳族のココアが、列の待ち時間に仲良く談笑している姿をぼんやりと眺めながら、オレの意識は再び双子の姉萌子の事で一杯になった。
気がつくと、オレたちがゲートをくぐる番。ステンドグラスがはめられた鈍い茶色の扉が、ギィ……と音を立てて開く。新しいはずなのに年代物のようなアンティーク感すらある。
足を踏み入れると、ぐるぐると周囲の景色が回転して意識が一瞬遠のく。次の瞬間、目を開けると見慣れた久しぶりのダーツ魔法学園にある来客用のロビー。どうやら地下迷宮中間層への新しいゲートは、誰でも使いやすいようにロビーの奥に設置されたようだ。
「はぁ、なんだか学校に戻ってくるのも久し振りだね! ほら、他の卒業試験を受験中の生徒も……」
ミンティアの指さす方には、同学年の見慣れた顔がちらほら。勇者や聖女はもちろん、白魔法コースやエルフコースなどの生徒も試験を終えた様子。
「おーい! イクト、元気だったかぁ?」
オレに手を振る見覚えのあるスポーツマン風の爽やかイケメン。あれは……課金勇者のマルス? だが、頭部には謎の犬耳があり、さらに犬しっぽがパタパタしている。
「マルス? お前、実は犬耳族だったのかっ?」
「ははっ違うよ。実はオレ、狼男だったみたいでさ。おかげで、探索役を雇わなくても自力で迷宮を探索できたぜっ。ワン! まだ変身の解き方が分かんねーけどな」
もしかして、狼人間に変身しているわけじゃなくて、呪いか何かの一種では? とツッコミたかったが、今は姉萌子の情報収集が先決だ。
「そ、そう……よかったな。ところで、萌子見なかったか? 連絡が取れないんだけど……」
「ああ……それが、Aランク地下迷宮の拠点ギルドで会ったんだけど……。イクトには、恥ずかしいから見られたくないって……。オレは今の萌子ちゃんの姿、無茶苦茶可愛いと思うんだけどなぁ。オレもケモ耳だし、恥ずかしがる事ないのに……」
今の姿とは……一体なんだろう?
そうか、萌子はずっとAランク地下迷宮にいたのか。まぁ、無事だったようだし、良しとしよう。
噂をすれば、なんとやら……萌子らしき人影がロビーの柱の裏にちらりと見えた。
「萌子、よくわかんないけど無事で良かったな。出てこいよ!」
「うう……イヤだにゃん……恥ずかしいにゃん……」
「にゃん……?」
聞き覚えのあるにゃんにゃんした語尾……。ぴくりと反応し始めるオレの専属猫耳メイドミーコ。
まさか、今の姿って……。
覚悟を決めたのか、柱の影からひょっこり姿を現す萌子。その姿は、一見普段と変わらない女子中学生の姿だが、オプションとして猫耳と猫しっぽがついている……?
「にゃあ、イクト……。私、わたし……猫耳人間になっちゃったのにゃん……!」