第八部 第16話 鬼退治の後は温泉へ
ダーツ魔法学園卒業試験である地下迷宮探索が、ひと区切り着いたその晩。かつての合戦上では古代の戦神が復活し、その魔力の余波は地上のみならず地下迷宮にも降り注いだ。
あれから、はや一週間。
結局、卒業試験の合格点を達成したにも関わらず、オレたちは未だ迷宮内から出られていない。せっかく、地上のダーツ魔法学園とつないだ移動ゲートも魔力交信が不通になった影響で停止中。
『地下迷宮都市のラジオ放送局からお伝えします。迷宮ラジオの時間です。地上合戦上跡地では、現在もなお戦神との交戦を継続中。戦況は、五分五分、古都の寺院からも応援のシャーマン達を派遣予定。引き続き除霊を行いながら、戦闘するとのことです』
ラジオから伝えられる戦況は、長期戦を予感させる内容ばかり。いつになったら、地上に戻れるのだろう……と不安になることもあった。
だが、何もせずにぼんやりとしているわけにはいかない。戦神の影響で活気づいた悪霊達が地下都市に進入するのを防ぐ事が、今のオレたちの課題だ。
幸い、地下迷宮中間層の中心的都市である古代オイセ町には、冒険者を管理するギルドがある。地上と地下の行き来が出来ない現在、悪霊やモンスターと交戦可能な冒険者達がチカラをあわせて、討伐クエストに励むのであった。
平常時は蛍光灯の明かりがともる地下迷宮の廊下だが、ここしばらくは節電のためわずかなろうそくの灯りが頼りだ。地下と言うこともあり、薄暗い廊下では昼夜の感覚なく常に魔物の気配がする。
これ以上、魔物達の好きにさせるわけには行かない。地上との出入り口付近で待機し、魔物の進入を防ぐ。
「イクト様ッ! そちらに鬼モンスターが……呪文が間に合いませんわ」
神官エリスが補助呪文で足止めのバリアを張っていたが、モンスターの数が多すぎたため数匹、地下への進入を許してしまった。
いや、まだ間に合うか? ダンッと地面を蹴り上げて、鬼モンスターの進入ルートを遮る。
「任せておけっ。節分は昨日で終わってるぜ……鬼は外ってなっ! おらぁあ!」
『ギシャァアアアアアッ』
精霊の棍を片手に必殺スキル乱れ突きで、なんとか鬼モンスターを撃退。昨日、節分だった影響なのか鬼モンスターの数が多い気がする。
「いてっ。あれっさっき毒攻撃を受けたのかな?」
ようやく、戦闘を終えてほっとしていると、腕がずきりと痛む。
「イクト君、お疲れさま! 状態異常回復呪文を唱えるね。あとは、結界を完成させるだけ……」
オレのパートナー聖女であるミンティアが、毒を消すための呪文を唱えると、ミントグリーンの光とともにオレの腕の痛みと毒が浄化される。
「ありがとうミンティア。エリス、もう大丈夫そうか?」
「ええ、いけますわ! 我の聖なる祈りを聞き届け、この扉に結界の印を刻め……!」
ふわっと、聖なる輝きが杖から放たれると魔法陣が宙に浮かびあがり、結界を作る。
「ふぅ……これで、全部終わりましたわね」
銀色の髪をさらりと靡かせて、微笑むエリスは相変わらず神秘的で美しい。だが、心なしか顔色がやや暗く疲労の影が見受けられる。
「ありがとな、エリス。これで萌子やレイン達も、この中間層までたどり着けるようになるよ」
「ええ、あとは学園のゲートが繋がれば……ですわね!」
地下迷宮内にある進入口すべてに結界を作る作業は、相当大変だった様子。一週間ずっと魔力を使いっぱなしだし、ゆっくり休ませてあげたい。
「お疲れさま。ようやく、今日からゆっくり眠れるね! あっそうだエリスさん、せっかくだし今夜は源泉の地下迷宮名物温泉に入ろうよ。営業再開するんだって」
「温泉? いいですわね。ゆっくり源泉に浸かって、身体の芯までリラックスしたいですわ」
ようやく安心したのか、今夜の温泉計画を練り始めた2人。他のメンバーもそれぞれの持ち場で、クエストを行っているはずだ。ギルドで合流したら、みんなで温泉に行くといいだろう。
地下迷宮ギルドでクエスト成功の報告を終えて、メンバー達とともに、宿泊先の旅館へ。地上との行き来が出来なくなってしまった関係で、現在宿泊しているのはオレたちのみである。
つまり、男湯はオレ1人で入浴できるわけである。こんな贅沢滅多にないだろう。
和風のロビーで温泉の入湯手続きを行うと、仲居さんから衝撃的な事情を告げられる。
「えっ混浴? 鬼の襲撃で男湯の方が使用禁止に。そうですか……」
なんてことだ……せっかく男湯を独占できると思っていたのに、鬼のせいで……。
「悪いねぇ。でも、お客さんイケメンなだけあって、ギルドメンバーの女の子達全員が奥さんなんだろう? 混浴と言うより、家族風呂だと思ってゆっくりするといいよ」
家族風呂……確かに、オレと婚約中の女性ばかりというメンバー構成なので家族風呂なのかもしれないが。ゲストメンバーのシフォンは、婚約者ではないし……どうしよう?
一応、レンタルタオルや館内着を受け取ったものの、沈黙する面々。
「ねえ、イクト君。女アレルギーを治さないと結婚できるかも不安だし……家族風呂だと思って一緒に入ろうよ!」
「ミンティア……家族風呂って……」
大胆な発想だが、結婚できるか不安という大きな問題を直視しているミンティアの目は、真剣そのものだ。
「えっちょっと待って! 私、イクト君とは婚約者でも何でもないし……。さすがに恥ずかしいというか、何というか……」
シフォンが頬を赤く染めながら、混浴を拒否。出会った当初は色仕掛け的な技を使用してきたシフォンだが根は純情らしく、動揺してる様子。
「ほ、ほら……シフォンもそう言っているし……。じゃあオレは室内のシャワーで……」
「にゃあ、でもイクトも、お疲れ気味だし源泉に入った方がいいですにゃん!」
話し合いの結果、間をとって時間差で入浴することに……。
かぽーん!
女性陣の入浴が一通り終わり、ようやくオレの番がきた。
掛け流しの源泉は、にゅるにゅると気持ちよく、身体の芯までほぐされるようだ。誰もいない温泉を独占出来る喜びに浸る。
「ふう……いい気持ち。んっ声が聞こえる」
『まぁ美少年! 今、お客さんが1人居るだけだから……どうぞ!』
『えっ。びしょ……いや、どうも……』
もう1人のお客さん……岩風呂のごつごつした岩や湯気が邪魔でいまいち分からない。そうか、鬼を退治したから他の迷宮とも行き来できるようになったのか。
だが、現れたのは美少年ではなく、よく見知った美少女の姿だった。
あれは、同じ学校の女勇者レイン! まさか、ボーイッシュなショートヘアと女勇者の正式装備のひとつである『男装の勇者装備』の所為で、美少年に間違われたんじゃ……。
オレがレインを止めようとするも、時すでに遅し……。
「えっイクト君、やだっどうして?」
「レイン……その、男湯が鬼の襲撃で壊れて……あのっ」
レインの身体に巻かれたタオルが驚きで取れてしまい……白くすべすべとしたスリムで美しいレインの裸体が、目の前に……目のま、え……に……。
「えっ鬼の襲撃? きゃあっ。この床、源泉でつるつる滑って……」
「あっだめだっ! レイン、これ以上近づくと、女アレルギーがぁあぁあああああああっ」
つるつるつる……ごつん!
お約束の展開で気を失ってしまったオレ。
よく考えてみれば、前世でもエルフの里の温泉で女アレルギーを発症し、命を落としたくらいだ。
オレにとって温泉は、いわゆる『鬼門』というヤツなのかもしれない。
次回最新話更新は来週日曜日(2018年2月11日)を予定しております。