第八部 第14話 封印から目覚めた小妖精
ついに、虹色鉱石の封印が解かれた……のだが。
「ふわぁー、よく寝た! あっイクトスお早う。ようやく、私のこと掘り起こしてくれたんだね。もう、ずっと待っていたんだよぉ」
「えっああ、お早う……」
鉱石に封印されていた小妖精のような小さな美少女に笑いかけられて戸惑いながらも、思わず返事をしてしまうオレ。もちろんオレの名前はイクトスではなく、イクトだ。
「あっアズリーサやマリアンヌも一緒なんだね。よかった! またみんなで冒険できる。私、鉱石の中でもずっとみんなのことを忘れないように、毎日みんなの無事を祈っていたんだよ。みんな、勇者イクトスのことが大好きだもんね!」
「あ、ありがとう……」
みんなイクトスのことが大好きというオブラートに包んだ表現に、イクトスという男がハーレム勇者である予感がしてならない。
「マリアンヌにアズリーサですか……。私たち、古代人だったらそんな感じの名前だったのかしら?」
「アズリーサかぁ……結構いい感じの名前だよな。これから、あたしたちのSNS上の名前はマリアンヌとアズリーサにするか?」
のほほんと、談笑するマリアとアズサ。小妖精の美少女に、イクトスとか言う勇者のハーレム要員らしき人物たちと勘違いされている事は、無視しているようだ。
だが、イクトスという名前には聞き覚えがある。遥か昔、地球に産まれた若者の名前だ。イクトスは地球の古代都市で武器防具職人をしていたが、異世界アースプラネットに召喚されてしまい、そのまま異世界で永遠の眠りについた。
偶然、オレの名前もイクトという名前だが、イクトスとの関わりは不明である。
ちなみに、地球でも実際に古代の呼び方で救世主のことをイクトゥスとか、イクトスと呼ぶらしい。そこまで、聖書や古代の名称に詳しいわけではないけれど、インターネットで検索できる情報ではそういうことになっている。
と、いうことはこの虹色鉱石から現れた美少女は、イクトスの関係者か何かだろうか?
現在、オレたちが注目する儀式台の上で、マイペースに腕を伸ばして準備運動をしている小さな妖精のような精霊のような美少女。
「ふぅ……でもよかった。私のことを発掘してくれたのがイクトスで……。私、マイペースだからイクトス以外の人とうまくやっていく自信がなかったんだよね!」
美少女の髪色は、淡いピンク色で高めのポニーテール。瞳は金色で、異世界でもあまり見かけない瞳の色だ。肌は色白で、パステルイエローのミニスカワンピースがよく似合う。すらりとした脚線美がミニスカートから覗き、背中には小さな透き通る羽。
そして、声まで可愛らしく思わずキュンキュンしてしまうような声色だ。体長はおよそ20センチ前後、といったところだろうか?
まるで、美少女フィギュアが動いてしゃべっているような錯覚にさえ襲われる。一言でいうと、リアル萌えキャラといった風貌だ。
「ところで、どうでしょう? この小さな少女……精霊族なのか、妖精族なのか……アズサさん分かりますか?」
封印を解く儀式を行った本人である卑弥呼さんだが、この小さな少女の種族が分からないようでエルフ族であるアズサに見解を求めている。
オレが発掘した虹色の鉱石はすでに役割を終えたのか、精霊の寝床と化している儀式台の上でかけらとなって散らばり、魔法力が小さな火花のようにはじけては消えていく。かなり強い魔力の持ち主のようだ。
「うーん。みたところ小妖精族のピクシーにも見えるけど、ピクシーはここまで魔法力が高くないしなぁ。ごめん、アタシじゃこの精霊の種族は分からないや」
「そうでしたか、アズサさん。ミンティアさんはいかがですか?」
「図鑑で見た小妖精に似ているけれど……感じられる魔法力は精霊族のような気がします」
本人に訊いても、『私はイクトスの相棒だよ』としか答えない。結局、種族は分からずか……。
「イクトス……確か、古代に伝わる勇者の名前がイクトスだったよな。もしかして、イクトのこと、そのイクトス本人だと思っているんじゃないか?」
会話の流れから、アズサがこの小さな少女がオレのことをかつての相棒本人だと勘違いしていることを示唆する。ついでにアズサ達のことも別の誰かと誤解しているようだが……。
「そうみたいだな。どうしよう……」
「ねえ、イクトス。私、魔力回復のフルーツが食べたいな! いつもイクトスが私にくれていた赤い実がほしいんだけど……持っていないの?」
「えっああごめん。今は携帯食料しか持ち合わせていないよ」
「えー! 私あれがないと、きちんと魔法が使えないのに……あとで、市場で買ってね! 約束だよ」
精霊は、オレを古代の勇者イクトスと勘違いしているようだ。頬をかわいらしくぷくっと膨らませてすねる姿も愛くるしい。
起床してすぐに、鉱石の中に封印された精霊がよみがえったとの知らせを受けて、館長室までメンバー勢ぞろいできたのだが……。封印されていた精霊が、あまりにもフレンドリーに話しかけてくるので拍子抜けしてしまった。
「でも、信じてたよ。迎えに来てくれるって……。イクトスは絶対に約束を守ってくれる人だもん。だって、勇者様だから!」
イクトスを慕う、まっすぐな瞳。曇り無く金色の瞳が輝き、イクトスのことを心の底から慕っていることが伝わってくる。
だが、彼女には申し訳ないがオレは少女の相棒であるイクトスではない。古代の人間であるイクトスは、とっくの昔に天に召されてしまっているはずだ。
どうする……?
可哀想だが、古代の勇者イクトスはすでにこの世には居ないことを誰かが教えてあげなくてはならない。けれど、純粋無垢に接してくる少女に対して、どこから説明すればよいのだろう。微妙な空気の中、お互い顔を見合わせる面々。
「あれっ。そこの紫髪の女の子は新顔さん?」
どうやら小さな少女の過去の記憶にはないらしく、新顔さんと呼ばれるシフォン。
「お早う、キミは小妖精さんなのかな。私の名前はシフォン、魔法剣士の卵をやっているの。キミの名前は? よかったら教えてくれる?」
「あなたが私のことを小妖精だと思うなら、きっとそうなんだと思うよ。種族っていうのは、人間達が決めているだけだから。私の名前……それは、相棒のイクトスがその都度つけてくれるの。私がイクトスの相棒になったのは、伝説のハーレムを作り上げた2代目イクトスの頃からだから……。今のイクトスって何代目に当たるんだろう?」
今のイクトスは何代目……?
それってつまり、この小妖精はオレがこれまでのイクトスとは別の人物だって実は認識しているって事?
「えっつまり、キミはオレが2代目イクトスで無いことを、認識していたって事でオーケーなのか?」
「うん! ちょっと寂しいけれど、人間の寿命はノアの大洪水時代から120年前後って神様が決めちゃったんだもの。でも、イクトスの魂は何度生まれ変わってもイクトスだよ!」
何度生まれ変わっても……か。
「ねぇ、イクトス? また私を冒険の旅に連れて行ってくれるんでしょう? 私、炭鉱の石の中でずっとずうっと待ちわびていたんだから!」
まるで、相棒として契約するための儀式のように小さな手を伸ばして握手を求めてくる。イクトスの魂がそうさせるのか、オレも当然のようにその小さな手を指先で優しく握った。
「ああ、もちろんだよ。よろしくなシュシュ!」
誰に教えられたわけでもないが、自然と出てきた小妖精の名前はシュシュ。
「うれしい、またシュシュって呼んでくれるんだね。みんなも、よろしくね!」