第八部 第13話 鉱石研究所の巫女館長
錬金素材を求めて訪れた炭鉱で、稀少鉱石を発掘したオレ。
特に虹色に輝く鉱石は、中に何かが封印されている特別なものらしく、専門の装置がある施設で調べる必要があるという。
稀少鉱石運びのバイトも兼ねて、電気トロッコで鉱石研究施設のある中間層へ。炭鉱拠点から中間層までは電気トロッコを利用しても10時間ほどかかったが、ルートの間にある精錬所に鉱石を届けながらの移動だったのでさほど大変ではなかった。
迷宮クエスト攻略メンバーと鉱石研究家の埴輪さんを乗せて、がらがらと進むトロッコ。そろそろ、終着地点だろうか? 人工的な灯りが大量に見えてきた。
「おっそろそろ施設のある中間層ハニね。降りるハニよ!」
手分けしてボックスをトロッコから降ろして、台車に乗せる。あとは施設に運ぶだけだ。
「ふぅ。炭鉱拠点からここまで結構、長時間かかったな。みんな大丈夫か?」
「うん。途中で休憩も出来たし平気だよ。でも、たまたま炭鉱のトロッコを使えて良かったね。徒歩で中間層まで進んでいたら、まだここまでたどり着いていなかったよ」
みんなもミンティアと同じ意見なのか、ほっとしたように頷く。
目的地まで台車を押しながら、中間層入り口周辺を見渡す。整備された道なりに街灯がたくさん。地下迷宮とはいえ、もうすぐ町が近いこともあり、巨大な駅地下にいるような錯覚さえしてきた。
もちろん、モンスター除けの結界が張られているため、安全に歩くことが出来る。
ぴゅぅうぅ……ぴゅぅうぅ……。
時折、強い風が吹き込んでくる事だけが難点だろうか。それ以外は快適だ。この風はどこからやってきているのだろう?
「それにしても、なんだかものすごく寒いわよね。地下にいるからかしら?」
「本当……ローブやマントを着込んでいても寒いですものね」
思わず身を震わせるシフォンとマリア。
「そういえば……でも、寒い空気は外から進入してきている気がしますワン」
ココアがくんくんとにおいを辿り、外気の進入口が近くにあることを示唆。さすが、嗅覚に優れた犬耳族だ。
「ああ、このあたりは迷宮の緊急連絡通路があるから、万が一何かが起きてこの迷宮に居られなくなったら脱出できるように、外への階段やエスカレーターが設置されているハニ」
「えっ? 中間層って結構深いんじゃ……。脱出するのにどれくらいかかるんだろう?」
オレの素朴疑問に、埴輪さんは笑って答える。
「ははっ。実はこの迷宮の中間という意味は、深さを指しているわけじゃないハニよ。ふたつある出入り口の中間地点にあるという意味で、中間層と呼ばれているハニ」
「えっそうだったんだ! じゃあ、意外と地上に近い深さなのか」
「そうハニね。だから、地下に町も作れるし、物流もそれなりに出来るハニよ。おや、もうすぐ施設ハニ!」
見えてきたのは、鉱石研究所という看板……そして、赤い屋根の洋館。門の前で埴輪さんが呼び鈴を鳴らす。
「ようこそお越し下さいましたハニ。あとで案内係が来ますハニ……ではまた後ほど……」
施設内から埴輪が数人現れて台車からボックスを受け取り、大事そうに屋敷の中へと運んでいった。
「なんだか、あっという間に現れて、あっという間に去っていったな。手際が良すぎる……あっオレの虹色鉱石まだ渡してないや」
「みんな、稀少鉱石の研究をしたくて仕方ないハニよ。埴輪族は鉱石が、大好きハニ。イクト君の虹色鉱石は、直接館長さんに手渡せば良いハニ」
すると、メイドらしき犬耳族の少女がオレ達を笑顔で出迎える。髪の色は金に近いベージュで、耳も同じカラーだ。ゴールデンレトリバー系の毛並みと言えば良いのだろうか。メイド服は、黒のロングスカートで白いフリル付きのエプロンを装着している。
メイドというと猫耳族のイメージが定着していたが、犬耳メイドもなかなか可愛らしい。
「ようこそお越し下さいました。お客様! 館長がお待ちですワン」
屋敷の扉を開け広々としたロビーを通り、案内された先は洋館一階にある館長室。
「館長、予約のお客様ですワン!」
「待っていましたわ! どうぞ……」
品の良い女性の声……館長は女の人のようだ。しかも語尾がハニでもなければワンでもないところから……もしかして人間族?
「稀少鉱石研究施設へようこそ。私、館長をつとめております卑弥呼と申します。勇者イクトさまご一行ですね。どうぞお見知り置きを……。埴輪さんはひさしぶりですわね、半年ほどお会いしていなかったかしら?」
館長は、いわゆる巫女さんファッションで、胸に翡翠で出来た勾玉ネックレスを下げている。黒髪ロングヘア姫カットで、目はぱっちりと大きく、和風ハーレムゲームの攻略対象になっていそうな正ヒロインが具現化したような風貌だ。もちろん、超可愛い……。
ミンティアのチートスキルで女アレルギーが緩和されていなかったら、微笑まれただけで気絶していただろう。
ところで……卑弥呼というと、邪馬台国の巫女さんの名前だが……。
「こんにちは、えっと卑弥呼様?」
「はじめまして……えっと卑弥呼さんってあの有名な……?」
オレとミンティアの言いたい事を理解しているのか、さらりと髪をなびかせて優しく説明し始める卑弥呼さん。
「ああ、正確には50代目くらいの卑弥呼ですわ。この地下迷宮を守るために、巫女が代々その名前を継承しておりますの。と、いっても間は他の名前を継承した巫女が居た時期もありますし……。古代ナーラ地方が、正式な邪馬台国か否かも不明ですし……。でも、古代遺跡を守るために日夜頑張っておりますわ!」
「ははっ。邪馬台国は、他にも古代キューシュー地方が候補として挙がっているハニ。どちらが本物の邪馬台国かはずっと議論されていて、私たちも知らないハニよ。でもまぁ、どちらも古代から人や埴輪族が住んでいた土地には変わりないハニ」
長生きしていそうな埴輪さんにも、歴史の真偽は分からないのか……。
「へぇ、いろいろ歴史研究も大変なんだなぁ」
けなげに、にっこりと微笑む卑弥呼さんと埴輪さん。実際の邪馬台国がどこに存在していたのかの議論はさておき、今は虹色鉱石だ。
「……では、話を本題に戻しましょう。勇者イクトさん、あなたが発掘したという虹色鉱石、預かってもよろしいでしょうか?」
「えっああ。よろしくお願いします」
皮のふくろから虹色鉱石を取り出し、館長である卑弥呼さんに手渡す。気のせいだろうか、わずかだが虹色鉱石がきらりと輝いた気がする。
「では、この鉱石は封印を解くための儀式台へ……」
ことん……と鉱石を館長室の一番奥に鎮座している儀式台の上に設置。鉱石を解析するための専用の装置と埴輪さんが語っていたので、てっきりデジタル型の装置を想像していたのだが、意外や古代テイストの儀式台だ。
よく考えてみれば、古代人が封印した品物なのだから、当時の儀式と同じ方法で封印を解くのがもっとも良い方法なのだろう。
卑弥呼さんの魔力に反応して、鉱石が煌々と輝く……が、すぐには封印は解けないらしくしばらく時間がかかるらしい。
「おそらくこの儀式台の上で魔力をチャージして半日ほど時間をかければ、封印が解けます。もうすぐ夜ですし、それまでの間はゆっくり休んで下さい。明日の朝には、この鉱石の中身がなんなのか判明しますわ」
館長室は儀式室として一時的に封鎖されて、オレ達はゲスト用の部屋へと通された。男女別でオレは個室、女性陣は二部屋与えられた。
みんなで食堂に集まり夕食を終えて、風呂でゆったりとリラックス。そして、ベッドで早めに就寝……数日間炭鉱で働いた疲れを癒す。
『久しぶりだね、イクトス! また、一緒に旅が出来るね!』
イクトス? オレの名前はイクトのはずだが……?
夢の中で虹色の光に包まれた精霊の少女が、にこっと微笑んだ。