第八部 第11話 坑道はトロッコに乗って
今後の地下迷宮攻略対策のために、MP回復装備を錬金する事にしたオレ達。さっそく、錬金の素材となる鉱石を求めて地下迷宮の炭鉱現場で発掘のアルバイトだ。
自分で発掘した鉱石の中から気に入ったものを申請して、持ち帰ることが出来るのがこの炭鉱の良いところである。なお、見学者へのおみやげとしても鉱石は販売されているため、万が一目的の鉱石が見つからなくても購入可能……ちょっぴり安心だ。
実はこの迷宮、古くから炭鉱でにぎわっているらしく迷宮攻略とは別ルートで、炭鉱見学なども盛んに行われているんだとか。
そういえば、迷宮の入り口付近に観光案内所があったし、結構人気スポットなんだな。
漬け物たっぷり炭鉱弁当で鋭気を養った後は、それぞれ適材適所に仕事場を振り分けられ……ついに発掘作業が始まる!
発掘研修生はこちら……と案内に従い、オレとココアは発掘用の部屋へ。研修室はトロッコに乗り込む為の準備室を兼ねており、暖房が効いていて暖かい。部屋の外からは、ガタンゴトンとトロッコが動く音や振動が響く。
オレ達の他にもドワーフ族の若者が研修生として参加しているらしく、軽く会釈をされる。先輩らしきドワーフ族から一人前になるために……と、厳しくも熱い指導を受けているようだ。
「あのドワーフさん、まだかなり若いよなぁ。オレより年下に見えたけど……。これからここで修行して、一人前を目指すのか」
「ドワーフ族は発掘のプロが多くて、一族で炭鉱を所有している事もあるそうですワン。だから、一生の仕事として若いウチから鍛えるのワン」
すると、安全第一のヘルメットをかぶった埴輪が、トロッコの出入り口から現れる。研修責任者の腕章……もしかして今回の研修の担当者?
「おお、発掘研修生のイクトさんとココアさんハニね。私が研修指導担当者よ。よろしくハニ! 基本装備は出来ているハニね? 発掘現場では、さらにピッケル、マスク、ゴーグルをプラスして装備してもらうハニよ」
「はい、分かりました。よろしくお願いします」
担当者との挨拶を済ませ発掘用装備をプラス装着していると、突然スマホから、ピピピッ! と連絡音。
「なんだろう? あれ、冒険者用のマイページに新しく発掘の項目が加わっている!」
「ああ、炭鉱や発掘は給料がもらえる他にも、クエストとしてギルドポイントが加算されるから、独自にステータスやランクがあるハニ。私が登録しておいたから、安心するハニ。きちんとデータが登録されているか確認してみるといいハニね」
研修担当係さんに促されて、ステータス画面を開く。
【発掘初心者イクト】
炭鉱レベル:初級
装備ピッケル:初心者用ピッケル
装備防具:安全用ヘルメット(ライトつき)、作業着上下、炭鉱用軍手、安全靴、ゴーグル、炭鉱用マスク
所持品:作業用バッグ、スポーツドリンク、携帯食、メモ用紙、ペン、冒険者用スマホ
「へぇ、きちんとランクが登録されている。冒険者用のステータス以外に、こんな項目もあったのか……。しかも、ギルドポイントが増えるなんて……やりがいがあるな」
「準備できたハニか? 行くハニよ!」
がたん、ごとん、がらがらがら……どっどどっど……。
電気式のトロッコに乗り込み、発掘現場へ……。
天井の低い暗がりの坑道を、トロッコがひたすら走る。昔は、馬や手押しでトロッコを走らせていたらしいから、ずいぶんと便利になったのだろう。トロッコの速度はそれほどでもないが、風が冷たく頬を突き刺し思わず震える。
「ううっなんだか寒いですワン! 冬を感じますワン」
「はははっすぐ慣れるハニ。どちらかというと、夏の発掘現場の方が暑さで倒れる人が多いから、冬の炭鉱の方がましハニよ」
ココアを和ませるためか、明るく笑う。だが、あるルートを通過した瞬間……彼もびくりと肩を震わせた。
ギュインイイイイイイッ!
ギュイイイイイイッ!
気のせいだろうか、どこからともなく何か巨大な生物の鳴き声が聞こえる。いや、正確には鳴いているのではない……呻いているのだ。直接見て確認したわけではないが、人間の本能でそう直感した。人間に備わっている恐怖心が、そう訴えているのだ。
「ワン? モンスターの声が聞こえるワン! 戦わなくちゃだめですかワン?」
「あの……。ここの炭鉱って何か、大きな生き物が住んでいるんですか? 鳴き声が聞こえたんですけど……オレ達、クエストでこの迷宮攻略しなきゃいけないのに……」
「ああ。一番地下の深層区域に、古代の魔物が眠っているらしいハニ。けど、立ち入り禁止になっているし、たまに声が遠くから聞こえるだけだから心配する必要ないハニよ」
がたん、がたん……ごとん、がたん……。
ぎゅいいいいいいぃいいん、ぎゅいんんいいいいいん……。
それからもしばらくは薄暗い坑道をトロッコで走り続けたが、それ以上オレもココアも深層区域のモンスターについては訊ねようとしなかった。
やがて、薄暗い道の向こうに一筋の人工的な灯りが見えてきた……トロッコの終着地点のようだ。
「さぁ到着したハニ! 結界に守られている安全な区域だから、安心してピッケルを振るえるハニ」
トロッコを降りるとすぐに現場で、見渡す限り鉱石の山がたんまり。発掘済みの鉱石を積んで、再びトロッコは走り出してしまった。土埃があたりに舞っているが、炭鉱用のマスクとゴーグルのおかげでさほど気にならずに済む。
発掘現場では、ドワーフ族を中心に犬耳族や人間族もピッケルを懸命にふるっていて、忙しそうだ。
「ワン! 錬金に使える鉱石を探しますワン……ここがそれっぽいワン! ここ掘れワンワンッ! ですワン」
「ありがとうココア。じゃあやるかっ」
かんかんかん、がつん、がつん、こつん……。
初心者用ピッケルを手に握り、グリーンの鉱石をガツン、コツン、削っていく。適度なサイズに採取できた鉱石は専用のボックスへ。今は、鉱石を発掘することに専念しよう。
「おっなんか、きれいな石がちらっと見えたな。もしかしてこれが錬金石か?」
「かもしれませんワン! 取りあえずボックスに入れて、仕分けコーナーに送るといいですワン」
がらん、がらーん!
一心不乱にピッケルをふるいはじめて、どれくらい経っただろうか? 研修時間終了の鐘が鳴り響く。自分たちが発掘した鉱石をまとめてボックスに入れて、再びトロッコへ。
行きと同じく、恐怖を与える謎の呻き声を無視しながら元の場所に到着。
「研修お疲れハニよ、明日も私が担当するハニね。そこのシャワールームで汚れを洗い流して、すっきりするといいハニ! 服はランドリーで洗って着替えはそこハニよ。食堂で夕飯が用意されているから、今日は早めに休むといいハニ」
「今日はありがとうございました! また明日よろしくお願いします」
「ワン! ありがとですワン」
シャワーを浴びた後はラフなジャージに着替えて、別の班で働くミンティア達と食堂で夕食。そして男女別の就寝ルームへ。
よく考えてみると、この炭鉱でアルバイトをしなかったら、オレ達は今夜は迷宮内で野営だったのかもしれない。きちんとした施設として運営されている発掘現場で、寝床をキープできて良かった。
今日は、もう休もう……それが良い。明日は早いんだ。
オレは自分に言い聞かせると、瞼をゆっくりと閉じた。坑道で聞いたあの呻き声の正体を、考えないようにしながら……。