第八部 第9話 炭鉱を守る巨大兵士
迷宮第一層奥地にあるとされる鉱石発掘現場には、魔法力を高めたり、HPやMPを回復するためのレア鉱石が眠っているという。虹レア迷宮である古代ナーラ遺跡に訪れる人の目的の多くは、珍しい鉱石の発掘であるといっても過言ではないだろう。
「ココアの言うとおり、発掘現場で鉱石を採掘してMP回復装備を錬金出来れば、この先の迷宮攻略がかなり楽になるはずだ。発掘現場は……ここから通路をふたつ渡って、中ボスの間を抜けたところか……」
どうしよう……と、しばし思案するが少なくともあと1週間をMP回復装備なしで切り抜けるのはかなり厳しい。
「中ボス戦は、卒業試験のノルマでいくつかこなさなくちゃいけないし、MPに余裕があるウチに戦っておいた方がいいよね」
ミンティアが、中ボス戦に対して前向きな提案。幸い、今のところ大きな怪我をしたメンバーもいないし、やるなら今しかない。
戦力に余裕があるうちに、ボス戦のノルマも突破しておきたいし、ちょうどいいだろう。
装備の見直しに軽食……と、休憩もほどほどにして、次の目標を中ボス攻略に設定。そして突破すれば、レア鉱石の眠る炭坑だ。
結界で守られている休憩スペースを後にして、再び暗がりの通路を進む事に……。
ぽたん! ぺたん!
「ひゃっ! ああ、びっくりした……」
「おっ冷たい……このあたりの通路は水分がおおいな」
頭上から、ひやりとした水滴がこぼれ落ちる。ぽたん、ぽたん、と水滴がまるで追いかけてくるように、ほっぺたや肩にこぼれ落ちる。
妙だな……何かしつこい、気配のようなものを感じる。
「くんくん……! イクトさん、この水滴、魔物の匂いがしますワン。モンスターにつけられてますワン!」
探索役のココアが匂いでモンスターの気配を察知。さすが犬耳族、嗅覚はオレ達人間よりも高いようだ。
「なんだって? 中ボス戦までは敵が少ないんじゃなかったのかよっ!」
びちょん、びちょん、ぐるううるうううう!
尾行していたことがバレて開き直ったのか、姿を現す水系のモンスター。
「くるよ! 構えて!」
「マリアとミンティアはMP節約! アズサとシフォンは剣で応戦、オレはあの一番でかいのを叩く!」
ぐねんぐねん! びたん! きゅいいいいい!
奇妙な鳴き声をあげて、襲いかかるモンスター。
ぐんにゃりとしたゼリー状の体つきで、色はやや半透明のグリーン。オールドタイプのスライム的なイメージだろうか。今時の可愛い容姿ではなく、古代の文献に出てくるような典型的な化け物っぽいモンスターだ。
ザシュッ! ぎゅいん!
オレ達が剣で応戦するが、ぬるりとしたボディが剣をつるつるとすり抜けてしまい手応えがあまりない。
まずいな……もしかして、物理攻撃が効かないタイプのモンスターか?
「ちっはじめて戦うタイプだから、やりにくいな」
普段は機敏な動きで敵をなぎ倒すアズサも苦戦中。
「ううっこんな時、魔法でドカンとやれたら、楽なのに……」
杖を手に持ち、呪文を唱えたいのを我慢するマリア。
「しかも、見た目も本格派RPGに出てくるような古いデザインだよね。蒼穹のエターナルブレイクって、可愛いタイプのモンスターだけじゃ無かったんだ」
オレと同じく地球からの転生者だというシフォンも、これまでに出なかったタイプのモンスターの登場に驚いている様子。
これまでマスコットタイプのモンスターが多かったので、なんだか新鮮である。さすが、古代の遺跡。自動販売機が設置の公園があるせいで、近代化されているイメージだったが……。オールドタイプのモンスターが潜んでいるとは……いや、感心している場合ではないか。
ギシャアアア! ギシャシャー!
数も多くなってきたし、なかなか倒せないし……物理攻撃じゃ無理らしい。
「比較的安全な道のりですって記されているけど……まぁ雑魚くらいは出るよなっ。このままじゃ、埒があかないか……仕方がない、炎の精霊よ……悪しきモンスターを討ち滅ぼすチカラを……ファイヤートルネード!」
ゴォオオオオン!
滅多に使うことのないオレの炎系攻撃呪文。棍や剣を使えないときの為に取っておいた魔法力だが、物理攻撃が効かないのではこれ以外方法はないだろう。
「そうだよね……じゃあ私も……風の精霊よ……ウィングブラスト!」
バァアアアン!
なんとか、MPを消費してモンスターを撃退したようだ。
回復呪文代を使えるマリアがMPを消費するよりは、オレやシフォンの魔法力を使った方が良いだろう。おかげで、30MPほど消費してしまったけれど……。
「ふぅ結局魔法を使っちゃったな。早く中ボス戦を終わらせて、発掘現場に行かないと……」
「うん、次のボス戦は召還魔法で一気にカタをつけよう」
ショートダガーをぎゅっと握りしめて、早めの攻略決意を固めるミンティア。オレとミンティアの会話から察したシフォンが、ある攻略法方を提案する。
「……早めの攻略か……。じゃあ、私が観察魔法で中ボスの弱点を調べるから、属性が分かったら、それに対応した召還魔法で一気にやったらどうかな?」
「属性を先に調べる……アロー魔法剣士学園では、そういう攻略法方を教えているのか。参考になるな」
「まぁみんながみんな、勇者や召還士みたいな上級の職業ってわけじゃないからね。攻撃力や魔法力が低くても戦いやすいように工夫しているんだ……っと、そろそろボスの間……だね」
「ああ……じゃあシフォン頼むぞ」
コケの生えた重厚な扉の前で、ゴクリと息を飲み剣の鞘に手をおきバトルのスタンバイ。扉を開けると同時に戦闘になる可能性もある……思い切ってドアのレバーをギシリと動かす。
目の前には、鋼鉄の巨大な兵士。鉄兜の中の暗く閉ざされた瞳が赤く光る……まるで、ロボットのスイッチが入ったかのようだ。
「ぎぎぎ……侵入者……発見……排除せよ……」
ドシン、ドシン、ドシン。
ゆっくりと、地面を鳴らすようなチカラの強い動き。それぞれ、動き始めた敵の攻撃に備えて構える。
ズゴォオオオオン! ガスンッ! ドォオオン!
巨大兵士の拳が、オレ達をめがけてたたき込まれるが、まだ起動が本調子ではないのか動きはそれほど早くなく、攻撃を避けて身を守る。床をめり込ませた攻撃力から察するに、直撃したらひとたまりもない
「ぎぎぎ……内部データ進行速度、上昇モードに入ります……カウントダウン……10……9……8……」
どうやら、データが内蔵された人造兵器のようだ。カウントダウンが始まり、必殺攻撃へとエネルギーを上昇させて行くのが伝わる。カウントが終わる前に弱点で攻撃をしないと……。シフォンが、補助魔法で属性を探る。
ピピピピッ!
「観察魔法開始……属性は鉄と土、物理攻撃に耐性あり、弱点は……光属性……!」
弱点である光属性の召還精霊を呼び出すために、ミンティアがショートダガーで空間を切り裂き、呪文詠唱に入る……。
「光を司る召還精霊よ……召還士ミンティアが、契約の名の下に汝の魂を人間界に召還する……我が呼び声に応えたまえ……」
「7……6……5……4……」
ミンティアの召還が先か、巨大兵士の攻撃が先か……。
「防御壁を作っておきますね……ウォールバリア!」
賢者マリアが、消費MPの高い防御壁をオレ達の前に設置。
ミンティアの呪文詠唱がタイミングよく完成し、召喚空間が開く。
「いでよっ! 光の精霊獣!」
「ぐぁああああ! 攻撃モード遂行!」
ズガァアアアアン!
召喚精霊獣と巨大兵士の拳……両者の攻撃技がぶつかり合い……狭い室内は、衝撃波で包まれた。