第八部 第8話 古代ナーラ遺跡の迷宮
古代ナーラ遺跡には、はるか石器時代から現代に至るまで超難解迷宮が複数存在している。周辺地域には、発展した町がいくつかあるものの遺跡を存続させるために、不必要な開発は行わないのが町のポリシーだ。
古都と同様に観光客が多いのが特徴で、愛くるしい鹿がのんびり散歩する大型公園は修学旅行客の定番コースとなっている。
だが、オレ達は観光で古代ナーラ遺跡にやって来たわけではない。卒業試験のために、フル装備で特別入場許可の必要な迷宮攻略にやって来たのだ。
人でにぎわう観光案内所で手続きを済ませると、案内係の埴輪モンスターに連れられて迷宮の入り口へ。迷宮前には結界が施されていたが、埴輪モンスターが呪文を唱えると一時的に結界が解除された。埴輪のやつ……なにげにスゴい。
「虹レアチケットのお客様ハニね! 特別に超難解レア迷宮への入場を許可するハニ! 危なくなったら、無理をせずこの緊急装置をならして救援部隊を呼んでほしいハニよ」
ガチャで当てた虹レアチケットに、ぺたんと埴輪印のスタンプが押される。これが、入場許可の印のようだ。スタンプを押すと同時に、手のひらサイズの緊急装置が1人ずつに手渡された。どうやら、体力に限界を感じたり全滅しそうになったらこの装置で、外部への助けを求めるようだ。
「迷宮内には宿屋や道具屋もあるから、ある程度内部へ進めば長期滞在も可能ハニ。良い迷宮ライフを!」
埴輪に見送られて、迷宮内部へ。
入り口はいわゆるダンジョン風で、縄文時代を感じさせる土器が壁側のくぼみに飾られている。
外よりも意外と気温は温かく、じっとりとした空気が密室空間であることを示しているようだ。廊下には灯りがともっているが、それだけでは足下が不安なので、ランタンで明るさを補う。
「地図が確かなら、まずはこのフロアを直線に進んで曲がり角を二回右に曲がれば、開けたスペースに出ますワン。最初はそこを目指します」
迷宮攻略の最初の計画を、探索役のココアが提案。トラップのもっとも少ない安全なルートを依頼しているため、若干遠回りになるかも知れない。だが、無駄なバトルで体力を消耗するよりもいいだろう。
「分かったよ。じゃあ、ココアはオレと一緒に先頭で頼む。敵が出てきたら後ろで防御しててくれ」
ひたんひたんと、水分を含んだ地面をゆっくりと歩く。慎重に、慎重に……と進んだところで曲がり角。
「予定通り、ここを右に……きゃんっ!」
「ココアっ! ちっ、モンスターかっ」
ごおぉおおおんっ。ドォン!
ココアがオレ達を誘導するために、一歩先に前へ進むと左側から突然炎の攻撃魔法が、ぼぉっと音をたてて吹き荒れる。
「水の精霊よ……荒ぶる炎を鎮めよ! ウォーターフォース!」
じゅわっ! ぷしゅぅうう……。
危うく背中に炎魔法を直撃しそうになるココアを助けたのは、オレの後ろで素早く呪文詠唱をして水魔法を炎魔法にぶつけた賢者マリア。初めて見る魔法なので、おそらく最近覚えたものなのだろう。
「うぅ……マリアさん、ありがとうございます」
間一髪、命拾いをするココアと安心させるために、にっこりと微笑むマリア。だが、探索役を狙えば良いと思っているのか、魔術系モンスターたちが一斉にココアとマリアに襲いかかる。
「させるかぁあっ! ブレイブ斬り」
「あんたたちの相手は、あたしたちだぜっ! 喰らえ、妖精剣技ハヤブサの舞!」
オレとアズサの剣技で、なんとか2人を守る。
キイィイインッ! ザシュッ! ガッ!
魔術系モンスターの特徴は、攻撃魔法は強力だが守備力が低く、剣による斬撃に弱い事だ。強い魔法を唱えられる前に、素早く倒すことが攻略のこつである。
「ピギャアアァアアアッ!」
断末魔をあげてモンスターが煙となって消えると、冒険者用スマホから軽快なサウンドと共に討伐確認の合図。自動的にモンスター討伐数がデータとして取得されて、経験値とギルドポイントやデジタルコインが加算される。
ドサッ!
煙が消えるとモンスターの居た場所に、何かのアイテムが落ちた。いわゆるアイテムドロップというやつだ。安全なものか、スマホのカメラを起動して自動判定を行うと……結果は安全マークの緑色。回復アイテムのようだ。
『ピッピッ! アイテムドロップを確認、使い切りのMP回復箱です。アイテムリストに登録します』
カメラ画面が終了し、自動でドロップアイテムがリストに追加される。取得しても大丈夫なものだということだろう。
「ふぅ……びっくりしたな。さすが迷宮って感じだ。順番を入れ替えるか……さっきまでは二列でオレとココアが先頭、次がマリアとミンティア、最後尾がアズサとシフォンだったけど……」
まさか、こんなに迷宮の敵がアクティブにバトルを仕掛けてくるとは……。さっきは、とっさにマリアが呪文でガードしたものの、MPに限りがあるし、なるべく消耗しないようにしないと。
「オレとアズサが先頭になって前方の敵を排除するから、後方の敵はミンティアとシフォン、頼む。マリアは真ん中でココアのボディガード。ココアは、オレの後ろに隠れて探索案内を続けてくれ」
「了解!」
「分かりましたワン」
作戦とメンバー配列を変更して、何とか一番最初の休憩エリアとなるスペースまでたどり着く。
ダンジョン内ではあるが小さな公園の様になっており、ベンチや自動販売機、お手洗いなども完備されている。モンスター除けの結界装置も設置されており無人ではあるが、それなりに安全そうだ。
のどの渇きを癒すために、自動販売機でスポーツドリンクを購入してベンチで一休み。他のメンバーも、それぞれ装備を見直したり傷の手当てをしたりと休憩中だ。
「ふぅ……さすが、超難関迷宮だけあってモンスターが攻撃的だよなぁ。まだ序盤なのに結構MP使っちゃったから、何か対策を練らないと……」
オレ達のメンバー構成において長期戦の一番のネックは、実はMP切れである。迷宮は最短ルートで攻略したとしても、出口まで約2週間かかるらしい。ここまで長い迷宮に挑戦するのは、実は初めてなので先が思いやられる。
ぼんやりと、MP消費対策を練っていると、ミンティアがオレの隣にちょこんと座り、優しく語りかけてきた。
「お疲れさま、イクト君。思っていたより、MPの消費が早いよね。私は毎ターンHPとMPを回復できる装飾品を装備しているから、多少良いけど……。でも、節約していかないと、いざというときに召還魔法が使えなくなっちゃいそう。何かいい方法があるといいんだけどね」
懸念材料はミンティアも同じだったのか、一緒にMP対策を練る。
「一応、MP回復薬を持ってきているけど……中間層までまだ一週間くらいかかりそうなんだろう……なんだか心配でさ。ルートを少し変更して道具屋のある道を進むようにするとか?」
すると、探索役のココアがトコトコと歩いて、オレにある提案をしてきた。
「ワン! イクトさん、あの……マリアさん達とお話ししていて思いついたんですけど……。素材を集めて、MP回復錬金アイテムを作ってもいいですかワン? 私、探索役と錬金でしか、みなさんのお役に立てないし……」
ココアの示す地図の場所は、錬金素材ありの発掘スペース。幸い、ここから近距離である。手前に中ボスがいるそうだが、このままMP回復なしでは中間層までもたないだろう。
「錬金アイテム……その手があったか! ありがとう、ココア。ルート緊急変更。行こうぜ、発掘スペースへ!」