第八部 第6話 他校のうるわしい女剣士
(どうして……何故私のチートスキル『セクシープラズマ』が効かないの? あのダーツ魔法学園の生徒は何者?)
オークション会場を立ち去るイクトと仲間たちの後ろ姿を見送りながら、驚きを隠せない少女が、ひとりオークション会場に残された。
先ほど、イクトと同じ金額の言い値で虹レア迷宮の地図を競り落とそうとした紫髪の少女である……少女の名はシフォン。
アロー魔法剣士学校に所属するシフォンは、自らのチートスキルセクシープラズマを駆使することで、様々な諜報活動をこなしてきた。変装のためいつもショートソードを持ち歩いているが、剣の腕はそれほどではない……かといって下手でもないが。
彼女の真の職業は、俗に言う『スパイ』というものだ。アロー魔法剣士学校では、特別クラスとして諜報活動を行う生徒たちを育成している。
シフォンのチートスキルの本領は、相手の好みのタイプがいかなるものであろうと、思わず言いなりになってしまう……というもの。
それにシフォンは自らの容姿の美しさには、ちょっと自信がある。
……もちろんチートスキルは、シフォンの容姿を超越する魔術的なものであるが、自分の魅力が否定されたようでなんだか悔しい。魔法力が反発するような不思議な感覚……チートスキルを使ってこんな気持ちになるのは初めてだ。
あのイクトという少年が持って行ってしまった虹レア迷宮の地図は、彼女にとっても大事なものである。
何としてでも……たとえ地図が手に入らなくても、せめて中間層まではたどり着かなくてはいけないのに……。
次の日も、その次の日もオークション会場に足を運んだが、あいにくレア地図は出品されていなかった。
今月中に出品予定はないかとロビーでリストを探すが、しばらく地図のオークションは行われない模様。そんなシフォンの様子に気づいたのか、司会進行を務めていた男性が優しく声をかけてきた。
「お客様、オークション残念でしたね。定期的にレア地図は出品されますので、また今度挑戦してください」
「あっはい。失礼します……」
ため息をついて会場を後にし、買い物客でにぎわう『ネオ飴缶村』の大通りに出る。夕方のショッピング街は、学生や会社帰りの社会人などの姿に加えて、週末のせいかテレビ局のカメラの姿もあった。ちょうど、ネオ大阪名物激安たこ焼き屋台の行列を取材中の様だ。
どこかでひと休みしたかったが、今日は人が多すぎる。別の店を探すか……人通りの多い有名店の並ぶ通りを避けて、地元の人たちだけが利用する裏道の店を目指す。
すると、タイミングがよいのか悪いのか、数日前にオークション会場で競り合った例のイクトとかいう魔法学園の生徒が柄の悪そうな奴らに絡まれている現場に遭遇する。
(そういえば、あの召還士の少女のインタビュー……今朝のネットニュースで結構大きく取り上げられていたな。レア地図目当ての柄の悪い奴らに、目を付けられたのかしら?)
見たところ、イクト君達も腕は悪くなさそうだし無視しても大丈夫だろうと思っていたのだが……。
何故か、イクト君達が一方的にやられている……? 仮にもダーツ魔法学園の生徒ならあれくらいの奴ら……いや、人質を取られているの?
「ううっイクトさん……ごめんなさいワン……私が捕まっちゃったからワン……」
「お前ら! 卑怯だぞ、ココアを離せっ」
「へっ! この可愛い犬娘を助けて欲しかったら、例の地図をよこしなっそれとも……もう一発喰らいたいのかっ」
「このまま異世界とのゲートを開かれたら困る人たちが、人間族にも魔族にもそれぞれいるんでね……」
ドスッ!
かなり、強烈な拳がイクト君の腹に直撃したみたい。これは、不利そう……。あのときの聖女ちゃんも捕まってしまっているし……今日は他の子達とも一緒じゃなさそうだし……。
戦闘慣れしてなさそうな犬耳族の少女を人質に取るなんて、犬好きのシフォンの中にある正義感が、かちんと来た。
一応スパイだから、感情をもって行動するのは御法度なんだけど……。
別にイクト君達のことを助けてやる義理は全くないけれど……ここで恩を着せておけば、虹レア地図のコピーくらいは手に入るかも知れない。
それに、チートスキル『セクシープラズマ』がどれくらい効果があるか、試してみたい気もする。
コートを脱ぎ、ブーツをコツコツと響かせ、胸を強調したセーラー服のリボンを揺らしながら柄の悪そうな集団の元へと進む。
「けっなんだぁ姉ちゃん……こちとら取り込みちゅう……え……」
(チートスキル……セクシープラズマ……発動! 相手を魅了し、撤退の意思を示せっっ)
ズキュンッ! チートスキルの魔力がシフォンの指先から発動、ハートを打ち抜くようなポーズに思わず釘付けになる魔族達。
柄の悪い魔族の胸が思わず高鳴る。
自分は今、上司の命令で勇者から虹レア地図を巻き上げていたはずだ。だけど、今目の前にいる美少女はそんなことを忘れるくらい魅力的だ……こんなに美しい少女みたことがない。容姿の美しさのみならず、すべてが輝きオーラが違う……。
頭がぐらつく……こんなきれいな人の言うことなら何でもきいてしまいそうだ……あれっどうして自分はこんなところにいるんだっけ?
今までなにやっていたんだろう? ダメだ……どうして自分がここにいるのかその理由さえ思い出せない……。
帰らなきゃ……どこかへ……どこかへ……。
自分の意思を無くしたかのように、ふらふらと撤退し始める柄の悪い連中。解放されて安心したのか、泣き崩れる犬耳族の少女、気を失ったままの聖女ちゃん、わりとタフな様子で『いてて』とか言っているイクト君。
「ふぅ……まだ私のスキルの腕は、鈍っていなかったみたい。安心した! って、そこのあなたたち、大丈夫?」
「キミは……オークションの時の……! 助けてくれたのか? ありがとう。相手が突然戦う意思を失くしたけれど、もしかして魔法使い?」
「えっああ、あなたの想像に任せるわ。イクト君だっけ? 私はアロー魔法剣士学校のシフォン! 怪我してるわね。手当するから来て……」
「ありがとうございますワン!」
ひょんな事から接触したイクト達とシフォン。裏通りの喫茶店で休ませてもらい回復呪文で治療をしてもらう。シフォンは治癒魔法や攻撃呪文をバランスよく使いこなす、マルチな剣士のようだ。勇者というわけではないそうだが、器用なものである。
他校の生徒は、みんなこういうマルチ型の教育を受けているのだろうか?
「へぇ……中間層に眠る鉱石を取るのが、卒業試験の内容なのか」
「そうよ! 迷宮のクリアそのものが試験内容って訳じゃないから、現物にはこだわっていなくて地図のコピーでも良かったんだけど。迷惑じゃなければイクト君に同行させてもらえたらって……」
「えっそんな事出来るの?」
そういえば、たまに他校の生徒とクエストに行く生徒を見かけたような気がする。
「お互いの卒業試験の規則にも、他校の生徒と組んじゃいけないって決まりはないし……他校生同士で組む生徒ってたまに見かけるし……どうかな?」
「ワン! シフォンさんには助けられた恩がありますワン! イクトさん、私からもお願いしますワン」
助けられた恩義からか、それともはじめからそういう運命だったのか……他校生のシフォンをゲストメンバーという形で加えて卒業試験に挑むことになったのである。