第八部 第5話 地図のオークション
ダーツ魔法学園から電車で十数分の距離にある行商の村……その名も『ネオ飴缶村』。名称としては『村』と付いているが、実際は村と呼ぶには都会的すぎる大規模ショッピング街である。
手頃な洋服の数々に美味しい食事も食べられるとあって、観光地としても大人気だ。
だが、今回の目的は観光やグルメではない……卒業試験に必要となる虹レア迷宮の攻略地図を求めて、オレ、ミンティア、ミーコ、アズサ、ココアのメンバーで、大人の集まるオークション会場までやってきたのだ。
午後14時、メインオークションが始まった。
「では、本日の目玉商品……虹レア迷宮中間層までの攻略地図です! 週に一回ほどしか手に入らない商品なので、コレクターの方は是非っ」
まるで、魚の競りか何かのような雰囲気で実施されるオークション。
ちなみに、一般的な高レア度の地図の相場は、どんなに高くても1万コインほどである。虹レア迷宮のチケットを所有している人自体、本来は少ないはずだからそんなには大変にはならないと思うのだが……。
『まずは相場の1万コインからでーす』
『1万コイン!』
『1万5,000! どうだっ』
『ええいっ2万5,000!』
『4万!』
『くっ卑怯だぞ……4万5,000!』
「にゃあ……なんだかみるみる金額が上がってますにゃ」
オークション会場の雰囲気にのまれているミーコが、動揺を隠せない様子でオレのコートの裾をくいっと引っ張る。
レア度がかなり高い地図だからなのか、コレクターが集まり必死に値をつり上げてくる……これはまずい。
ここまで、ギルドクエストでためたコインの中から、一ヶ月の探索費用を捻出しなくてはならない。その中から地図に充てられる予算は、どんなに頑張っても5万コインがぎりぎりだ。
オークションに使用可能となっている通貨が、異世界の電子通貨『デジタルプラネットコイン』限定で、現金が使用出来ないという仕組みなのも予算がぎりぎりになっている原因である。
それに、これまでギルドで稼いだコインやポイントからクエスト費用を捻出するのが、卒業試験クエストのルールである。
「イクト君……予算が足りないなら、私も払おうか……? 基本的には勇者と聖女が共同で行う義務があるクエストだし……」
遠慮がちに、共同出資を提案するミンティア。スマホ画面には、共同出資者申し込みの文字……促されて一応共同出資にマルをする。
年齢的にローンも出来ないし、オレには少し早すぎるクエストだったのだろうか。でも、これを切り抜けないと……ポイント扱いだったものをデジタルコインとして移行すれば、もっと出せるか?
いや、一応……今出せるコインぜんぶで競り落としてみるか……。
『ええいっ5万コイン!』
『あっ待って! 5万コイン!』
オレと同時に……同じ金額で声をあげたのは、多校のエンブレムの入ったコートを着ている紫髪ロング美少女だ。腰にはショートソードを下げており、どうやら剣士の様子。
他校生の少女とバチッと目が合う……一瞬向こうが目を背けたが、再びオレのことを見つめる。赤い瞳がこちらをじっとにらみつけるような、けれど口説くような潤んだ眼差し……色仕掛けか?
たいていの男なら、あのような美少女にうるうると泣かれたら落ちそうなものだが……あいにくオレは女アレルギーだ。
ミンティアのチートスキルで女アレルギーが緩和されているものの、印象をあげて地図を譲って欲しいのなら、むしろ逆効果というものである。
「ちっ……」
気のせいだろうか、一瞬舌打ちをしたような……。
泣き落としでは効かない事を察したのか、おもむろにコートを脱ぎ初めてこちらに近づいてきた。……一応室内だから多少暖房は効いているものの、結構寒いのに。制服はセーラータイプで改造してあるのか、やたら胸が強調されている。
「ねえ……キミ、ダーツ魔法学園の生徒でしょう……。私、卒業試験でどうしても探索しなきゃいけないの……」
素早く後ろに抱きつき、いわゆる胸を背中に当てるという色仕掛けで、迫ってくる。しかも耳元に吐息を吹きかけるように囁いてきた……かなりのセクシーボイスで思わずクラクラする。
「いいでしょう……私に、ちょうだい……」
「うっそれは……ちょっと……」
コート越しの背中に押しつけられる、むにゅっとした柔らかな胸の感触。
オレも普通の男なので思わずドキッとするにはする……が。
この可愛らしい少女は確かに魅力的だが、どこか芝居掛かったような魔法のようなものに違和感を覚える。
それに、ギルドメンバーであるマリアのFカップ巨乳をたびたび押しつけられている影響で耐性が出来てしまい、そこまで反応しなかった。
「えーなんで……いいでしょう?」
にっこり……。
ズキュン! 何かの魔法が放たれた気がするが、オレの女アレルギーやモテスキルが反発してしまい、イマイチ効果が現れなかった。
「うっ! 可愛い……けどここで負けるわけにはいかない……オレのモテスキルが全力で反発している……」
何だろう? この違和感……もしかしてこの少女も何かのチートスキルの持ち主か?
「お・ね・が・い!」
これは……オレに撤退して欲しいということだろうか?
いや、こちらだって卒業試験がかかっているわけだし、いかにも色仕掛けや泣き落としで譲るわけにいかない。
オレが発言するより先に動いたのは、一連の流れを見ていたアズサ達だ。
「ちょっと、イクトに馴れ馴れしくさわるなよ!」
「にゃあ! 図々しいですにゃん」
ごちゃごちゃと地図を巡って揉めていると、もう一声求めて呼びかけをし始める……。
「6万!」
「6万5,000!」
「ああっやだっ。まだつり上げる気? もう、今日はダメね!」
予算を越えてしまったのか、ため息をつきオレから離れて席へ戻る他校生の美少女。
案外アッサリしてるな……いやガッカリするのもおかしいのだけれど。
再び再開されるオークション……すでにオレが提示した金額を越えられてしまった。ギルドポイントを使えば、まだ大丈夫かも知れないが……これ以上つり上げられたら……。
「8万5,000コイン!」
普段の清楚な澄んだ声からは想像できないような、勢いのある声。
おおー!
会場が盛り上がる……通常の値の8倍以上の価格を提示した少女を、賞賛するような声も聞こえてきた。
正直言ってオレも驚いている……彼女の思いきりの良さに。
コン、コン、カンカーンカーン!
落札が決まった事を合図する、木槌を打つ音と鐘。
「落札決定です! 虹レア迷宮攻略地図の落札者はミンティアさん! ダーツ魔法学園の聖女コースに所属しながら召還士としても活躍中……いやぁ、優秀なんですねぇ……。召還士ですか……珍しい。迷宮には召還契約精霊も居るらしいですよ。おめでとうございます! ささっどうぞ」
「ふふっありがとうございます。頑張って、パートナー勇者のイクト君と一緒に迷宮をクリアします」
インターネットニュースサイトの取材が始まり、はきはきとインタビューに答え始めるミンティア。
「気が付くと、もう夕方か……あっという間のオークションだったな。まさか、ミンティアが落札するとは……まぁ結果オーライか」
インタビューが終わり、にこにことした表情でステージを降りてくる。右手にはしっかりと地図が握られていて、満足そうだ。
「ミンティア、ありがとう……悪いな、落札してもらっちゃって」
「ふふっイクト君と私……2人で落札料金は半分ずつね……割り勘ってやつだよ。もう移行手続きしておいたから!」
割り勘……?
スマホ画面を確認すると、いつのまにか地図のオークションと契約されている……。
まぁ共同出資可能に設定してあるから、当たり前なのかも知れないが、意外とちゃっかりしている。
「行こう! イクト君、みんな!」
「えっあっああ」
この時、オレ達はまだ気づいていなかった。虹レア地図を欲している者は、このオークション会場の外にもいるという事に。
そして、オレ達が地図を所有しているという事が、ある勢力に知れ渡る危険性に……。