第八部 第4話 新人探索役ココア
「犬耳族特製お肉と野菜のビーフシチューよ。犬耳族でも人間族でも食べられる食材を使っているから安心してね」
ココアのおばあさまであるメイプルさんの手作りビーフシチューには、ゴロリとした上質なお肉とジャガイモや人参などの野菜が程良いサイズにカットされてグツグツと煮込まれている。ふんわりパンや三角チーズと一緒に食べれば、心も身体も温まりそうだ。
「寒い日には、ビーフシチューで身体を温めるのが犬耳族流ですワン! 探索や錬金を行う犬耳族は、皆このビーフシチューを食べて健康を維持してきたのです。そして、他の種族でも食べられるもので出来ているから、おもてなし料理でもあるのですワン。私も、大好きですワン」
探索を行う犬耳族がよく食べるビーフシチューか……。という事は、長年行方不明だというココアのおじいさまもこのビーフシチューを食べて探索活動を行っていたんだろうな。
ちょっとしんみりしてしまう……が、せっかくのおもてなし料理だし美味しくいただくとしよう。
「じゃあ、ありがたくいただきます! んっ美味しい」
ぱくっとほおばると、煮込まれた食材の味がとろけるように広がる。
「にゃあ、ほくほくごろごろで贅沢なお味ですのにゃ! ココアのおばあさまは料理上手ですのにゃ」
「エルフ族もシチューが大好きだけど、ホワイトシチューが多かったからビーフシチューは新鮮だなぁ。こんなに美味しいなら今度作ってみるか」
人間族だけではなく、猫耳族やエルフ族からも大絶賛。どうやら、どの種族の味覚にも合うような程良いバランスのようだ。
「ふふっ。自慢のビーフシチューだけど、いろんな種族の子達にほめられる日が来るとは思わなかったわ。あの人……ウチの旦那様も大好きだったのよ。虹レア迷宮を攻略しようとしている若者が訪問してくる日に、これを偶然作っていたなんて……」
「おばあさま……ついに迷宮について……教えてくださるんですかワン?」
「ええ……虹レア迷宮……あの迷宮は私にとっても因縁の迷宮だもの……」
ココアのおばあさまであるメイプルさんから語られる昔の話。ダーツ魔法学園の学園長が、まだ若い冒険者の頃だ。ココアのおじいさまであるガトーさんも若い探索役だった。
結婚したばかりのガトーさんは、メイプルさんとこれから産まれる赤ちゃんのために大きなクエストの依頼を引き受けることにした。
それが、虹レア迷宮だ。
超難関と噂の迷宮を攻略した二人は一躍有名になり、ガトーさんは迷宮内の炭坑で発掘した金鉱や魔法石を資金に武器防具工房を持つことが出来た。
仕事も上手く行き、家族も増えて何もかもが順調に思われていたある日……虹レア迷宮を上回る迷宮の情報が入ってきたという。
『メイプル……オレは、探索役として限界まで挑戦したい……天まで届くという未知の迷宮……さらなる高見をみてみたいんだっ』
『あなた……ええ、分かったわ。私、信じてる……あなたが迷宮を攻略して戻って来る日まで……ずっと』
ガトーさんはメイプルさんとまだ幼子だったココアのお父さんを残し、たった一人で旅立ち……消息不明となった。
その後、腕の良い錬金師であったガトーさんがいなくなった影響で武器錬金工房は縮小。やがて成長したココアのお父さんが探索役と武器職人をこなしながら店を再び復興させるも、探索で忙しく錬金まではこなせなかったそうだ。
ココアが錬金を引き継ぐ決意をしてから、工房を本格的に再開して現在に至るらしい。
「虹レア迷宮を攻略できなければ、私たちはこの店を持つことが出来なかった……。まさか、ココアが一人前になる頃に、再び虹レア迷宮が話題でるなんて。これは、そろそろ我が家系から探索役をもう一人デビューさせる時なのかしらね……」
おばあさまは意を決したように、じっとココアの顔を見る。
あれ……ココアって武器錬金の勉強をしているけど、まさか探索役も出来るってことなのか? でも新人さんなのでは?
「我が家系から……って、えっとオレ達……迷宮攻略のために情報収集と、探索役に心当たりがあればって思って来たんですけど……もしかして……」
戸惑うオレに、落ち着いた口調でメイプルさんが答える。
「ええ、虹レア迷宮をクリアするには優秀な犬耳族のチカラが必須よ。特に、実績のある犬耳族の血を引くものが適していると思うわ」
「おばあさま……本当に許可をいただけるんですかワン? 虹レア迷宮に行ってきても?」
意外なことに、ココアは以前から虹レア迷宮に行きたかったような口振りである。これは、血は争えないと言うものだろうか。
「ええ、あの人はさらなる高みを求めて神々の領土と謳われる迷宮へと向かって行ったけれど……虹レア迷宮まではきちんとクリアできていたから……。きっと同じスキルを持つココアにも出来るわ。これはあの人の意思だと思うの……もはや運命かも知れませんワン……」
意外な話の展開だが、一度虹レア迷宮をクリアしている血統の犬耳族に探索役をお願いできるなら、攻略率はグンと上がるのだろう。
「おばあさま……ありがとう……私……頑張りますワン! イクトさん、私が探索役を務めさせていただきます。新人の探索役ですが、小さい頃からおじいさまやお父さまの跡を継ぐために、頑張って訓練しています。私にやらせてくださいワン!」
ココアが食事を終えたオレの席の前で中腰になり、ひざまづくようなポーズで懇願してきた。犬耳族の正式なお願いのポーズらしい……こんなにされたら断る事なんてできないだろう。
「ココア……お願いしなきゃいけないのは、本当はオレの方なのに……ありがとう!これからヨロシクなっ」
「ワン! 嬉しいですワン」
中腰になっていたココアを立たせて、きゅっと握手を交わす。
ココアの目がきらきらと輝き、しっぽがぱたぱたと揺れている……お世辞抜きで本当に喜んでくれているのだろう。
「にゃあ! なんだか難しい迷宮が一気にクリアできそうな気がしてきたのにゃ」
「良かったな、イクト。これで対策は、ばっちりだぜっ!」
「イクト君、良かったね! これで探索はバッチリだよ」
探していた探索役が、こんなに身近なところにいたなんて……。安堵と共に再び迷宮への緊張感がオレの胸の奥に走ったが盛り上がる仲間たちに支えられて、何とかやっていけそうな気がした。
メイプルさんが、探索の心得というタイトルの書籍を棚から取り出して、ぱらぱらと必要なアイテムをチェックし始めた。
「食料や水、武器防具はこの町でも揃えられるけれど……あと必要なものは、地図よね……。ダーツ魔法学園から少し離れた行商の村で、地図の取引が行われているわ。虹レア迷宮の地図はそこで取り引きされているから、そこで行商人から買い付ける必要があるわね」
「行商人、取引? へぇ迷宮の地図って実は売られていたんだ」
意外な情報、つまりそれだけ迷宮の地図に需要があるって事だろう。
「これまで探索に行ったことのある人たちが記した情報を元にしたものですワン。おじいさまが攻略してから何度かリニューアルしているそうですから、最新の地図を手に入れるとよいですワン。中間層までは攻略出来た探索人がいますから、そこまでの地図を手に入れましょう!」
攻略開始まであと数日……少しずつ、運命の輪が廻りはじめる。