第八部 第2話 チケットガチャは虹色に輝く
ダーツ魔法学園卒業試験は、いわゆる探索型の迷宮攻略クエスト。
一ヶ月ほど時間をかけて、長い迷宮内を探索するというもので、バトルありお宝探しありの難解クエストだ。
これまでのクエストと異なり、同学年の勇者同士の協力チームは組むことが出来ないため、原則として自分が所属するギルド内でメンバーを工面する事になる。
いわば、勇者としての独り立ちのようなもので、一人前になるための試練だという。
教壇に立つラナ先生と傍らの台車……おそらくあの台車に乗ったマシーンが、今回の卒業試験に必要なアイテムのガチャ台だろう。
おもむろに、ラナ先生が台車にかけられた布を取ると、想像通りガチャマシーンの姿。
「これから、迷宮チケットのガチャを始めます。順番に並んでください! 迷宮のチケットは、宝箱のアイテムに合わせて色が異なります。レア度はすべて星5以上だから、安心してガチャを引いてね」
さすが、卒業試験というべきか……平均レア度の高さに安堵の声が漏れるが、一方であまりレベルの高いチケットを引いてしまうと攻略難易度が高くなると言う不安も……複雑な心境だ。
「次はイクトの番だよ。頑張ってね!」
「おっおう!」
金色のレアチケットを片手に、ご満悦の表情の姉萌子と軽くハイタッチを交わし、ついにガチャ台へ。
よく考えてみれば、ガチャを廻すのに『頑張る』というのも不思議な表現だが、案外ガチャはゲームをプレイしていない人が思っているよりも精神力を使うので、頑張るという表現もあながち間違ってはいないのだろう。
もしかしたら、ガチャにそこまで精神的な緊張とチカラを使っているのは、オレと萌子だけなのかも知れないが……。
だが、オレ以上にガチャに情熱を燃やしている男がオレの後ろで謎の呪文を唱えている……友人の勇者マルスだ。
『おお、課金の神よ……我が腕にチートの加護を与えて、虹レアチケットを与えたまえっっ! レアレアレアレアレアレア……』
普段からは想像できないような、どす黒い目と低い声で課金の神に祈りを唱え始めたマルス。
今回のガチャは、一回限りの無料限定ガチャだから課金の神に祈っても意味がないのでは? と思ったが、きっとマルスの守護神は常に課金の神なのだろう。可哀相だし、つっこまないことにした。
マルスのことは無視して、今はオレのガチャだ。
ガチャマシーンに手を伸ばす……丸いカプセルの中には、ひとつだけ虹色に輝く特殊な色のチケット……あれがもらえればなぁ。
ごくりと喉を鳴らし、ギシリとハンドルを廻すとマシンの名称の名に違わないガチャガチャ……という音。
コロン……とひとつのカプセルが転がった瞬間、あたりに虹色の光が立ちこめ、盛大なファンファーレが鳴り響いた。あらかじめ教室内に仕掛けられていたくす玉が割れ、金や銀の紙屑がオレの頭上で舞う。
パーン! ファーンファファファファファーン!
『おめでとうございます! 超難解迷宮クエスト星8レベル虹色迷宮チケット確定です!』
おおーっ! パチパチパチ!
教室内からも、感嘆の声と拍手が響くものの、嬉しそうな複雑そうな表情で虹レアチケットクエストの内容を説明し始めたラナ先生の台詞が、オレを絶望の淵にたたき落とす。
「イクト君、おめでとう! まさか、久しぶりに虹レアチケットを引く生徒が現れるなんて……この虹レアチケットの迷宮はね、ダーツ学園長が若い頃に攻略してから、ずっと何十年も……誰もクリアできていないの……とっても難しいクエストだけど、頑張ってね。万が一、また来年ここで学生をやることになっても気にすることないから! 迷っても大丈夫なように、救援体制を整えておくわっ。安心してね」
万が一のことを想像したのか、白いハンカチを取り出しわずかにこぼれる涙を拭う先生。
ざわざわざわ……どよめく教室……そして沈黙、重い空気。
「えっ先生今なんて言いました? 学園長以降誰もクリアしていない……そんな、当たりどころか超危険クエストじゃないか」
救援体制だとか何だとか、コメディハーレムRPGにそぐわない危険ワードがいくつか現れている気がする。オレってハーレム勇者だし、オレtueeee無双系主人公じゃないし……危険なクエストなんて……縁がなさそうだから、今回も大丈夫だろう。
心臓がプレッシャーでバクバクしつつも、気が気じゃないため自己暗示をかけることにした。
「イクト……大丈夫、絶対に大丈夫だよ……主人公交代とかそんなことにはならないから……」
そういいつつも、すでにオレのクエスト成功を諦めているのか、姉萌子が『迷宮 救助 方法』とかいう不吉なキーワードで、スマホ片手にネット検索をし始めている。
「イクト君……このお守り、たくさんあるから君にもあげるね……逃げるのだって勇気だよ!」
他の生徒たちも、オレに同情しているのか、お守りをプレゼントしてくれる人まで現れ始めた。
そんなこともあり、ぼんやりした頭でホームルームを終えてミーティングの為ギルドの拠点となる学園内の教会へ……。ステンドグラスが光り輝く教会の通路を通り抜け、あらかじめ予約しておいたミーティングルームのドアを開けるとすでにメンバーが全員集合。
だが、皆どこかぎこちない笑顔だ……。どうやらすでに、危険な虹レアチケット迷宮を攻略する事が伝わっているらしい。
「イクトさん……あの、大丈夫ですから……いま、エリスが攻略策を占ってます……」
不安そうなマリアが、水晶玉片手に占いを行うエリスを見守る。もはや占いに頼るしか、解決策は見いだせないのか。
エリスが銀色の長い髪を珍しく後ろにひとつに結び、いつになく真剣な眼差しで水晶玉に向かって呪文を唱えている。
「……出ました! 虹レアランクの迷宮攻略を行うための、ヒントが……この映像は……ダーツ学園長の若い頃?」
「どれどれ……あっ本当だ。たぶんこれ学園長の現役時代だ……学園のパンフレットで見たことがあるような……あれ、隣に人が……いや、人間族じゃない?」
水晶玉に映る若い頃の学園長と肩を組み、笑顔でポーズを取る若者……彼の頭部には犬耳らしきものがついている。ピッケルを2人とも担いでおり炭坑帰りのようだ。
「これが、今回のクエスト攻略の最大のヒント……もしかしてこの犬耳の人って……犬耳族?」
「にゃあ! 間違いないですにゃん、ココアと同じ犬耳族ですにゃ。犬耳族はすべての種族の中で一番迷宮探索が上手な種族だって、ココアから聞いたことがありますにゃ!」
犬耳族のココア……猫耳メイドミーコの親友で武器連金職人の少女だ。犬耳と犬しっぽが付いていること以外は、ごく普通の可愛らしい少女である。
「……迷宮は、一見攻略が難解に感じますが、すべてを正解ルートで進めば無傷で帰還することも可能なんだとか……虹レア迷宮だからといって恐れることはありませんわっ」
「おおっやったなイクト! これで攻略はバッチリだぜっ。さっそココアのところに行って探索が出来そうな犬耳族を紹介して貰おうぜ!」
未来が明るくなってきたおかげで、笑顔が戻るエリスと犬耳族の探索役を探すことを提案するアズサ。
「ああ、そうだな。じゃあさっそく移動の扉を使ってココアのいる町まで行ってみるか」
「にゃあ! あたしも行くにゃん! 久しぶりにココアに会いたいのにゃん」
小さな希望が見え始めた今回の迷宮クエスト……虹レアチケットがオレの手元できらりと輝いた。