第八部 第1話 卒業試験は迷宮クエスト
年が明け、戌年が始まってから約2週間が過ぎた。
異世界とはいえ、現実世界地球の写し鏡のような世界であるアースプラネットでは、冬の寒気が到来しており寄宿舎制で学園敷地内を移動するのみの通学にも関わらず、分厚いコートはもちろんのことマフラーや手袋が欠かせない。
オレ、結崎イクトは相変わらず異世界アースプラネットでハーレム勇者の卵として勉強をしている……女アレルギー持ちであるにも関わらず……だ。だが、気の合うギルドメンバー達と様々なクエストをこなすにつれて、もはやオレの居場所はこの異世界であると疑問さえ抱かなくなっていた。
この身体は、疑似ネフィリム体というアバターで、地球ではまだオレの身体は眠った状態で呼吸を繰り返しているというのに……地球へ還るという選択肢を先送りにしながら、学園生活を楽しんでいる。
まあ、もっともこの異世界を占拠している魔獣軍団をどうにかしないことには、地球へと還るゲートを開くことは難しいのだけれど……。
寄宿舎の部屋から5分ほどの距離にある食堂に着くと、オレより先に食堂に着いていたパートナー聖女で婚約者のミンティアがテーブル席をキープしてくれていた。
「イクト君、お早う! 今日も寒いよね、温かいコーヒーを淹れておいたよ」
「ミンティアお早う、サンキュな」
生まれつき異世界人特有のミントカラーだという彼女の髪。さらさらのショートボブヘアは、知り会ったばかりの頃に長い髪を切り、オレの好みで変更したもの。それからずっとミンティアは髪を伸ばしすぎず、ヘアスタイルを維持してくれている。
うぬぼれを感じていいのなら、オレの好みで居続けるため……? 愛しい人の姿に思わず頬がゆるむ……朝食の時間を使ってのデートタイム。
「ふふっ今日の朝食は、ふわふわのオムレツ付きかぁ。もうすぐ私たち卒業でしょう? ここでのご飯を食べるのも後わずかだと思うと、ちょっぴり寂しいね。もっとイクト君と学園生活を送りたかったなぁ」
「ああ、そうだな。でも、一旦実家に戻るけど4月から学園内の聖騎士団ギルドでクエストだし……ミンティアとはずっと一緒だよ」
まるで自分に言い聞かせるような台詞だ。
婚約者のミンティアは異世界の住人、オレの女アレルギーを緩和できるチートスキルを持ち、清らかで優しく美しい……大切な女性。
そうだ……オレとは違う、彼女は異世界の住人なんだ……。
ミンティアと一緒に居続けるためには、超難関と謳われる魔獣を倒し以前のようにゲートを開いて、異世界と地球を行き来出来るようにするか、若しくは、オレが地球での肉体を捨ててこのアバター体に魂を完全に移行するかの二者択一。
つまり、地球での肉体は若くして死を選ぶ事になる。
幸い、ゲートが閉じてからは地球と異世界の間に大幅な時間差が生じており、地球での1時間が異世界での1年という時間の流れだ。
タイムリミットとされる地球での24時間まであと数年ある。どちらにせよ、まだミンティアと一緒に過ごせる……。
いや……ミンティアだけではない。一夫多妻制というしきたりから、身内以外のほとんどのギルドメンバーと婚約している身としては、絆を守るためにもゲートの問題を解決したい。
「そうだよね、イクト君。私達、婚約者だもん……一緒に冒険をして、結婚をして……ずっとずっと……」
現状を理解しているせいか、ミンティアの言葉が詰まる。
「ずっと一緒だ! オレがミンティアのこと守るから……」
テーブルの上で、かすかに震えていたミンティアの白い手を思わず握りしめる。あたたかい彼女の温もり、お互いの熱で温めあう安心感、ミンティアの手を離しては生きていけない。
「……! イクト君、ありがとう……あっ朝食さめちゃうね……食べよう。安心したらお腹すいちゃった」
甘めのクロワッサンをひとくちサイズにちぎり、言葉と一緒に飲み込む。ブラックコーヒーはやや苦めで、オレの思考回路の甘さを緩和させるかのように目を覚ましてくれる。
せっかくの貴重なデートタイムだ。難しいことや嫌なことは極力考えないようにしよう。
ミンティアと遅めの朝食を学生食堂で済ませ、ダーツ魔法学園のざわつく教室のドアを開けると、オレと同じく異世界転生者である勇者のたまご達の姿……すでに見慣れた朝の風景だ。
「イクトお早う! 卒業試験の詳しい内容が分かったわよ!」
オレに手を振るブレザー姿の少女は、双子の姉である女勇者萌子。栗色のセミロングヘアをハーフアップに束ねており、肌は色白で瞳はくりっと愛らしくスリムなスタイルながら、女性らしさも兼ね備えている……いわゆる乙女ゲームの主人公のような容姿の美少女である。
ハーレム勇者であるオレと対となる双子の姉が乙女ゲームヒロインのようなキャラなのは、神の悪戯か何かか……。
「いままでのクエストは同学年の勇者同士で協力できたけど、今回の卒業試験は一緒に攻略するのはダメなんだってさ。あーあ、萌子ちゃんと一緒に迷宮でイチャラブクエストしたかったなぁ。まさか男子校時代の同級生のツカサ達と男だらけの卒業試験なんて……」
「もうっ……マルスは、美少女アバター男の娘のツカサさんとイチャラブしてればいいでしょう? それに私ね、今年から上級コースのルーン会長達と正式にギルドメンバーとして組むことになったの。卒業試験は、そのメンバーで挑むわ!」
スポーツが得意そうな爽やかな外見とは裏腹に、課金が生き甲斐という自称ガチャ王勇者マルスと、なんだかんだと言いながらも楽しそうに会話をする姉萌子。2人のやりとりを見守りつつ、卒業試験の案内と記された用紙に目を通す。
「卒業試験は迷宮攻略クエストかぁ……レインは星のギルドの魔法使いメンバーと組むのが決まっているんだっけ? オレもギルドで対策を練らないと。まったく、萌子もマルスも結構余裕あるよなぁ。でもこういう学園生活も、もうすぐ終了か……」
「ちょっと寂しいよね……今はこんなにみんなで楽しく勉強できているけど、地球に還ったらみんな別々の暮らしなのかな……きっと地球に還ってからも、友達で居られるよね」
地球への帰還を希望している転生者のレインが、どこか寂しそうな表情で微笑む。地球に還ることを前提として今後を考えているようだが、やはりオレと同じく今の暮らしにも未練があるようだ。どんな答えを返せばよいのか分からず、曖昧に笑って誤魔化す。
未来の話はさておき、今は卒業試験の対策である。
「迷宮の探索には、鼻の利く種族の助けを借りると順調に進むそうよ。最近ルーン会長が、可愛いパピヨン犬を飼い始めたの……何故か犬なのに魔法が得意らしくて……その子を連れて行こうかしら?」
「うちはツカサが狼犬を連れて行くから安心してほしいって、意気込んでいたな。イクトやレインも、犬種族を探索役に探した方がいいぜ。おっ先生の到着か……またなっ」
始業の鐘が鳴り、席に戻る生徒達。コツコツとヒールを鳴らし、台車を引きながら教壇に立つラナ先生。あの台車は……もしかして?
「おはようございます、みなさん。では、さっそく卒業試験に行われる迷宮のチケットガチャを始めます!」
わぁっ!
ざわめく教室……どうやら、スマホRPG異世界らしくガチャで迷宮のチケットを取得するらしい。やはりガチャは胸がときめく……レア度や属性が振り分けられたチケットに一喜一憂する生徒達。どのレア度の迷宮であろうときっと、一生思い出に残るクエストになるだろう。
今年の初ガチャ運がよいことを祈りながら、そっと運命のハンドルを廻すと、虹色の光があたりを包んだ。