第七部 第34話 そして戌年へ
「ふふふっ転生者のみなさんには、このままタイムリミットまで可愛い犬の姿で過ごしてもらうよ……そしてボクは、この世界のトップブリーダーになるっっ」
またもや、ハーレム勇者認定試験を阻みに現れた最前線ギルドのツカサ。
前回は偶然を装った登場だったが、今回は転生者をタイムリミットまでの間は犬に変化させると宣言しているし、完全に確信して妨害しているのだろう。まさか、学園ギルド内にこんな奴が潜伏していたなんて……。
「きゃいんっきゃんきゃんっくいーん!」
「あおーん! わん、わん、わん!」
ツカサの足下では、犬が3匹混乱気味にきゃんきゃん鳴いていた。最初からツカサに連れられていた狼犬はともかくとして、あと2匹……ポメラニアンとパピヨンは、さっきまでいなかった犬である。
犬に変化させられたと推定されるオレの双子の姉萌子とランターンさんがくるくると廻る姿は、まるで夢の中の出来事のように現実味がなかった。
「くいーんっ……はっ! 私、一体どうしたんだろう? 視界がものすごく低いわ……あれっ私の手……犬の手になっている……しかも小さめ……きゃんっもしかして、私……」
ツカサの攻撃魔法により一瞬意識を失った萌子とランターン……目が覚めると空が高く、地面が近い。そして、人間の足下付近に目線がある。自分の手を確認すると、ふんわりブラウンカラーの小さな犬の手。
気が付けば、萌子は愛くるしいふわふわ毛並みのポメラニアンに変身していたのだ。
「きゃわん! 気が付いたかい? 萌子ちゃん! やっぱり萌子ちゃんは犬になっても可愛いなぁ……こんなに可愛いポメラニアン、今まで見たことのないよ! きゃきゃーん!」
やたら、馴れ馴れしい狼犬がドアップで近づいてくる……小型犬のポメラニアン萌子からすると狼犬はサイズが大きめでちょっと怖い存在なのだが、狼犬の方はサイズ差を気にせずにぐいぐい迫って仲良くしようとしている。
そして、この声……どこかで聞いたことがある声だ……やたら軽いノリの責任感のなさそうなこの声は……?
「まさか、この軽いノリの声……あなたマルスなの? 特殊風邪で入院していたんじゃあ……」
「軽いって言うより愛嬌のあるイケボなんだけどなぁ。まぁいいや……正解! オレ、マルスだよ! 気が付いたら狼犬になっちゃってたんだよ。ツカサの奴がブリーダーになりたいとか突然騒ぎ出してさぁ……。まぁ最前線ギルド内じゃ、よくあるアクシデントだけどな」
「……あなたの所属するギルドって一体……はっそういえばランターンさんは?」
萌子があたりを見渡すと、もう1匹小型犬の姿……頭は金に近いベージュ色の毛並みで体の部分は真っ白の毛並みのパピヨンだ。しばらく意識を失っていたパピヨンだったが、ふるふると頭をふって目をぱちくりさせている。
「ううっまだ頭が痛いな……あれ……この姿は?」
乙女ゲームの攻略イケメン声のパピヨン……ちょっとしたうめき声まで女をオトしにかかっているようなこの声は、間違いなくランターンさんだろう。
「チッッ起きやがったか……」
後ろで狼犬のマルスが、普段聞くことのないような低い声で舌打ちしたような気がするが、無視することにした。
「ランターンさん! 大丈夫? 私をかばって呪文が直撃したから、きっとダメージも大きいのね」
「もしかして……萌子さんなのかい? そうか、あの魔法使いツカサが唱えていた呪文詠唱は変身魔法……善戦むなしく犬の姿になってしまったというわけか……守ってあげられなくてごめんね」
「ううん、いいの……私の不注意でこんな事になったわけだし……きっとイクトやアオイさんに頼めば、元に戻れるわ」
ポメ萌子とパピヨンランターンが狼犬マルスの存在を無視して、イクトたちの元へ帰ろうと小さな足でトコトコ走りはじめると、狼犬マルスが目の前に立ちはだかった。
ザザッと足音を立てて道を阻む狼犬マルスは、ポメ萌子たちからすれば結構手強そうな存在だ。まさか、マルスまで裏切る気なのか?
「きゃーん、待ってくれよぉ、萌子ちゃーん! 犬変身魔法は強力だ……きっと、オレたちタイムリミットまで犬の姿なんだよ。地球での体が完全に天に召されたら、人間のアバターに戻ることが出来る。もう仕方がないんだ……一緒に犬として生きていこう!」
「えっマルスどうしたの……もう人間として生きていくのは諦めているの?」
「オレと結婚してツガイになってくれっ。もうポメ萌子ちゃんには、可愛い子犬を生んで幸せになるルートしか残されていないんだよ。ポメ萌子ちゃん……優しくしてあげるからね……ぐるるるっ」
優しくするといいつつ、ぎらぎらした目でうなる様子は、獲物を狙う狩猟犬のようだ。そもそも、メスのポメラニアンには狼犬の子供を産むことは不可能だろう。
「ツガイって……あなた言ってる意味分かっているの? 私、犬の姿で結婚するなんていやよ……きゃん!」
「萌子さん、マルス君はもうだいぶ犬化が進んでいるみたいだ……自ら犬として生きる道を選ぼうとしている……早く離れよう。きゃきゃーん」
なにやら、揉め始める犬3匹。
狼犬が小型犬2匹の行く手を阻む……仕方なく逃げ回る2匹……。
そして、冒頭の犬3匹が鳴きながらくるくる回り続けるシーンへとリピート状態だ。
「あっこらっ! みんな走り回らないで! もうっ」
どうやら、ツカサもちょこまかと走り回る3匹に手を焼いている様子。
「……たぶんあのポメラニアンとパピヨンが萌子とランターンさんだよな。まさか、ずっとあの犬の姿のままなんじゃ……」
「大丈夫だよイクト君、うちの別荘に変身魔法の解除薬があるから安心して……取り敢えず2人を安全な場所へ連れて行かないと……」
アオイの現在拠点としているネオ芦屋の別荘に変身魔法の解除薬があるそうで思わずホッとするが、問題はあの動き回る犬達をどうやって保護するかである。
だが、助け船は意外なところから……もう1匹、別の犬が現れたのである。
「はぁはぁ、マルスったら……すっかり犬になっちゃって……これが犬化魔法の威力なの? うう……走りすぎでチカラが……」
「えへへ……萌子ちゃーん、一緒に可愛い犬家族を作ろうよーきゃきゃーん!」
狼犬と小型犬では体力差は歴然……すると、ドッグランの方から美しいメスのシベリアンハスキーの姿が……。
「……あなた、マルスじゃない? 嬉しい、ドッグランでまた一緒に走る約束……覚えていてくれたのね! あら小型犬のお友達……悪いけど、マルスは私とこれからドッグランデートなの……今日は飼い主さんのところへ帰ってね」
動揺する狼犬マルス……犬同士の修羅場の気配に、フォローすら出来ない飼い主のツカサ……。
「違うんだワン、萌子ちゃん……このハスキーさんはこう見えても、オス犬さんで……」
「そんなにきれいなハスキー犬がオスなはずないじゃない! ……そこまで私だってバカじゃないワン! 萌子……もう帰るっ!」
ダッ! 今までにないスピードでイクトの元へと駆け寄るポメ萌子、追いかけるパピヨンランターン。
その後は、アオイの別荘に立ち寄り、変身魔法解除用の飲み薬をもらって萌子とランターンさんは人間の姿へ……。
ハーレム勇者認定試験は無事終了、犬連れでラブラブデートと好評価でお目付役のククリは大喜び。
オレのスマホのステータス画面を確認すると、婚約中の女性達との仲良し度が追加されている……?
「これからは、真のハーレム勇者をめざし女の子達との仲良しゲージをアップする活動を行いますよ!」
スマホには、まだデート回数が足りないなどアドバイス付き。
認定試験には合格したものの、オレのハーレム勇者道は来年……つまり戌年もまだまだ続くみたいだ。
次回、第八部第1話(通算224話)は2018年1月中旬ごろ更新予定です。