第七部 第33話 トップブリーダーになるために
「おや、僕の出番かな? マルス君不在の穴埋め役……ふふっいっそのこと、彼のポジションをそのまま奪っちゃってもいいんだけど……」
まさかのハーレム勇者認定試験再試験のお知らせ……状況を察したランターン兄さんに、思わずオレも萌子も、そして何故か狼犬までが注目する。逆ハーレム系の乙女ゲームに登場する攻略可能となっているイケメンの一人ようなビジュアルの兄さんが、再試験の萌子の相手役なのか……。
「きゃんきゃん! くいーんっ」
狼犬が慌てて萌子に何かを訴えかけているが、ランターン兄さんが優しく微笑んで、『大事な話だから、ちょっと大人しくしていてね』と、睡眠魔法で眠らせてしまった。こてん……と、その場で眠り込む狼犬……さすが凄腕賢者である。
「わんちゃん、眠らせたんですか? 大丈夫かなぁ」
「ああ、動物にかけても平気な一番軽い魔法だから……心配しなくていいよ。狼犬君にはそこで休んでもらってバックヤードで話そうか」
すうすう寝息をたてて眠る狼犬の後ろ姿は、まさに安眠状態。あの狼犬も疲れていたみたいだし、暖かい室内で休眠するのもいいだろう。
ランターン兄さんにバックヤードの鍵を開けてもらって、関係者のみが入れる休憩室へ。カフェスペース同様、落ち着いた癒し系ブラウンのインテリアと観葉植物の配置バランスが良い。
「はい、バックヤード用のコーヒーもなかなかイケるよ。萌子さんはミルク多めかな? また、テストに邪魔が入ったら困るだろうし……万が一、あのワンちゃんが特殊風邪で犬に変化したマルス君って可能性も有るわけだし……ねっ」
「ありがとうございます……そういえば、マルスは今日から犬に変化するって噂の特殊風邪で休んでいるんだった。入院してるって話だけど、タイミング良く、犬がギルド前に現れて……。ツカサさんの件もあるし警戒するに越したこと無いよな」
「じゃあ、コーヒーでも飲みながらゆっくり話そうか。せっかく、地球から異世界に転生してきた同士なわけだし……」
狙ったようなインテリ系眼鏡キャラ、金髪碧眼なのに日本語堪能、同じ学校の生徒会長の兄というポジション……現れるべくして登場したキャラのよう。イケメン補正なのか、コーヒーカップ片手に佇む姿も様になっている。まるで、雑誌か何かのイケメン紹介コーナーの1記事のようだ。
程良くブレンドされたコーヒーの香りに癒されつつ、ハーレム勇者認定試験のテスト内容を説明。どこにでもありそうな普通のデートだったはずだが、マルスのギルドメンバーツカサの乱入で、テストの点数が換算されなかったという一連の流れを改めて説明する。
「ふぅん……無難に終わるはずのテストにとんだ妨害か……偶然を装っているのかも知れないけれど……。もしかしたら、マルス君が所属しているギルドは、せっかく手に入れた転生者の勇者の事を地球に返したくないのかも……あの最前線ギルドって学園の外から要請されて出来たギルドだし。そのツカサって子には注意かな……」
「えっそんな! でも、それとこのテストが上手く行くのと何か関係が?」
驚きとともに、ふとした疑問。
確かに、この異世界は未攻略要素を残してプレイヤーをゲームクリアさせたくないような……延々と続く、スマホゲームのようなノリを感じる。実際に、スマホゲームRPGとして地球じゃ実装されていたわけだし……とはいえ、本当のスマホゲームなら、何らかの形で終着点を作っているはずだが……。
「テストが上手く行くと、魔族の姫君アオイさんと勇者イクト君の正式な婚約が決定する。それってつまり、魔族と人間が手を取り合って魔獣相手に戦うって事だ……魔獣討伐クエストの攻略率は格段に上がると思うよ」
「あっそういえば……そう考えると、イクトって他の勇者に比べて結構重要なポジションなのね。それが伝説の世界平和のハーレムなのかしら……」
そんなこと改めて言われても困るが……ランターン兄さんの話が本当なら、どうしてそんなにアオイとの婚約を阻みたいんだろう?
「魔獣討伐クエスト成功は、この異世界と地球とのゲート復活を意味する。もしかしたら、それを阻止したい派閥が居るのかなぁなんて……いや、これは僕の想像だけどさ……」
「……でも、なんていうか納得かも……だって、いつまで経っても魔獣って討伐されないし……どこかに、私たち転生者を地球に返したくない派閥が有るような気もしてきたわ」
ランターン兄さんの意見に、同意し始める萌子。そこまで深く考えたことが無かったオレは、てっきり単純にゲームクリアを目指せば地球へと繋がるものだと思っていた。
「いったい何の目的で? ゲートが繋がったら、また地球と異世界で行き来すればいいじゃないか? 一度はそう言う風になりかけた訳だし……」
「戻りたくない人も居るってこと。だから、ゲートが復活すると困るんだわ。地球には一生帰らずに、ずっと異世界の冒険者でいたいのよ……たぶん」
萌子の意見にしばし沈黙する……。
「……難しい話はまあ後回しにして……なんていうかプロの乙女向けキャラっぽい兄さんに依頼して、良い点数を叩き出して試験を終わらせた方がいいよな」
「本当にいいんですか? ランターンさん」
「おいしい役割をもらえたと考えてるよ……それに、以前妹にバラされてしまっているから白状するけど、僕は萌子さんのこと地球に居るときから気になっていたしね」
「えっその話……私を励ますための冗談じゃなかったんだ……」
「ははっ君はもっと自分の魅力に気づいた方が良いよ」
キザな兄さんの台詞に思わず頬を赤らめて反応する萌子……このままでは萌子がイケメンを攻略するんじゃなくて、逆に攻略されそうな勢いである。
そんなこともありつつ、再試験当日。
忙しい生活を送るアオイにスケジュールを空けてもらい、爽やかな大型公園へ。この場所はハーレム勇者認定協会が指定したもので、ドッグランが人気。どうりで犬連れのお客さんが多いわけだ……何事もなく終わればよいが。
「たまには、大きな公園で散歩もいいね……あっチワワだっ可愛い」
「ごめんね、再試験になっちゃって」
「ふふっもう一度イクト君とデートできる機会が出来て、すごく嬉しいよ……留学してイクト君と同じ学園に通えることになったのに、用事でずっとあえなかったし……今日は楽しもう!」
優しく微笑むオレの初恋の人アオイ……。
今日のアオイは公園デートという試験内容にあわせて、カジュアルな白いダウンジャケットにグレーのハーフパンツ。カジュアルな彼女も神懸かって美しい……。
「もうっっイクトったら、アオイさんに見とれちゃって……やっぱり初恋の人って特別なのね……確か地球時代もアオイちゃんって子が居てイクトの初恋の相手なの……小さいときに外国へ引っ越しちゃったけど……」
「えっ地球時代にアオイさんって子が……ふぅん……すごい偶然だね……偶然なのかな?」
萌子とランターン兄さんが何か重要な部分に触れかけた瞬間、阻止するかのごとく例の狼犬を連れた見かけた顔……ツカサだ。
「あっれぇー! キミはマルスのお友達の……えっと萌子ちゃんだっけぇーこんにちは……ねえ、犬っていいよねぇ……萌子ちゃんも犬になったらもっと可愛くなれるよぉ!」
「えっ……ツカサさん?」
「……キャン? キャキャン?」
狼犬も自分を連れているツカサが、何を考えているのか理解出来ない様子。
一瞬の沈黙と高まる魔力……突然の出来事に対応できない萌子を庇うように、ランターンが前に出た。
「! 萌子さん、伏せろっっ」
ゴォオオーン!
ツカサは、どこか冷たく人間離れしたオーラで攻撃呪文を詠唱。
少し離れた場所で談笑していたオレとアオイが気づいたときには、ツカサ対ランターンの魔法のぶつかり合いが始まり、結界があたりを包む。
煙幕がおさまり萌子を探す……だが萌子らしき姿は見当たらず、ツカサの周囲には犬が3匹クルクルと震えながら吠えるだけだった。
3匹……?
犬の数が増えていないか……まさか、萌子とランターンさんまで犬に……?
「ふふっ転生者にはタイムリミットまで可愛いどうぶつの姿で過ごしてもらうよ……ゆくゆく僕はブリーダーとして名を馳せるんだッ」
タイムリミットまでどうぶつで居てもらう……だと?
謎の白魔法使いツカサ……その目はすでにブリーダーとしてひと旗上げるためには、手段を選ばないどうぶつ廃人そのものだった。