第七部 第31話 すれ違う恋模様
「もう知らないっ萌子、帰る!」
「あっ萌子ちゃん! 誤解なんだ、待ってくれっっ」
ダッ!
怒りと哀しみのあまり、メイド喫茶のテラス席の方の扉を開けて、秒速で走り去る萌子。気のせいだろうか、珍しく萌子が泣いていた気がした。
窓辺から見える景色は青空で、こんなに晴れやかなムードで、なおかつランチのオムライスは最高に美味しいのに……思わず固まって身動きがとれなくなってしまった。
「アオイ、どうしよう……。萌子のやつ、すごく傷ついてるよ」
「……だよね、追いかけた方がいいんだろうけど、取りあえずマルス君から事情を聞かないと、よけい話がややこしくなるような気が……」
「そう言われると、そうだな……。あの、マルス……その、一応萌子の双子の弟として訊きたいんだけど。ギルドメンバーの方ってどう見ても女性のような気が……。女人禁制ギルドなんじゃなかったっけ?」
学園祭のダブルデート……すでに許嫁として婚約しているオレとアオイはともかくとして、萌子とマルスは企画で呼ばれただけである。けれど、マルスはデート企画以前から、何度も萌子にアタックしていたし、もしかしたら本当に交際するのでは……と思っていたのだ。
張本人である白魔法使いツカサは、何が起きたのか分からないと言う表情できょとんとしている。騒ぎになり始めているのに気づいたのか、あたりをキョロキョロ見渡して首を傾げ始めた。
「あれっ? 何だろうあの子……怒って出てっちゃったよぉ。何か嫌なことでもあったのかなぁ? マルスの代わりに訊いてこようか? 僕の白魔法で癒してあげればきっと元気になるよっ。僕ね、回復魔法で最強を目指しているんだっ! あの女の子もきっと元気に……」
「やめろっ! おまえの存在自体ややこしいって言ってるだろうがっ」
「なんで? 僕、何にも悪いことしてないよ?」
マルスもかなり焦っているようで、ツカサに当たっている。ちょっと可哀相な気もする。
渦中の中心にいるツカサ……容姿の美しさもさることながら、名前も中性的で男性とも女性ともとれる美しい名前である。ややハスキーで低音だが、可愛らしいしゃべり方で声まで女性のようだ……これが男の娘なんて無理がある。
それに、ふとももの絶対領域をアピールしまくりのショートパンツと白ニーソ……こんなファッションの男、まず居ないだろう。だが、本人には全く悪気は無いようだし……。
「うーん、ツカサさんの性別は……いったい……。ボクも、前世では呪いで日にちによって男になったり女になったりして、性別不明とか言われていた時期があったけど……」
考え込むアオイ、前世で性別の呪いを受けていたアオイが悩むなんて……ツカサって人、一体何者?
「でも、アオイって前世の時からほぼ美少女にしか見えなかったし、女性が呪われていたって聞いてすごく納得したぞ」
「まあ、呪われた女性ってだけだから女性に見えるのは当たり前なんだろうけど……でも前世のボクでさえ、一応気を使ってあんな露出したファッションしなかったなぁ……」
「マルスのギルドメンバーって、今まで詳しい構成が不明だったけど、こんな事情があったのか」
企画とはいえ結構いい感じのカップリングに見えていた姉萌子とマルスだったが、突然現れたマルスのギルドメンバーだという謎の美少女(?)白魔法使いツカサの登場により場の雰囲気は一気に修羅場のムードになってしまった……。すでに数分経過しており、走り去った萌子がどこに消えたのかすら分からない。
一部始終を見守っていたメイド喫茶の客たちから、ひそひそ声が聞こえる……。まずいよ、これってあとで噂話として拡散するんじゃないか?
「まあ、何かしら? あれ……揉めてるの?」
「それが、勇者コースの男の子が、同じクラスの女の子とギルドメンバーを二股して……」
「しかも、二股相手は男装して女人禁制ギルドに加入している白魔法使いで……例のツカサって子だよ」
もしかして、ツカサは一部では有名人なのだろうか。
男装と思いこんでいる人が多いようだが、魔族と竜族の血を引くアオイでも性別を見抜けないほど、謎の人物だ。
そんな噂になっているとはつゆ知らず、萌子は哀しみのあまり学園祭で盛り上がる校内を走り抜け、通い慣れたイベント委員会の拠点である視聴覚室へとたどり着いた。
キィ、パタン……。
扉を開けて、ギシギシ音の鳴るパイプ椅子に腰掛ける。部屋の奥で事務作業をしていた後輩のキオが、ひょっこり顔を出す。
「あれっ萌子先輩。どうされました? ダブルデートの企画で外出中と聞いていたんですが……」
「キオちゃん……それがね、デートの相手役のマルスに彼女っぽい人がいたみたいで……ランチ中にお店に入ってきてマルスに話しかけてきたの。びっくりしちゃって、つい走って逃げて来ちゃったんだ。はぁ……私、何やってるんだろう……別にあの子がマルスの恋人って決まった訳じゃないのにね……」
「そんなことが……その人がマルス先輩の彼女かどうかはともかくとしても、2人が本当に恋人だったら万が一修羅場に……ってこともありますし。萌子先輩の判断が、間違っているようには思いませんよ」
すると、追いかけてきたのか、息を切らしながら続いて視聴覚室へと入室してきたルーン会長と黒フードを目深に被った魔法使いの姿。っていうか、ルーン会長もしかしてメイド喫茶にいたのだろうか。そしてあの黒フードの人は……?
「萌子さん、大丈夫だったかねっ? 実は、心配でメイド喫茶に潜伏して様子を見ていたんだが……マルス君とやらの仲間っぽい女の子が登場してきたな」
「本当、私もイクト君の様子を見るためにルーン会長と一緒にいたの」
ルーン会長はともかくとして、あの黒フードの人は見かけによらず、ずいぶん爽やかで親しげな様子。
「えっ黒フードの人って……まさか、ミンティア?」
バサッと黒フードを取ると、見慣れたミントカラーの髪色。そして、いつも通りの可愛く優しい表情だ。
「ああ、私の髪色ってミントグリーンで目立つから、調査任務の時はこうして黒フード魔法使いファッションなんだ。それに一応、召還士の隠密活動時の正式装備なんだよ」
「そうだったんだ……そういえば、ミンティアって聖女と召還士を兼業しているものね」
コンコンコン!
ノックの音、会話の途中だが来客のようだ。
「誰だろう? はい、イベント委員会拠点に何かご用ですか?」
「その声は、ルーンかい? 私だよ、ランターンだよ。学園内を案内して欲しいんだが……」
「兄さん? ランターン兄さんなのかっ。今すぐ開けるから……」
カチャッ! 現れたランターン兄さんは、ルーン会長を男にしたような眼鏡イケメン賢者、金髪の前髪がふわりと揺れる。
「はははっ紹介するよ、私の兄ランターンだ。そういえば、兄さんって地球時代に萌子さんの写真見て可愛い子だねって頬を赤らめてたことあったっけ。いっそのこと、萌子さんはランターン兄さんとおつきあいすれば……」
「……ルーン……恥ずかしいからそういうことは、バラさないでくれないか?」
照れるランターン兄さんと、目が合う萌子。
タイミングが悪いのは神の悪戯か、追いかけてきたイクト、アオイ、ツカサ、そして渦中の人マルスが現場を目撃してしまうのであった。
「萌子ちゃん……」
立ち尽くすマルス……すれ違う2人の運命はいかに……?