第七部 第30話 恋バナと好みのタイプ
いろいろあって何故か、学園祭の後半はオレの双子の姉萌子と友人の勇者マルスとともにダブルデートを行うことになった。
アオイは魔族の姫君だし、一応護衛って形なんだろうけど……。伝説の勇者一行が装備していたという武器防具のレプリカ展という因縁深そうな場所で、落ち合う羽目になった勇者と時期魔王。本当に大丈夫か?
「萌子さん、マルス君、ダブルデートの相手役を引き受けてくれて、ありがとう! ボク、ハーレム勇者イクト君の幼なじみで正妻のひとり……っていうか正ヒロイン的なポジションで、時期魔王姫のアオイっていいます。ヨロシクねっ」
にこっ。
可愛らしくぶりっこポーズで、挨拶をするアオイ……。
正妻のひとりとかいう謎のハーレム用語、それに時期魔王って……いつ敵に廻るか分からないポジションだ。
ところでこのハーレムストーリーの正ヒロインは、本当はいったい誰なんだろう? アオイ的には自分自身がヒロインと思っているらしいが、その割には出番が限られているし、正ヒロインっぽいミンティアは途中参入だし……。
まぁハーレムものだし、『みんな平等にヒロインだよ』ってカンジなのかもしれないが。
「オレ、勇者のマルスっていいます! へえーアオイさんってイクトの幼なじみってだけじゃなくて、時期魔王でしかも正妻のひとりなのかぁ。イクト、こんな可愛い人と結婚だなんてやるなぁ。さすがハーレム勇者! あっオレは萌子ちゃん一筋だけどね」
「もっもう、マルスったら恥ずかしいからやめてよぉ。アオイさん、私とマルスは今回の企画でダブルデートするだけで……そのっまだおつきあいを決めた訳じゃないからっ」
当然のように、時期魔王のアオイと握手を交わす勇者マルスと恥ずかしさから、動揺気味の萌子。
よく考えてみると、通常の生活ではお目にかかれないような際どいワードを連発されているが、アオイのラブリーな仕草に誤魔化されてイマイチ凄みが分からなかった。
「ふふっ萌子さんったら照れちゃって! 実はもう、お婿さん候補が決まっていたんだね。もしかしたら、親戚同士になるかもしれないし……イクト君、ボクたちで2人のキューピッドになろう! 萌子さんの結婚相手は、イクト君とある程度親しい人の方が将来上手く行くよ」
「えっでも萌子って、まだマルスと交際しているわけじゃないし……でもまあ、他の人が出てくるとそれはそれで……うーん、そうだなキューピッドになるかっ」
「でしょ! 萌子さんも頬を赤らめているし、なんて言うかフラグが立っているって感じっ」
やたら張り切るアオイ、そういえばオレたちの結婚はあれよあれよと大人たちが進めていて気が付いたら決まっていたし、萌子のように恋愛が進んでいく様をみるのは珍しいのだろう。
アオイの目が好奇心できらきら輝いている。時期魔王っていっても、アオイもごく普通の思春期の中学生なんだな。
「もうお昼の時間だね、イクト君の専属メイドで猫耳族のミーコちゃんがランチに招いてくれているんだ。聖騎士団ギルドのメイド喫茶なんだって! 萌子さん、マルス君、そこで食べよう!」
「えっメイド喫茶って、女の私も行っていいの?」
戸惑いがちな姉萌子だが、興味はあるようだ。そういえば、学園祭の委員会メンバーもメイド服を装備してたもんな。
「ああ、萌子みたいな女性客も来てるみたいだぜ。ミーコの喫茶店だし心配いらないよ」
ホッとしたのか、チラシのメニュー表を楽しそうに見始める萌子。
「良かったな、萌子ちゃん! メイド喫茶か、オレそういうところ行くの初めてだよ。楽しみだなぁ」
マルスは、女人禁制ギルドに所属していることもあり、初メイド喫茶だという。良い学園祭の思い出になるだろう。
オレの所属する聖騎士団ギルドでは、猫耳メイドカフェという名称で学園祭の来客をもてなしている。本来は教会内の飲食スペースだが、今日は学園祭仕様でゴスロリ風ミニスカメイドさんだらけ。
教会のメイド長は、オレの専属メイドミーコで、ずいぶん出世したんだと感慨深い。
可愛らしく飾り付けられた猫耳付きのいらっしゃいませの看板、扉を開けるとカランコロンとベルの音が響く。
「お帰りなさいませ! ご主人様、お嬢様!」
「にゃん! イクトたちが来てくれたにゃん、嬉しいにゃん。おもてなしするにゃん」
ミーコに案内されて、一番奥の窓際の席へ。外の景色も眺められるし、落ち着いて会話が出来そうな場所だ。
「じゃあ、今日のおすすめサラダ付きラザニアセットをふたつと、ラブリーオムライスのセットふたつ……以上で」
「にゃん、かしこまりましたにゃん! ごゆっくりですにゃ」
コップの水を飲みながら、ランチを待つ間にアオイが興味深そうに萌子に質問をし始めた。
「ねえ、萌子さんって、マルス君とはまだ正式におつきあいが決まっていないみたいだけど……好みのタイプってどんな感じなの? マルス君が近いの?」
「ええっ? 好みのタイプっ? 私、地球にいたころは寄宿舎制の女子校だったから、恋愛は将来のことだと思って考えていなかったの。猫にゃんっていうキャラクターゲームにハマっていたし……」
そういえば、萌子は寄宿舎の女子校育ち……異性との出会いもないだろう。
「猫かぁ、オレ家では犬を飼っていたけど、猫も好きだぜ。きっとオレたち動物好き同士で気が合うと思うけどなぁ」
動物好きという、共通の趣味を全面に出すマルス。どうやらマルスは本気で萌子と付き合いたいようだ。
注文した料理が届けられるが、アオイの好奇心は止まらない。食事をしながら、さらに質問は続く。
「じゃあ、マルス君の好みのタイプは? 女人禁制ギルドに所属しているって話だけど……」
「ああ、オレってなかなかパートナー聖女が決まらなかったから、女人禁制の最前線ギルドにスカウトされて……おかげで、男だらけのギルドで前線ライフだ。好みのタイプは……もちろん、萌子ちゃんで!」
「そんなわけだし、これを機におつきあいをしても……ほら、萌子もどうせならかっこいい彼氏がいいだろう? 客観的にみると、マルスって爽やかスポーツマン系のイケメンだしさ」
キューピッドの役目を果たすため、ふんわり卵のオムライスを味わいながら、何となく2人の交際を推奨すると、後ろからコツコツと誰かの足音……。メイドさんの靴音じゃない?
「マルス! やっぱり、マルスだった! 見かけないと思ったら、ここでご飯食べていたんだね? もうっ探したんだよっ」
振り返ると、白魔法使いのローブにショートパンツ、白ニーソ姿の栗色巻き髪ボブの美少女の姿。
マルスに親しげに話しかけてきたところをみると、知り合いなのだろう。っていうか、まさか……彼女?
「ツカサっ? オレ、ようやく彼女が出来そうなんだよ、おまえが出てくると話がややこしくなるから、ちょっと今は……」
カチャーン! 話がややこしくなる……三角関係を感じさせる台詞にショックを受けたのか、サラダを食べていた萌子が思わずフォークを落とす。
「……騙していたのね。私のこと……からかって……マルスのバカっ!」
「あっ萌子ちゃん、待ってくれよ。こいつはギルドメンバーで、女に見えるけど、れっきとした男……」
「こんな可愛い子が男の娘のはずないじゃないっ! もう知らないっ! 萌子、帰るっ!」
騙されたと思っているのだろう……泣きながら走り去る萌子。
まさかの修羅場に、オレもアオイも言葉を失ったまま、しばらく身動きが出来ない。
だが、萌子はハーレム勇者であるオレの双子の姉なのだ……新たなイケメン婿候補の影が刻一刻と迫るのを、そのときはまだ気づかなかった。