第七部 第29話 学園祭のキューピッド
二学期は、いろいろあって双子の姉である萌子と意識をリンクしたり、カボチャランタンとリンクしたり……と、自分のアバター体で動き回る機会が少なかったオレだが、学園祭は無事に元通りの体に戻って迎えることが出来た。
日頃行事にはあまり参加せずに、スキル取得クエストやギルドクエストに専念していたギルドメンバーも、今学期は行事ざんまいである。オレだって一応、ダーツ魔法学園の勇者コースに所属できるのは今年で最後だし、思い出づくりをするのもいいだろう。
学園祭当日の早朝、シャワーを浴びた後は乾燥肌にならないように、双子の姉萌子からもらったミストタイプの化粧水で保湿。ひんやりとした水分が素肌に吸収されて気持ちいい。髪の毛をドライヤーの熱で乾かし、癖が出ないように少しだけヘアスプレーで整える。
洗い立ての、ぱりっとしたシャツに袖を通して、クリーニングでぴんっとしているブレザーの学生服に着替える。
さわやかなオーラを作りたくて、ほんのりとしたシャボンの香りのボディスプレーをシュッとひと吹き。
「ふう、こんな感じかな? のどが渇いちゃったな……ミネラルウォーターでも飲もう」
冷蔵庫の中で冷やしておいたペットボトルのふたを開け、きりっとしたのどごしのミネラルウォーターをごくりと体内に取り込み、緊張感ごと水と一緒に飲み干す。
なんとなく、いつもより気合いを入れている今日の学園祭。その理由は、ハーレム勇者認定試験の最終試験である、魔族の姫君アオイとのデート試験の為なのであった。
「今日のハーレム勇者認定試験は、いよいよ魔族の姫君アオイさんとのデート試験です……よその種族、しかも姫……ハーレム勇者の本領を発揮して頑張ってくださいね。このククリ、デート試験の様子を光の粒となって見守ります!」
いつになく、気合い十分のオレのお目付役であるリス型精霊ククリ。こころなしか、いつもはふんわりしているしっぽにもチカラが入っているようだ。
守護天使エステルも、オレの髪型や学生服などを念入りにチェックして、さわやかイケメンの風貌をキープできるように身支度を手伝ってくれた。
「私の守護天使手帳の記録によると……。イクト君は、いろんな女の子とデート試験をしてきたけど、初恋のアオイちゃんとのデートって実は初めて……。アオイちゃんと会うのは久しぶりだし、一緒に学園祭をエンジョイしてね!」
「ああ、ありがとう。じゃあ、待ち合わせ場所に行ってくるよ」
寄宿舎を出てすぐに、待ち合わせ場所の学園エントランスへ……道の途中、冷たい風が頬を撫でる。広い校庭は、すでに焼きそばやチョコバナナなどの屋台が出ており賑やかだ。
エントランスには、待ち合わせの家族客やカップルの姿がちらほら……みんな手に学園祭の案内書を持っており、外部からのゲストのようである。
ふと、見渡すと青髪ショートボブのボーイッシュな超美少女、オレの幼なじみで魔族の姫君であるアオイの姿。服装はキャメルカラーのアウターに、最近流行のグレージュカラーのお洒落なワンピース、靴は黒のショートブーツ、シンプルな黒のショルダーを肩から下げている。お忍びデートなので、目立たないようにしながらも、品の良さと動き易さを兼ね備えた、学園祭向きのファッションだ。
「アオイっお待たせっ」
「ふふっイクト君、今日はお招きありがとう」
にこっ。
何年かぶりに見る、アオイの超可愛い笑顔。
肌は色白で透明感がハンパなく、くっきり二重の大きな瞳は透き通るような青色だ。形の良い整った鼻筋、うっすらピンクベージュのリップが引かれた小さな唇、すべてがオレ好みである。
「……相変わらず、きれいで可愛いね……って何言ってるんだオレっ! えっと、久しぶりで何いっていいのやら……今日はヨロシクオネガイします……」
「気を遣ってくれているんだね、ありがとう。もっと自然体のイクト君でいいよ。ボクとイクト君って、幼なじみだけど小さいときにすぐ離ればなれになっちゃったでしょう? 大きくなってからは、今日が初めてのデート……ようやく、修行期間が終わって自由になれたんだって実感しちゃった」
「そういえば、そうだな。将来、結婚するんだし、また今日から交流を深めような」
「うんっボク、人間族の学園祭って初めて……ふふっ行こうっ」
エスコートするつもりが、逆にアオイに連れられて……夢の学園祭デートが始まった。アオイは細い腕をオレの腕に絡ませて、甘えながら無邪気にはしゃぐ。
「あっ屋台発見! チョコバナナ食べちゃおうっと。イクト君もひとくち……いる?」
「おっおう! あーん。おっ甘いっ美味いっ」
「間接キッスだねっ……なんてっ! あっエリスさんの占いの館だっ。将来の運勢をみてもらおうっと。イクト君も一緒にっ」
「わっアオイっ」
パタパタと元気に動き回るアオイに翻弄されながらも、オレのハートはときめきで全開マックスラブになっていた。
「今日の運勢は大吉だって! ふふっ大好きな初恋のイクト君と一緒なんだもん。当然だよね……きっと結婚してからも楽しく過ごせるよ」
にこっ。
何気ないが、嬉しいせりふを連発するアオイ。
なんて、ピュアでキュートでラブリーなんだ。さすが、オレの初恋の相手。
嬉しさと緊張で、心臓がバクバクしているのをなんとか押さえながら、アオイと学園祭デートを続けると、時折……ちらちらと人の視線を感じるような……。
「あのっアオイ姫ですねっファンですっ。この間の月刊魔族系地下ドル特大号のグラビア写真……神がかった美しさでしたっ。本物はもっと、すざまじくっ美しいですっ。さっサインくださいっ」
「えっグラビアみてくれたんだ、ありがとう」
通りすがりのファンに、さらさらとペンでサインを書くアオイ。そういえば、アオイは魔族の姫として知名度を上げるべく、地下アイドル活動もしているんだっけ。
その後も何人かのアオイファンの人たちに遭遇して、プチサイン会になりながらもデートを続行。
「イクト君、次は勇者コース武器防具博覧会場にいってみたいな!」
「おっうちのコースの展覧会か……よし、行ってみよう」
伝説の武器防具のレプリカを眺めながら、英雄たちの歴史を学んでいると、偶然見回り中のルーン生徒会長とばったり出会う。なぜか会長はメイド服を装備しているが、もしかして学園祭用の衣装だろうか?
「おやっあなたは……魔族の姫君アオイさんですね。私はこの学園の生徒会長で賢者のルーンと申します。学園祭デートは楽しまれていますかな?」
「ルーン会長、初めまして! 学園祭、すっごく楽しんでます。なんたって大好きな婚約者のイクト君と一緒だもの……」
「はははっそれは良かった。そうだ、ハーレム勇者認定試験の方から連絡があって、午後からは姫の護衛もかねて企画で、ダブルデート方式を行ってほしいとのことです。相手は、イクト君の双子のお姉さんの萌子さんと……パートナー聖女のいない希有な男勇者だとか……」
「聖女のいない勇者……それってまさか、マルス? 企画とはいえ、あいつと萌子が……でも、萌子のやつ素直じゃないしなぁ」
「えっ萌子さんのお婿さん候補じゃ、将来家族になる可能性も……」
前方からはタイミング良く、手を振るテンションの高いマルスと、照れながらもまんざらでもなさそうな萌子の姿。けど誰かが、背中を押してやる必要がありそうだ。
やれやれ……午後からは双子の姉のキューピッド役をしてやるかっ。