第七部 第26話 お嬢様達の異世界転生
これは、勇者イクトの双子の姉である萌子が、アースプラネットに異世界転生する前のメモリーである。
萌子は、中学受験で地方にある憧れの超お嬢様寄宿舎学校に合格し、お嬢様ライフをエンジョイしていた。だが、ある日携帯ゲーム機が校内で禁止となってしまい、生き甲斐だった猫にゃんクエストをプレイできなくなってしまう。
しかし、運命の女神は萌子を見放してはいなかった。このお嬢様学校は、地方の寄宿舎学校という事情から、外部と連絡できるようにスマホは使用可能なのである。
ガラケーからスマホに機種変更した萌子は、新たな楽しみであるスマホRPGの世界に、どっぷりハマっていくのであった。
「ふわぁ……昨日はついつい夜更かししちゃった。あっサラちゃんお早う」
期間限定クエストでゲットできる装備アイテムをコンプリートするため、夜更かしをしてしまった萌子。あくびを堪えながら、眠そうな目で食堂の席に着く萌子に、友人は笑って話しかける。
「萌子ちゃん、お早う。昨日は遅くまでお勉強? あまり無理しちゃだめだよ」
「あはは、ありがとう……」
Wi-Fiコーナーで、偶然親しくなった生徒会長のルーンと交流をするようになってから、いつの間にか、萌子は生徒会の右腕的な存在という謎のポジションが定着していた。しかも、自然の流れで役員にまで就任してしまった。
ルーン会長と萌子はスマホRPGの連係プレイで、ちょっとしたハイレベルプレイヤーの仲間入りをしているのである意味良いコンビなのだが……なんだか、優等生のように誤解されていて複雑な心境だ。
(ふう、本当はスマホRPGをベッドの中でこっそりプレイしていたんだけど……うちの学校携帯ゲーム機すら禁止になった位だし、あんまり目立たないようにプレイしないと……)
今日の朝食は、焼きたてライ麦パン、オレンジジュース、彩り野菜のサラダ、大きめカマンベールチーズ、魚のピカタ、栄養たっぷりトマトスープだ。程良く卵に包まれている魚のピカタは、この学校の食事の中でも萌子のお気に入りである。
「ふふっ今日のピカタも美味しいっ。特に、今日は日曜日で外に出るし、栄養採らなきゃねっ」
「そういえば萌子ちゃんって、今日はルーン会長たちと生徒会の役員の仕事で外出なんだっけ?」
「うん、学園の紹介コーナーに載せる駅周辺のレポートを作るんだ。ちゃんと、外出許可を取ってあるから」
「せっかくのお休みなのに、役員も大変だね。あっでも美味しいカフェのランチも食べれるのか……ちょっと羨ましいかも」
「なにか、お土産買ってくるねっ。駅前の洋菓子屋さんのクッキーとか……」
「えっ本当? 萌子ちゃん、ありがとう! 役員の仕事頑張ってね」
仲の良い同級生たちに見送られて、萌子は先輩のルーン会長や同じ役員の後輩キオと駅前へ。
キオは一学年後輩で、スポーツ推薦で入学してきた活発な美少女だ。だが、彼女も実はスマホRPG仲間である……現実の反射神経を活かしたキオの剣裁き……良いサポート役となってくれている。
バスに揺られて十数分……無事駅前に到着すると、さっそく役員の仕事をスタートする3人。天候にも恵まれ青空の下、てきぱきと動く萌子たち。早く仕事を終わらせたい一心で、サクサク取材は進んでいった。
「ここの写真も撮りましょう!」
「おっこのお店のパンフレット……いいな」
「図書館の資料、コピーしてくるねっ」
学園紹介に使用するパンフレット集めや写真撮影を無事終えると、お昼の時刻を過ぎていた。駅前はそれなりに発展しており、大型ショッピングビルやファーストフード店、ファミレスなど様々なお店がある。
「だいぶ、駅前の資料も集まりましたね……。いい紹介文が書けそうですっ」
「ああ、萌子さんや、キオさんが手伝ってくれたお陰だよ。そろそろ、お昼にしようか……場所は……ふふっフリーWi-Fiのあるところが……いいよな」
笑いながら目配せをするルーンと、頷く2人。
フリーWi-Fiスポット……すなわち、スマホゲームがプレイしやすそうな場所だ。彼女たちの中で、すでにWi-Fiという単語は、スマホRPG開始の合図も同義語なのだった。
「ルーン会長……あのカフェ……結構良い通信環境らしいですよ」
フリーWi-Fiスポットを示すお洒落なカフェ、萌子の下調べにより今日のランチはここに決定だ。
「ふふふ、楽しみ……環境が良ければ、新しいゲームをダウンロードできるかも」
スポーツ少女だったはずのキオも、すっかり二人に感化されてスマホRPGにどっぷりである。新しいゲームをプレイする気全開だ。
「実は、もう次にプレイする候補が決まっているんだ……よし、行こうっ私たちの新たな冒険の始まりのためにっ」
カランカラン……。
ドアを開けると天使のベルのような音が、店内にも鳴り響く。入店してきた少女たちは、この辺りでは有名なお嬢様学校の生徒たちだ。
洒落たインテリアのカフェに、超お嬢様学校の制服に身を包んだ美少女が3人……。
『きっと、お嬢様たちもたまには、外のカフェでランチを楽しみたいのね……』
そんな、のんきな声が聞こえたが、実のところ萌子たちの真の目的はこのお店の通信環境である。だが、子犬を連れたマダムたちには、萌子たちがスマホRPGにどっぷりのゲーマーだとは、見抜けないのだろう。
「いらっしゃいませっ本日のおすすめランチはパスタセットです」
「じゃあそれで……ところでWi-Fiスポットは……もう人がこんなに……あのWi-Fiが使える席はどこですか?」
「Wi-Fiスポットですね、店内は全席Wi-Fi可能です」
「おおっ」
もはや、ただのゲーマーオフ会と化している……さっそく席をゲットして、いそいそとスマホを取り出しスタンバイする3人。
「それで、ルーン会長……新しいゲームとは……」
「うむ、今話題になっているスマホRPG【蒼穹のエターナルブレイクシリーズ】だ。ダーツ魔法学園編が実装された記念に、無料十連ガチャを新規ユーザーのために行うとか……はじめるなら、今がチャンスだと思ってな」
「蒼穹のエターナルブレイクって……あの、都内でコスプレ大会を行って話題になっていた」
「へえ……そういえば、この間実家に電話したとき、お母さんがそのゲームの話をしていたっけ。双子の弟がそのゲームのオフ会に通っているらしくて……ゲームの職業名で、勇者さまって弟のことを呼ぶ友人もいるんですって」
「ははっ。きっと楽しいオフ会だったんだろうね」
萌子は、双子の弟イクトが東京で家族と暮らしをしているところを想像し、ちょっとホームシックになりかけた。でも、ルーンやキオをはじめとする仲間や友人たちと出会えたのは、この地方の寄宿舎に来たおかげ……すぐに寂しさはどこかへと吹っ飛んでいった。
「異世界と現実世界の融合をテーマにしたコスプレオフ会……あまりにもリアルな魔族コスプレが現れて、ついに異世界転移が始まったのかって話題になりましたよね?」
「ああ、私たちは地方の寄宿舎暮らしだし、派手なコスプレオフ会には出席できないが、せめて同じゲームを楽しんでみようと思ってね」
「私も、弟と同じゲームがしてみたいと思っていたの! 離れていても双子だもん」
3人の意見が一致し、アプリストアの画面を立ち上げる。
「もしかしたら、勇者の双子の姉の萌子さんの職業は、女勇者かもしれないなっ。さっそくダウンロードだっ」
まばゆい光が少女たちを包み込む……それは、本当の異世界への冒険の始まりだった。