第七部 第24話 トリックは記憶の中に
いつもは、憩いの場であるダーツ魔法学園図書館ロビーだが、今日は通常と異なり、薄暗い闇に包まれている。静けさの秘密は、ただの臨時休館というだけではなさそうだ。
ルーン会長が周囲のメンバーに目配せをして、本館の厚い扉に手を掛けようとすると、お約束なのか勝手に扉がギギギ……と開いた。
「入室許可……といったところか……。私とキオは去年敗北した相手だが、萌子さんとミンティアさんは初バトルだな。図書館の番人は、戦いの動きを止める精神攻撃が得意なんだ。トラウマをついてくるから、気をつけて……」
ルーン会長が珍しく、冗談一つ言わずに真剣な眼差しで語る。さっきの萌子とミンティアの会話内容が、気になっているだろう。
オレとランタン兄さんが、ランタンボディであかりを灯して図書館内を先導する。以前萌子がお茶を頂いた飲食可能スペースを横切り、テーブルの間をすり抜け、番人が管理する秘密蔵書の扉を目指す。
「相変わらず、本がたくさんあるね。ボクも人間のボディだった頃は、よく図書館で本を借りて読んだよ。勉強するつもりがついついラノベも借りちゃってね、いい思い出さ。でも、図書館の番人は楽しい記憶よりも、つらい記憶をクローズしてくるんだ……ルーンの言っていた精神攻撃ってやつだ……そこに注意が必要だよ」
ランタン兄さんが懐かしそうに語りながらも、初戦闘の萌子にアドバイス。彼はいつごろまで人間だったのだろう?
魔法書籍、学術書、文学、辞典、雑学書など図書館の定番本からファッション雑誌やライトノベルまで……所狭しと様々な書籍に囲まれて、確かに読書好きにはたまらない空間だ。
「精神攻撃か……でも、私自分の記憶が曖昧で、トラウマが何かも分からないんだよね……」
「萌子ちゃん、ごめん。私がさっき変なこと訊いたから……」
ミンティアが、申し訳なさそうに謝るが、萌子は何かが思い出せそうだったし……重要な内容だったのかもしれない。女勇者の職業を先に誰かに取られたんだっけ? でも、ミンティアはどこでそんな情報を?
「ううん、もしかしたら私……本当に地球から転生してきたイクトの身内なのかも……でも、実はイクトが兄って言われてもピンとこないな……双子っぽい存在だとは思うけど……」
萌子は記憶上、オレが兄とは思っていなかったようだ。
でも、双子特有のテレパシーのようなもので繋がっている気がする。なぜだろう? オレの記憶でも妹はアイラしかいないような、けれど他にも誰かいるような……きわめて曖昧な何かがモヤにかかっている。
「図書館の番人は、私たちの人生のメモリーを書籍として所持しているらしいんです。異世界転生者である私たちの記憶も……だから、なにかのヒントがあるかもしれません」
キオの情報が確かなら、萌子やオレの隠された記憶の秘密が分かるかもしれない。トラウマを避けられればだが、今回はそのメモリー部分にも期待だ。
「そっか、そういえばミンティア以外のメンバーは異世界転生者なんだよね。私も、記憶があれば地球時代のことがもっと分かったのに……」
「いや、私もキオも実は記憶が曖昧だよ。でも、萌子さんとはずっと昔に会っている気がするんだ。もしかしたら、知り合いだったのかもしれないな」
話の終焉が見えてきたところで番人の待つ、秘密蔵書の前に到着。灯りが、ボッボッと音をたてて、燭台に点くと図書館の番人が姿を現した。
「ようこそ、図書館の番人の秘密の扉へ……お久しぶりね、ルーンさん、キオさん。萌子さんとミンティアさんは、この姿お会いするのは初めてね」
「図書司書のお姉さん! あなたが図書館の番人だったんですか?」
「ふふっ文系のイメージだから、バトル担当者って誰も気づかないのよ」
驚く萌子に長い黒髪をかきあげて、悪戯な仕草で指を唇に当てて他の生徒には内緒よ! と微笑む図書司書さん。結構余裕ありげだな、大丈夫だろうか、このバトル。
「では、ルールを説明するわね。これから、あなた達の人生のメモリーが記された書物を、各人の心にインストールするわ。異世界転生者にとっては地球時代の記憶、現地人にとっては前世の記憶よ」
「えっ前世? 私は前世のトラウマを克服するの?」
ミンティアは前世をずいぶんおそれているようだが、何か嫌な部分があるのだろうか?
「克服できたら、一人ずつバトルに復帰してふつうに戦ってテスト終了。扉の向こうで新しいアバター体と契約できるから、萌子さんとイクト君も個別に活動可能になるわよ。それに、ランタン兄さんもね! バトルそのものは、今のあなた達なら克服できるでしょうけど……まぁ頑張って」
図書司書さん改め、図書館の番人は女ボスの風格でハイヒールをカチリとならし、小さな小瓶を取り出すと、ウインクして書物片手に呪文を唱え始めた。
色っぽい仕草に思わずくらくらするが、さらなる魔力の増幅に圧倒されて女アレルギーを起こす余裕がなかった。まぁ今のオレって、ランタンだしな。
「この者達を記す書物よ……我の言葉に呼応せよ……」
空間が歪み、メンバーたちが頭を抱えて膝をつく。
「くっ相変わらず、だいぶきついな……でも兄さんのためにも、私は……」
「ううっ頭が痛い……でも、地球に帰るにはみんな一緒じゃないと……」
「なんだろう、くらくらする……イクト、アイラ……お父さん、お母さん……私……いったい……」
「……はぁはぁ、これが本当の前世の記憶……勇者様が……勇者様が……私の召還魔法のせいで……」
ルーンも、キオも、萌子も、そして現地人のミンティアまで……それぞれのメモリーが流れ込んでいるようだ。
やがて、ランタンボディであるはずの、オレとランタン兄さんもからりと床に転げて、意識をどこかへと飛ばされた。
気がつくと、オレは東京都立川市の結崎家の上空を魂の状態で浮かんでいた。
場所は一階……見覚えのある居間、いつも食事をしていたダイニング……だが、年代がいささか昔のようで、テレビは液晶ではなくブラウン管、パソコンも今ではレアアイテムと化している派手なカラーの大きいものだ。そして、すべての家具が真新しい。
すると、父さんと母さんが帰宅。
まだ小さな男の子と女の子を連れている。母さんって、萌子に似ているな……オレも萌子も母さん似なのか。
「ぱぱー、ままー、今日もねー、イクトが女アレルギー起こしたのー。外国に引っ越しちゃった、お隣のアオイちゃんと婚約してからずっとだねー」
「ははっそうだな。イクトはアオイちゃん以外の女の子とは付き合わないって、指切りしているからな。もえこはイクトと双子だけど、さすがお姉さんだ」
「うん、もえこねー。おねえさんなのー。跡継ぎだもん! 今日も女アレルギーのイクトをいろんな女の子から守ったの。教会で一緒のマリアちゃんとかー、英語教室で一緒のハーフのアズサちゃんとかー、いろんな女の子からイクトを守ってるの。もえこ偉いー?」
「ふふっそうね、萌子。イクトも早く女の子に慣れるといいわね。さっ、ごはんにしましょう」
ぱたぱたと居間で、はしゃぎながら自慢する萌子。
萌子って双子の妹じゃなくて、双子の姉だったのか?
家の跡を継ぐために修行してるって設定……オレの妹ではなく『姉』なら何となく納得のいく設定だ。妹という思いこみが、トリックだったのだろう。
季節はいくつも移り変わり、中学受験の話が持ち上がる。オレは地元にある公立の中高一貫校を受験。萌子は、跡継ぎ修行のために地方の寄宿舎制女子校で暮らすことに……。
「萌子……本当にいいの?」
「イクト……うん、寂しいけど……立派な跡継ぎになるために頑張るねっ」
新幹線に乗り遠ざかる萌子……それは、壮絶なお嬢様教育の始まりだった。