第七部 第22話 夢のジャック・オ・ランタン
ハロウィン本番前夜、消灯時間を過ぎたダーツ魔法学園の寄宿舎周囲では、木枯らしが吹き荒れ、眠りにつく生徒たちの夢にまですきま風が流れ込んでいた。
図書館の番人とのバトルを控えた聖女ミンティアも、今は夢の中。彼女のベッドサイドには、勇者イクトの魂とリンクをする役割のカボチャランタン。
(イクト君……イクト君に会いたい……ランタン越しの会話じゃなくて、前にみたいにイクト君の優しい手をつないでほしい……イクト君……)
夢の中でもミンティアは、恋こがれるイクトのことばかり。異世界転生者であるイクトは、この異世界ではまだアバター体に魂を収めている仮の存在にすぎない。
(もし、次のミッションがうまく行かなかったら……イクト君は地球に戻ってしまうかもしれない。そんなのやだよ……私がイクト君の婚約者なのに……イクト君と結婚して、イクト君と永遠の契りを結んで赤ちゃんを産んで……それからもずっと……)
ミンティアとイクトは現在婚約中……この異世界は一夫多妻制なので他にも婚約者たちはいるが、最初の一年間は人間界の正妻であるミンティアだけが甘い新婚生活を送ることになっている。
だから、イクトの一番の恋人は自分……どこかでミンティアは、そんな風に考えて嫉妬心や不安をかき消すようにしていた。他の花嫁候補達も一夫多妻制の慣習に慣れ親しんでおり、さほど問題は無く思えた。
まどろみが深くなり夢の中では、大人になったミンティアとイクトが結婚生活を楽しんでいた……既に二十代半ばを過ぎているだろう。実は、もっと年齢を重ねているかもしれない。
一緒に夕食の買い物、二人暮らしにはちょうど良い部屋で一緒に手料理、食後は何気ない語らい……夜は一緒に就寝……そんな生活が二人には約束されている。
『ミンティア、大好きだよ』
二人きりの部屋でソファでくつろぎながら、愛の語らい。大人になったイクト君は、女アレルギーを卒業してごく普通のイケメンになっていた。さらさらの栗色の前髪が揺れて、思わずミンティアは彼の前髪に触れた。
『イクト君、私も……ねえイクト君……なんだか私、不安なの。キスしてくれる?』
『ミンティア……』
愛を確認するために、優しく触れるだけのキスを交わす。自分たちは愛し合っている……大丈夫。けれどこの不安は何だろう。
気がつくと、ミンティアは再び学生に戻っていた。新婚生活の部屋ではなく、ダーツ魔法学園の校舎内だ。ちょうど、勇者コースの教室の前で中から声が聞こえてくる。
『なんだ、夢か……イクト君、授業かな……あっレインちゃん……イクト君とあんなに親しげに……』
不安の原因、それはミンティア自身が心の奥底では、理解していた。
イクトの周囲の女性陣の中で。ただひとりのイレギュラーであるレイン。
『イクト君、頑張って地球に二人で帰ろうね……そしたらいっぱいデートしよう。ゲーム異世界じゃない現実の地球で。勇者の使命は、萌子ちゃんに任せればいいよ』
『レイン……』
不思議と二人のそんな会話が聞こえてくる気がした。夢の中なのに。
彼女はイクトと同じ異世界転生者だ……もし、イクトがレインと地球に還ったら……。ギルドメンバーで転生者はイクトとレインだけ……地球に還ってしまったら、二人が恋人になるのはそれほど難しくないだろう。
『やだな、もうこれ以上二人に仲良くしてほしくないよ。だってレインちゃんは、イクト君を元の世界へと還そうとしている。他のメンバーとは違うよ……そうすれば、レインちゃんだけがイクト君を独占できるんだもの……やめてよ、帰るならレインちゃんだけ帰ってよっ』
ミンティアはレインの気持ちを見て見ない振りをすることで、現実から目を背けていたが、ここは所詮夢の中。普段の体裁よりも、ミンティアの本音がどんどんこぼれていく。
『私だって、イクト君と一緒にいたいのに……イクト君が地球に還るなら私も行きたいのに……でも今の私の魔力じゃまだ……私がイクト君の花嫁なのにっ』
次第に本音は不安に変わり、ミンティアの瞳からは涙がこぼれていた。
『ううっ……ひっくひっく……』
『おや、お困りですねお嬢さん。恋の悩みですかな? 相手の男性は異世界転生者とみました。恋のライバルはたくさんいるようですが、ここは一夫多妻制の異世界……みんなが彼の花嫁になれば良かったはず……でもライバルも彼と同じ転生者のようだ。つまり、あなたの本当の意味でのライバルは、ひとりだけ』
『あなたは誰? カボチャランタンだけど、ランタン君ともランタン兄さんとも違う……もっと別の……』
驚いたことに、ミンティアの夢に現れた紳士風のカボチャランタンは、いともたやすくミンティアの悩みや不安を言い当てた。ここはミンティアの夢の中だから、気持ちは丸見えなのだろう。
『申し遅れました。私の名はジャック……ここ数年ダーツ魔法学園のランタン達を仕切っているものです。そろそろ交代を迫られていますが、私はまだジャックとしてやらなくてはいけないことがあるので……やめるつもりはありません。おっと話題が逸れましたね……ここはあなたの夢ですよ、不安を具現化しただけです』
『ジャック……あなたが噂の……。私、不安で変な夢を見たのね。聖女は清らかな心を持たないといけないのに……』
ミンティアは、哀しそうな表情でうつむく。
すると、ジャックはミンティアの負の感情には触れずに、意外な情報をもたらし始めた。
『ですが、あのレインという少女……やや存在がイレギュラーのようですね。あの子のアバター体……あれは本来は萌子さんが入るはずだったものなのでは?』
『えっ何それ? 聞いてないよ。萌子ちゃんはイクト君と同一の存在なんじゃあ……』
『まさか、結崎萌子さんは、地球に実在しています。イクトさんとは双子のようですが、お母様の家業を継ぐために地方の寄宿舎に通っているようですね。彼女も同じ異世界転生者のはずですが……だれかに先に、アバター体を使われてしまったようです。萌子さん本人は、魂だけの存在だと勘違いしているようですが……』
初めて聞く話だが、萌子の正体について考察すると妥当なところだろう。だが……。
『それが、レインちゃんなの? どうして……』
『女勇者として、先に登録したのがレインさんだったのでしょう。女勇者なんて職業は、そんなに数がいないのです。本来はイクトさんと萌子さんが、二人で勇者をする予定だったはず。双子の勇者なら、魔獣討伐も夢じゃないでしょう。平和を取り戻すためにもレインさんには、地球へ帰っていただいた方が……』
『けど……』
『これを差し上げますよ。とっておきの薬です……レインさんの存在の理由……調べる必要がありますね。この薬を萌子さんに……』
コトン……小さな小瓶にはグリーンとオレンジが混ざり合う魔法の液体。ジャックはいつの間にか消えていた……。
「ミンティア大丈夫か? 魘されていたみたいだけど……」
声の主は、イクトとリンクしているランタン君だ。ベッドサイドに飾っておいたランタン君……話し方といい仕草といい、イクトのいつもの雰囲気で思わず安心する。
「イクト君、ごめんね。私ちょっと変な夢を見て……やだ、こんなに涙が……」
「明日のバトルが怖いんだよな……オレの方こそごめん、あんまりチカラになれないかもしれないけど、オレもこのランタンボディで一緒に戦うからさ。大丈夫だよ」
「ありがとう、イクト君」
ミンティアは手に握られた魔法の小瓶をそっと寝間着のポケットに隠して、笑顔を作った。