第七部 第20話 カボチャランタンに導かれて
「トリックオアトリート! ハロウィンクエストの配布品カボチャランタンをゲットして、クエストを有利に進めよう!」
「ダーツ魔法学園秋のイベントその2は、ハロウィンです。読書好き応援イベントも図書館で開催中、併せて楽しんでください」
「無料のカボチャランタンは、ハロウィンイベント参加チケットと引き替えで配布しております。受付はこちらです」
魔法学園の中でも人が集まる憩いのラウンジでは、初等科の生徒を中心にちょっとした行列ができていた。
それもそのはず、現在ラウンジではイベント実行員の役員である女勇者の萌子と聖女ミンティアのふたりが、ハロウィンイベントの参加アイテムであるカボチャランタンを配布中だからだ。
ブレザーの制服に黒いマントと三角帽子を装備したキュートなふたりが配るカボチャランタンは、特に初等科に所属する少女たちの目を釘付けにした。
「わぁカボチャのランタンだぁ。可愛い! 私、引換券持ってるんだ……もらっていいの? ありがとう」
「はい、大切に使ってね! ハロウィンクエストのギルドポイントがアップする効果があるよ」
引き替えチケット片手に列に並ぶ初等科の少女は、どうやら魔法使いの卵のようで、グリーンの飾りがついた魔法使い用の小さな杖にもらったランタンをつるして満足げだ。
「ハロウィンクエスト参加者には無料で提供してるんだって! どうしよう? お部屋に飾ろうかな」
手にしたランタンを抱えて、自室に戻る女子小学生の姿もちらほら。どうやら、女の子の部屋作りアイテムとして流行し始めている様子。
「ミンティア……もうすぐ、ランタンのストックが切れそう……そろそろルーン会長に連絡しないと……」
「えっもう? すごい人気だよね、これ」
愛嬌のあるカボチャランタンは、手のひらよりやや大きいくらいのコンパクトなものだ。部屋のインテリアとしても夜間の持ち歩き用の灯りとしても使えるので、生徒たちに人気である。
オレンジ色の灯りをポッと灯すランタンは、心まで明るくしてくれるようだ。
10月後半を迎えたダーツ魔法学園では、いたるところにカボチャやランタンの飾り付けがされてすっかりハロウィン仕様。
(そうか、いつの間にかハロウィンの時期なんだな……。萌子と入れ替わっている間に、いろんなイベントが展開していく……萌子が楽しいならいいけど……)
勇者イクトの魂と萌子の魂が入れ替わり、アバター体が切り替わってから、しばらくの時が経った。
当初は、萌子のアバター体とイクトの魂がリンクしていたものの、魂にも関わらず持病の女アレルギーを発症したイクトの魂は、萌子の体から遠く離れて、魂の保管庫である玉手箱の中にあるゲートの先……つまり竜宮城の一室へと保護されたのだ。
一度、意識を呼び覚ましたイクトは、ことの成り行きを召還士ミンティアに任せることになり、それまでの間、再び眠りについたが……。
「ふむ、イクトも難儀よのう……よもや、魂の状態でも女アレルギーを起こすとは……」
「今は、勇者様の魂はぐっすりお眠りですが、目覚めたらオト姫様はどのように対応されるのですか? 召還士ミンティアの提案通り、向こうに再び勇者様の魂を送るのは危険なのでは?」
眠りにつくイクトの魂を見守るオト姫様とウミガメ族の少女は、すやすやと安心した表情で眠るイクトを不安げな眼差しで見つめた。
「そうじゃな、ミンティアとやらの提案は悪くはないが、イクトの魂そのものは召還させずに間に媒体を置くようにしようと思ってな。まあ昔ながらの表現だとテレビ電話のような形で、イクトが向こうの様子を見れる用にするのが無難じゃろう」
「ミンティアさんから送られてきた資料によると、カボチャ型のジャックオランタンを介して勇者様を呼ぶとか……カメラ付きのドローンを使って向こうの映像をみる感じですね」
「カボチャのランタンを使うイベント……いわゆる、ハロウィンというものじゃな。おそらく、他の魂も同じやり方でイベントを楽しむじゃろう。その輪に紛れてしまえば、イクトのランタンも……おや、どうやら時間のようじゃな」
イクトの魂を包み込むように、青白い光がくるくると粒になって廻り始める。ミンティアの召還装置が準備完了したようだ。あと数時間で、イクトの魂は召還装置と連動するだろう。萌子とのリンクが切れた代わりになると良いのだが……。
オト姫様たちが今後について話し合っている間、まどろむ夢の中で、オレ……つまりイクトの魂は、萌子やミンティアがハロウィンイベント成功のために奔走する姿を、遠巻きからぼんやりと眺めていた。
(ハロウィンイベントの最終日が、図書館の番人との対決試験なんだっけ? 萌子が自分のアバターを手に入れてくれれば安心だけど)
気がつけば、オレンジ色の夕日……役員の仕事も今日はひとまず終了のようだ。学園内の食堂に移動、どうやら夕食のタイムの様子。
「ふう、今日も役員の仕事たくさんあったね。ミンティア、夕飯何にする? 昨日はお魚定食だったから、今日は別のにしようっと」
「うん、私は食堂のAセットにしようかな? 今週のAセットは秋野菜のかき揚げうどんセットだよ」
萌子もミンティアと同じメニューを注文することにしたらしく、二人とも野菜のかき揚げうどんセットを注文。トレーに食事をのせて、キョロキョロと席を探す。
ざわざわと、人が集まる食堂の窓際の席を確保して、温かなうどんを楽しむ二人。萌子とミンティアが、つるつるの麺やサクサクとしたかき揚げを小さな口に運ぶ姿を、オレはうらやましいという気持ちで見守る。
「最近寒くなってきたし、温かいおうどんにして良かった」
「体の芯までぽかぽかするね。かき揚げも野菜たっぷりで食べやすいよ」
ふわふわとした魂の状態なので、二人の楽しそうな食事風景を見ているだけである。
かき揚げうどんセットは、野菜たっぷりのかき揚げが温かいうどんに乗っていてワカメやネギがトッピングされているオーソドックスなうどん、揚げたゆで卵、鮭のおにぎり、漬け物という和のセットだ。
(うう、いいなぁ……食堂のごはん……つるっとした温かいうどん、さくさくのかき揚げ……美味しいそう……)
萌子がお茶を淹れるために席を外すと、オレの心の声が聞こえていたのか、ミンティアが小声で魂の状態であるオレに向かって『イクト君、あとでね』と小さく囁いた。
(えっミンティア。もしかしてオレの声が聞こえているの?)
その後、何事も無かったように二人は夕飯を終えて、寄宿舎へ……オレに向かって後でね……と、告げたいうことはミンティアについて行くのが良いのだろう。
コツコツと階段を昇り、ミンティアが自室の鍵を開ける。無言でオレの魂に入室を促す仕草をするところを見ると、どうやらミンティアにはオレの魂が認識できているようだ。
(おじゃまします……)
遠慮がちに挨拶をして、久しぶりのミンティアの自室へ。以前、訪問したときはデート試験だったな。
ミンティアは、鞄を部屋の机の上に置き、おもむろにカボチャランタンを取り出す。
「イクト君、そこにいるんだよね。今日、イクト君の魂をつなぐ召還装置が完成したの。例のカボチャランタンなんだけど……」
(あのカボチャランタン……そんな使い方もあるんだ)
「カボチャランタンの中に召還の魔法刻印を入れてあるの。イクト君の魂本体は竜宮の方にとどまった状態で……オト姫様によると……テレビ電話みたいな状態なんだって」
(ええと、オレ自身は竜宮城にいる状態でランタン越しに景色をみたり、会話をしたりってことか……)
「じゃあ、さっそく呪文を唱えるね……遠き竜宮にいる魂とランタンをつなぐ光よ……」
言霊の光がオレの魂を包み……やがて、カボチャランタンに導かれて視界が移り変わっていった。