第七部 第18話 女勇者のコロシアム
体育祭の身体技能測定種目である、武道大会に出場することになった萌子。この武道大会は、選択武器種によってコロシアムが分かれており、萌子は剣士同士での一対一の対決を行うことになった。
剣と剣がぶつかり合う白熱バトル……男勇者イクトの身体と違い、女アバターの肉体は重い武器が持てないなどの不自由さもあったが、ギルドクエストで鍛え上げた女性向け装備のおかげで、見事な剣さばきを披露し、順調に勝ち進んでいった。
(イクトの肉体と違って、チカラや攻撃力は若干落ちているけど、身軽さや補助呪文でカバーすればなんとかなる……)
確かな手応えを感じながら、ついに最終決戦……剣部門の栄冠を巡り戦うことになる相手は……同じ勇者コースに所属する女勇者レインだ。
「レイン……」
「萌子ちゃん……女勇者同士の初めての真剣勝負、よろしくお願いします! 私……あなたに認められたい……。萌子ちゃん、聞いてほしいことがあるの、私の気持ち……そして貴女の魂の双子の兄妹であるイクト君のこと……。私、イクト君にふさわしくなりたくて……この大会に出たの」
常にイクトと肩を並べて、クエストをこなしているように見えたレイン。まさか、ふさわしくなりたいとかそんな風に考えていたなんて。
「イクトは……レインのことを頼りになる仲間だって……ずっとそう思っていたよ……きっと……」
萌子とイクトの感情はリンクしているので、萌子の言葉はイクトの本音なのだが……もしかしたら、イクト自身も気づかずにレインの事を守る対象として見ていたのかもしれない。
それ以上、かける言葉が見つからず、複雑な想いで剣を構える萌子にレインは自分の気持ちを吐露する。
レインの想いは、萌子が想像するものと少し違い……いわゆる恋愛がらみの難しいものだった。
「私は……イクト君のことが好き……友達としても、異性としても……だからね、足手まといにはなりたくないの……ちゃんとイクト君の隣に並んで歩いていきたいの。萌子ちゃんは、イクト君と魂でつながる双子の兄妹……なんだよね……もし、双子の兄妹である萌子ちゃんに認められれば、私……イクト君にきちんと告白できるような気がするの……イクト君のことが好きだって……ずっと、ずっと、大好きだったって」
「! レイン……あなた、イクトのことが……」
想定外のレインの愛の告白に動揺する萌子と、萌子の中でリンクしている勇者イクト。
おそらく、イクトの魂は赤面しながら恥ずかしさでのたうち回り、超急性告白型女アレルギーとか起こして倒れているに違いない。
しばらくすると……本当に女アレルギーを引き起こしているのか、萌子の中で、時折なにやらナレーション代わりに語っていたイクトの魂が沈黙した。
或る意味で正真正銘、萌子とレインの女勇者同士の対決となるであろう。
っていうか、レインも既に萌子をイクトとは異なる個別の魂であることに気づいていたようだ。魂でつながる双子の兄妹か……そういう解釈がこのアバター体にはぴったりだと納得し、不思議と心に馴染んだ。
イクト本人がきちんとした形でいないだけで、一応萌子を通じて見守っている上に、こんな大勢の人が見ている中でイクトへの愛の告白を堂々とするなんて……レインって大胆……と思ったら、コロシアム内の会話は、魔法結界の効果で対戦者同士でしか把握できないようになっているらしい。
あまりにも、イクトの恋愛事情が世間にオープンになると萌子も恥ずかしいので、なんとなくほっとしたような気がする。
しばらくお互い間合いを取っていたが、試合開始を告げる銅鑼の音がゴオゥウンと鳴った瞬間、コロシアムの地面を蹴り距離を詰めて仕掛ける。
キィイインッ! 剣がぶつかり、鋭い風が頬をなぶる。
『さあ始まりました、ダーツ魔法学園体育祭武道大会コロシアム・剣の部門最終バトル! まさかの女勇者同士の対決ですっ。実況は私、魔法放送局の絵流布宮マホと実況会の大ベテラン魔族谷マー蔵さんです。よろしくお願いします』
『実況始めて、はや数百年……。魔族谷マー蔵です! みなさん今回のバトルもよろしくです。ふひひひひひっ』
モンスターレースの実況でよく見かけるベテラン魔族実況者が、今回の解説役。ネットで中継もされているそうで、今回のコロシアムは冒険者の間では大きなイベント扱いだ。
『魔族谷さん、どうでしょう? 勇者コース同士のふたり、しかも女勇者同士のバトルとなりましたが……』
やはり、注目のポイントは女勇者同士の対決……勇者同士の戦いというだけでも結構レアなのに、まさか女勇者とは……既に、コロシアムの外でも噂になっているのか、先程まではいなかった立ち見客が増えている。
コロシアムモニターに、現在対戦中である萌子とレインのステータスが表示される。
【対戦者:甲】
勇者萌子 職業:学園勇者(ランク星5)
レベル:36
HP:1740
MP:160
攻撃武器種:棍・剣・槍
装備武器:軽量型女性向けソード
装備防具:ダーツ魔法学園女子学生服・銀の胸当て女性用・魔法のニーソ
装飾品:ラブリーチャーム・呪いよけのブレスレット
呪文:回復魔法小、攻撃魔法全体
【対戦者:乙】
勇者レイン 職業:学園勇者
レベル:36
HP:1720
MP:150
攻撃武器種:剣・短剣・飛び道具
装備武器:女性用レイピア
装備防具:ダーツ魔法学園女子学生服・身軽な黒タイツ
装飾品:魔法のサークレット・素早さのピアス
特技:回復魔法小、攻撃呪文各種
【備考】
ほぼ互角の女勇者同士バトル。レインの方が素早さを補正する装飾品を装備している分、動きが早くなる可能性。
萌子には、双子の魂の相互特性を利用してイクトのバトル経験値がそのまま引き継がれている。そのため、イクトと萌子のギルドでの実戦経験を合わせて活かせれば勝機を掴めそうだ。
どちらが勝ってもおかしくない、白熱した戦いになること間違いなしだ。
『ふひひひひっ。私は予想しておりましたねぇ、このコロシアム対決は武器種によって部門が分かれています。生徒会長のルーンさんは杖部門で魔法対決を行っていますし、剣部門のもうひとりの優勝候補だった男勇者のマルス君は、武器種を弓矢に変更した関係で剣部門には出場しておりません』
『そういえば、勇者という職業で剣部門にエントリーしていたのは萌子さんとレインさんのふたりだけでしたね』
『萌子さんの双子だという男勇者イクト君がコロシアムに出場された場合、彼の得意武器種はストイックな棍……。その場合はイクト君は棍や槍で戦う部門でのエントリーとなります……レインさんと対決する可能性はなかったでしょう。実は剣部門でぶつかる可能性のある勇者や高レベル職業の人って、少ないんですねぇ。今回の対決はなるべくしてなった……といった感じでしょう』
魔族谷さんの鋭い分析に頷く観客も……特殊クエストを受けるためのポイント稼ぎや得意武器を見極めるために設立されたコロシアムだが、人によってはギルドでコツコツポイントをためて特殊クエストを受ける人も多いため、わざわざ強敵ぞろいのコロシアムを選ぶ人も少ないのだろう。
一方観客席では、まさかの展開に動揺する女勇者ミリーと勇者キラの姿があった。ミリーはオペラグラス片手にキラの肩をつかみながら同様を隠しきれない様子。
「ふぇええっ。萌子先輩とレイン先輩の対決だなんて……私、どっちを応援したらいいか……」
最近まで、一緒に観光地に行ってクエストをこなした身としては、どちらかの応援をするのは気が引けるようだ。
「落ち着いてよミリー……こういうときは、平等に両方を応援すればいいんだと思うよ……それに、強い人たちのバトルを観戦することはボクたちのバトルスタイルの参考になるしね」
「そうだよね。両方ガンバレー」
多くの観戦客が注目する中、萌子とレインの試合はお互いの体力を削り合う長期戦へと突入していた。
剣部門のバトル規約は、攻撃呪文の使用は禁止されているものの、スピードや守備力を上げる補助呪文のは使用しても良いことになっている。
なお、大けがにならないように武器に特殊魔法をかけており、剣がぶつかってもセーフティーモードが効いて、安全だ。
だが、体力消耗のスピードは通常の戦闘と変わらないため、次第にふたりとも疲労が蓄積していった。
「はぁ、はぁ……このままじゃ……くっ」
レインが放つ渾身の一撃を萌子の剣がすかさず受け止める。
「負けるわけには……いかないっ」
萌子は、レイピアの攻撃を振り払い、反撃の体勢に入る。
「これで……決着をつけるっ。はああぁああああっ」
キィイインッ!
レインの手に握られたレイピアが、音を立てて地面に振り落とされ……。
『そこまでっ! 勝者…………女勇者、萌子!』
女勇者のコロシアムは熱戦を極め……ついに決着を迎えた。