第七部 第17話 晴天の体育祭
ついに、体育祭当日となった。
青く広がる空は雲一つなく穏やかで、日差しも柔らかく、秋特有の心地良い気温。いわゆる、『本日は晴天なり』といった雰囲気で、天候に恵まれ体育祭には絶好日だ。
ダーツ魔法学園体育祭の開始を告げる空砲が『ドンッドンッ』と辺りに響く。イベント役員である萌子は、学園名物の魔法玉入れ合戦やギルド対抗騎馬戦などの準備で、朝から大忙しだ。
いわゆる、役員としての裏方業務は午前中のみで、午後は冒険者を育成する魔法学園ならではの腕試しイベントである『体育祭武道大会』に出場する事になっている。
『今年のテーマは伝統です! 特に女子の体操着はドラマやアニメでしか見られなくなったブルマを採用しました』
校内アナウンスとともにレトロテイストな入場行進曲が校庭に流れると、ブルマ着用の女子生徒たちが入場。
『おおー』
現代では着用されなくなったブルマ装備の実装に、歓声と拍手が応援席から聞こえてくる。慣れないブルマに恥ずかしがる者や、記念写真をスマホで撮るものなど反応は様々だが、生徒たちの中でもおおむね好評の様子。
『最初の競技は初等科の生徒によるかけっこです。選手は整列してください』
誘導係として萌子が競技の列を確認していると、ふと聞き慣れた声。
「あっ萌子お姉ちゃん! 最初の競技はかけっこなの、私頑張って走るから!」
ピンクのツインテールを揺らして、ブルマ姿もよく似合う小学生の妹アイラが入場整列中の萌子に手をふる。アイラは手足も細く華奢だが、最近は女の子らしい体型に変化してきた。
体育祭の前に、カップ付きキャミソールを一緒に選んでほしいと頼まれたことを振り返り、萌子は妹の成長を微笑ましく感じた。
「そっか、アイラはかけっこの選手なんだよね、頑張れ!」
「はーい、行ってきます」
運動能力抜群のアイラは、日頃格闘家としての鍛錬を積み重ねていることもあり、見事一等。
「やったぁ! お姉ちゃん、一等だよ! 私、ギルドのみんなにも報告してくるね」
「おめでとう、アイラ。お昼の時間になったら、ギルド席に行くから」
アイラは萌子とハイタッチしたのち、さっきまで全力で走っていたとは思えないほどの身軽な動きで、勝利報告のためにギルドメンバーのいる応援席へ。
「アイラちゃんおめでとう! はい、水分補給に冷たい麦茶ですよ。今日のお昼ご飯は腕によりをかけたごちそうを用意してますからねっ」
応援席では卒業生でギルドメンバーのマリアが、走って疲労しているであろうアイラに麦茶の差し入れ。
「ふふっありがとう、マリアさん……はぁひんやりしてて美味しい……あっ、エリスさんやミーコは忙しそうだね」
「結構、売れてるみたいだな。アタシもエルフショップとかやれば良かったよ。学園祭の時にギルドコーナーで何かするかぁ」
特設コーナーの盛況ぶりを見て、アズサがぽつりと呟く。
マリアとアズサは応援に専念しているが、神官エリスはギルドの宣伝も兼ねて設置された占いコーナーで活躍中、猫耳メイドのミーコは役員の作業やお弁当の販売を手伝ったり……なかなか忙しそうだ。
「あなたの今日の健康運は中吉、けがに注意して体育祭を楽しんでくださいね。健康運のラッキーフードはサケのおにぎりです」
「にゃあ、お弁当はこちらですにゃん! お得なワンコイン弁当やメイド印のドリンクセットも販売中にゃん」
お昼休み間近なこともあり、占いコーナーや弁当コーナーをはじめとする特設コーナーでは行列が出来始めている。
午前中の競技は順調に進み、結果に一喜一憂も見られたが生徒達の楽しんでいる様子が伝わってきて、萌子は役員になった甲斐があったと満足していた。
ピンポン、ポンピーン!
『お昼の時間です。ギルドの応援席やクラス席などで昼食にしましょう。特設コーナーでは、お弁当の販売もおこなっております。水分補給を十分にし、けがをした場合は回復魔法コーナーで手当を受けるようにしましょう。以上、イベント役員からのお知らせでした』
会場のアナウンス係はキオ副委員長の声だ。ルーン生徒会長は、あっちこっち走り回っていてかなり忙しそうだし、連絡業務は副委員長が引き受けているのだろう。
「萌子ちゃん、役員のメンバーもお昼休みにしていいって先生から連絡がきたよ……お昼行こう! マリアさん達が手作りお弁当持ってきてくれてるって」
「うん、楽しみだね」
萌子の役員の仕事は午前で終了、昼食後はついに武道大会である。この武道大会の成績は攻撃力や素早さ、守備力などが数値化されるそうだ。一定の数値を記録できれば、学園内の特別クエストに挑戦可能となる。
秋のシーズンに行われている特別クエストは、図書館特別閲覧室の入室許可会員になるためのテストだ。
萌子は、勇者イクトの女版アバターとしてそのまま消えるのではなく、独立した女勇者萌子という個別の存在になりたいと願うようになった。
特別閲覧室にある魔法古書に記された契約儀式を完成させれば、魂だけでさまよっている萌子のような存在も、自分自身のアバターである肉体を得られる……という情報。
イクトと萌子は、同じ身体を共有する表裏一体のような存在だが、もし叶うならば、隣に並んで本物の双子の兄妹として歩いていきたい。
わずかにプレッシャーが胸からこみあげてきたが、努めて平静を装う。広い校庭をぐるりと周り、ギルドの応援席へと向かう。
聖騎士団ギルド応援席はこちら……という立て札を頼りに、皆の元へ。
すでに、萌子とミンティア以外のギルドメンバーは勢ぞろいしていたが、同じ勇者コースのレインは本来所属する星のギルドで競技をするため姿はなかった。
「おー、お疲れ! 萌子、ミンティア。みんな揃ったし、昼ご飯だな……アタシたちギルドメンバーが心を込めて作った必勝弁当だぜっ。たくさん作ったし栄養満点だから、どんどん食べてくれよっ」
「ありがとう……うわぁ美味しいそう! あっキャラおにぎりもある、可愛い」
お弁当は、卵焼きや鶏のからあげ、たこさんウィンナー、まんまる肉団子、ポテトサラダや野菜の煮物、プチトマトとブロッコリーなどの定番おかずに加えて、ちょっと豪華にエビフライも……。
主食には、サンドウィッチに可愛らしいキャラおにぎり。秋らしく、ぶどうや梨などの季節のデザート付き。パステルカラーを基調にした容器を使い、盛りつけ方も凝っていて女の子らしいお弁当だ。
「鶏の唐揚げすごくジューシーだねっ」
「このハムサラダサンドも美味しいよ」
レジャーシートに座り、みんなでお弁当を囲んで過ごすお昼休み。しばらく休憩をしてから装備を整えて、武道大会コロシアムへ。
萌子は剣士専用コロシアムで戦うことになった。ギルドメンバーが見守る中、コロシアムステージへと進み一回戦へ。
相手は、剣士コースの男子生徒。イクトと違って、萌子では男子とは体格差があるため萌子の方が不利に感じた……が。
「女勇者さんか……悪いけど女の子だからって手加減しないよ」
「手加減しなくてもいいわよ……女勇者萌子、参ります! はぁああああっ」
ガキィイイインッ!
剣と剣がぶつかり合う音、刹那……萌子が相手の剣をなぎ払い勝負がついた。
「勝負あり! 勝者、萌子っ」
『いいぞー! ガンバレー!』
萌子は戦いに没頭していく。二回戦、三回戦……順調に勝ち進むと決勝の相手は、よく知る相手。
ボーイッシュなショートの黒い髪、青い澄んだ瞳は清楚で高潔、スレンダーだが程良く筋肉がついていて……レイピアを片手に構える彼女はまさに女勇者……対戦相手は同じ勇者コースのレインだ。
「レイン……」
二人の視線がカチリと合う……そしてお互い剣を構え……。
「萌子ちゃん……はじめての女勇者同士の真剣勝負、お願いします!」