第七部 第16話 体育祭武道大会へ
時刻は、少し遡る。
勇者イクトの女版アバターである萌子が、図書館で調べものをしながらラベンダーティーを味わっている頃……生徒会長である女賢者ルーンと副委員長キオは日課である生徒会の雑務を行なっていた。
ルーンは現在16歳、春に中等部を卒業しているが、上級コースに進級するために学園に籍を残すことになり、去年に引き続き生徒会長に就任、業務も手馴れた様子だ。
秋のイベント進行係である役員の業務と生徒会長としての業務……いくつかの事務作業をこなしていたら、いつのまにか外は夜。
「生徒会長、お疲れさまです。そろそろ今日の業務を終えましょう」
サポート役を務める副委員長のキオに声をかけられて、ようやく仕事の手を止める。
「ああ、そうだなキオもお疲れさま……さて私は日課のお祈りにいくが……キオは?」
「私は道場で魔法剣の訓練をしようと思います。まだまだ、チカラを身につけなくては……あのテストに今年は合格したいですし……」
キオは魔法剣士に転職してから3ヶ月ほどたっている……鍛錬したい時期なのだろう。魔法少女的なイメージの強い女魔法使いからの転職とは思えないほど腕もなかなかで、将来有望だ。
「そうか、無理するなよ」
校舎を出てキオと別れ、中等部在学中の頃から日課としている、お祈りへ。神様に今日の感謝と今後の祈りを捧げたら、晩ご飯にしよう。
実は、女賢者ルーンが中等部卒業後も上級コースに進むという形で学園に在籍したのには理由があった。
他の卒業生たちも何割かは、ギルドで働くという理由で学園内に残留しているが、生徒としての立場ではないため図書館の利用は限定的なものになる。
特別閲覧室の会員権は卒業後もキープできるので、なんとしてでも在学中に取得したかった。
(神様に、例のテストに受かるように思し召しを祈ろう……困ったときの神頼みになってしまうが、仕方がない)
中等部最後の学年時にルーンは特別閲覧会員になるためのテストを受けたが、わずかな点数が足らずに入会は叶わなかった。
当時、魔法使いだったルーンは同じクラスの魔法使いや後輩たちとギルドチームを組んでいたが、そのメンバーでは物理攻撃や回復呪文役が足らなかったのだ。
学園内の教会は聖騎士団ギルドの拠点にもなっているため、ロビーもカフェスペースも夜間にも関わらず人の姿があった。ルーンはこのギルドの所属ではないので、何となく邪魔にならないように気を遣いながら礼拝室へと向かう。
「やあルーンさん、今日も熱心だね……礼拝室の扉は開いているから……」
「ありがとうございます、神父様」
ロザリオ片手に大きな十字架の前にひざまづき、神様にお祈り。日常の懺悔や日々の感謝、今後の生活についてなど祈ってから再び礼拝室の外へ。
(ああ、そうだ。神父様に新しく買ったロザリオを祝別してもらおう)
祝別とは、十字架やロザリオなどの聖品に祝福のお祈りをして貰うことである。
神父様を探して奥の部屋に入ろうとすると人の声……先客に足を止める。
「ええ、ですから……萌子さんとイクトさんの魂が……個別のものなのではないかと……もし、このままだと……消えてしまうおそれが……」
(今、萌子さんって言わなかったか? 萌子さんといえば、一緒に役員をしている女勇者の萌子さんくらいしか浮かばないが……神父様と話している少女ふたり……あれは、マリアさんとエリスさんだな)
神父様と緊迫した雰囲気で会話をしているのは、聖騎士団ギルドに所属する元白魔法使いで最近賢者に転職したマリアと神官のエリスだった。
ルーンとマリアたちは同学年だが、中等部在学中はクラスが違うため殆ど会話をしたことがない。
「ごくまれに、魂を共有するアバターがあるそうです。おそらく、アバターの元の持ち主であるイクト君が帰ってきたら萌子さんは……魂の世界へと戻ることになるのでしょう」
「……私達、なんとかして萌子さんの事も助けてあげたいんです。なんだか、けなげで可哀想で……きっと、イクト様がこの場にいたら、そういう風に言うはずだって……」
「イクトさんは私達のリーダーだから、イクトさんが完全な形でこの場にいない時もいる時と同じように何か行動をしたいって……そうふたりで話していて……」
「神様に祈りましょう……私も何か手段があるか、教会の本部に掛け合って調べてみます……マリアさんもエリスさんも、今日はもう休んで下さい」
「……分かりました。神父様……」
完全な不可抗力だが、結果として立ち聞きしてしまったことに罪悪感を抱きがら、ルーンは素早くその場を移動した。
アバター体だとか魂だとかの会話内容は推測の域では明確な答えを出せないが、ともに役員をしている萌子が何かの事情で消えてしまう……という内容だけは理解が出来た。
(なんてことだ……あんなに楽しく、一緒に役員ライフを送っている萌子さんが……消えるだなんて……そんな……まるで、うちの兄さんのように……神様……これは私に、あのテストに挑戦するように促しているのですか?)
神父様は本部に掛け合ってみると話していたが、答えはあの図書館の特別閲覧室にあることをルーンは何となく感じていた。
方法があるのに公開されないのは、結局あの試験を突破できるチカラを備えたものしかアバターだとか魂だとかの問題を乗り越えることが出来ないから……ということをルーンは消えた兄を通して理解していた……つもりだったが……。
(もし、萌子さんのためになるのなら……萌子さんをあのテストに誘うことに躊躇はいらないはずだ。だって彼女の存在意義がかかっている……戦力的にも萌子さんがいた方が格段に良いだろう。けれど、いつ、どんなタイミングで話を切り出せば……彼女も図書館通いをしているそうだし、その時に? いや、でも……)
教会を出て、ほのかに月が照らす学園校庭をとぼとぼ歩く。
思案しながらもお腹は空くもので、ルーンは取り敢えず食堂で晩ご飯をとることにした。既に時刻は21時過ぎ……食堂もいつもより人が少なく……席を探して秋のサンマ定食のトレーを持ちながらうろうろしていると見覚えのある後ろ姿。
(萌子さん! おお、神よ……やはり、これは神の思し召しか……勇気を出して……なるべく自然に……)
美味しい食事をしながら話せばきっと上手く切り出せるはず……そう、信じながら女賢者ルーンは、萌子に一緒にあるテストを受けてみることを提案する決意をした。
「私も、図書館の番人に認められるためにテストを受けます!」
「そうか……よかった……あとはミンティアさんが参加してくれれば……」
萌子から快諾を受けてルーンは思わず安堵のため息。実は萌子も藁にもすがる思いで解決策を探していたのだが、お互いの事情は詳しく話さなかった。
「ミンティアも、図書館で高度召喚契約の書籍を調べたいって言っていたから……明日、さっそく誘ってみます」
「うん、そうしよう。図書館の番人に認められるには、まず数日後に行われる体育祭の競技のひとつである武道大会で一定の成績をおさめる必要がある。萌子さんの剣技なら既に合格ラインは突破しているはずだ」
「武道大会……今まで出たことがなかったけど……」
「まあ、競技と言っても自由参加の余興のひとつだからね……それから、番人に勝つ対策なんだが……」
数日後は体育祭、役員の仕事に加えて萌子の予定にはなかった武道大会出場も決まり、忙しくなりそうだ。
月が見守る中、萌子は自分自身の存続に向けて本格的に動き出す。
そして、体育祭武道大会へ……。