第七部 第15話 図書館の番人
「萌子ちゃん、今日も役員業務の後は図書館で調べ物?」
「うん、図書館で読みたい本があって……」
今日の放課後は、イベントの役員会議、体育祭で配布する資料作り、17時30分ごろに業務が終わり、図書館へ。ダーツ魔法学園は寄宿舎生の学校なだけあって、生徒の自習スペースも兼ねて図書館を夜間も開いている。
校舎の窓から夕日が射し込む……日が暮れる時刻も早くなり、秋の風が涼しく感じられるようになったが読書には最適だ。
「そっか、読書の秋だもんね。私もそのうち召還契約のために新しい初期を探さないと……でも、もうすぐ体育祭もあるし……無理しないでね。それじゃあ」
「ミンティア、また明日」
足早に、けれどマナー違反にならないように丁寧な仕草で図書館の扉を開ける。今日は古代から伝わる魂の召還手段か、もしくは魂を宿すアバターの歴史について記された本を読むべきだろうか……もっと、時間があれば……。
秋のイベント役員の業務をこなしながら、オレは自身の女版アバター萌子が独立したひとりの存在として、イクトと分離しても存在できる方法を模索するようになった。
イクトと萌子は双子の兄妹である……という設定は、最初は世間の目を欺くための仮のものであったが、妙にしっくりして……オレには本当に萌子という双子の妹が元々いたような気がしてならないのだ。
もしかしたら、この気持ちはオレの魂が萌子とバトンタッチしている間に芽生えた萌子へ親しみや家族としての愛情の現れなのかもしれない。
萌子がこの世界にいられるタイムリミットは、学園祭の頃までらしい。それまでにアバターに宿る萌子の魂の正体について掴めればあるいは……萌子はオレの女版アバターとしてではなく、オレの双子の妹萌子として生きていけるのではないか……? と、希望を抱くようになった。
いや、可能性がわずかでもあるなら、そうなるように全力を尽くさなくてはならない。
机の上にドサッと重い古書を置くと、『あら勉強熱心ね、これ新しい紅茶なの……良かったらどうぞ……』と、図書司書さんから図書館で販売しているカフェコーナーの試供品をもらう。
親切にしてもらって嬉しいが、一応女勇者という職業柄、他者の気配には敏感なはずなのに彼女の気配にまったく気づかなかったので思わずドキッとしてしまった。図書司書さんは、黒髪ロングヘアで妖艶な雰囲気を持つ女性だ。
お礼を言って、暖かい紙コップの紅茶をひとくち飲むと、ほのかにラベンダーの香り。すっかり常連客となっている図書館の一角で、今日もパラパラと古書をめくる。
【アバター体は、古代では疑似ネフィリム体と呼ばれ、我々の肉体を模して作ったホムンクルスに魂を宿したものです……】
無機質な音声が、魔法文字で書かれた古書を翻訳しながら読み上げてくれる。
アバター体の正体は、どの書籍も似た記述である。
……問題は宿ってる魂の正体がどこから来たものなのか、どうやってその魂を独立させて元の肉体と分離するかだけど、それらの記述が載っている古書は見つからなかった。
考え込んでいると、スピーカー内蔵の卓上ロボットが、次の古書をめくり質問してくる。
【他にも検索しましょうか?】
「ううん……ありがとう、今日はこの辺で帰るから」
【はい! またのご利用お待ちしています】
古書を本棚に戻し、帰り支度だ。もう夜の21時か……食堂で晩ごはんにして、シャワーを浴びて寝よう。
「萌子さん、お疲れさま。紅茶どうだった?」
「あっはい、美味しかったです。ラベンダーの香りがして飲みやすくて……」
「ふふっじゃあ、レギュラーメニュー決定かな。もう、外は暗いわね……うちは寄宿舎制だから、夜間も人の目があるけど、気をつけて……」
「ありがとうございました。失礼します」
萌子の後ろ姿を見送りながら、図書司書の女性は意味深長に呟いた。
「探していること……見つかるといいわね。萌子さんも、イクト君も……」
役員業務と調べ物の両立は、思ったよりも困難だった。
疲れた身体を元気づける為にもしっかり食べなくては……イクトの肉体の時よりも萌子は小食なので、魂をリンクしている身としては萌子が無理をすると心配で胸がチクリと痛い。
夕食時を過ぎているせいか、人が少な目の広い食堂でメニューを注文。
今日の晩ご飯は秋のサンマ定食。
白米、味噌汁、冷や奴、漬け物という定番セットに、焼きサンマとカボチャの煮物付き。おろし大根と味わうサンマは、脂がのっていて食べ頃だ。
「おや、萌子さんも晩ご飯か? ご一緒してもいいかね」
「あっはい」
この数週間で聞き慣れた声となった、ルーン生徒会長が前の席へ。
若干天然気味だが、クールで理知的な印象を与える美少女生徒会長も、連日の業務でどうやらお疲れ気味の様子。『目が特に疲れたよ……』と言いながらトレードマークのメガネを外して、存外に幼い素顔を覗かせながらサンマを大根下ろしに絡めて小さな口へと運ぶ。
「ふう、なんだか疲れが癒されるね。やはり、季節の料理にはその時期に必要な栄養が備わっているな」
「そうですね、このカボチャの煮物も美味しいですよ」
たわいもない話をする中で、ルーン会長から意外な情報がもたらされる。
「萌子さんは、最近図書館に通っているそうだが……探している情報は見つかったかな? もし、まだなら耳寄りな情報があるのだが……まあ、手間が少しかかるし、迷惑でなければだがな」
「えっ? 迷惑だなんて……調べ物があまり捗らなくて困っていたんです」
「おっそうか……じゃあ、私と同じだな。実はな……この学園の図書館には、奥に最上級向けの閲覧室があるそうなんだ。この世界にまつわる殆どの情報を検索できるらしくてな……」
「最上級向け……そんな場所がこの学園に……。ルーン会長は賢者だし、閲覧できるんじゃないんですか?」
「それが……閲覧会員になるための専門バトルテストに合格しないと部屋への入室すら許可されないんだ。テストが行われるのは、読書週間の秋……つまり今のシーズン。第一段階のテストは、次の体育祭で行われる競技でそれなりの成績を収めれば突破できるから良いのだがね……第2テストが難しくて……なかなか」
そういえば、図書館の特別会員になるためのテストの噂があったような……ギルド一辺倒の生活を送っていたから、あまり関心がなかったけれど……。
「ルーン会長でも、難しいなんて……」
「ああ、バトル試験は図書館の番人と呼ばれる相手と戦い、合格しなければならない……ギルドメンバーたちと挑んだんだが、去年は惜しくも破れてね……」
秋のサンマ定食を一通り食べ終わり、食後の緑茶をゆっくりと飲みながら、ルーン会長はなにやら決意した様子。
「この間、役員のメンバーで一緒にクエストに行ったときに想像以上にバトルのテンポがよかった。女勇者、聖女兼召還士、魔法剣士、そして賢者である私……」
「確かに、バトルに特化した強さというか……」
補助役がいないので一般のクエストには向かないが、強敵ボスを倒すだけのクエストならかなり良い線だろう。
「萌子さん、その……折り入って頼みがある。図書館の番人に挑むクエストを一緒に受けてもらえないだろうか? 私達なら、彼女に認められる! 図書館の番人を務める彼女に……」
「……会長……もちろん! よろしくお願いします」
図書館の番人と聞いてふとよぎったのは、図書館をいつも見守るある女性の姿。
萌子は既に『番人』に会ったことがあるのかもしれない。