第七部 第10話 秋の夜長と月明り
「萌子ちゃん、萌子ちゃん……大丈夫だった?」
「萌子先輩、目が覚めましたか?」
目を覚ますと、和風のレトロな家具、心配そうなミンティアとミリーの姿。何故二人が一緒に……? それにここは……旅館の布団の上?
「おや、目が覚めたかい? 無事で良かったよ本当」
介抱してくれていたのは、ここの旅館の仲居さんだ。
「ごめんね、萌子ちゃん。私、ギルドからの通達に萌子ちゃんたちが神隠しに遭ったって書いてあったから……本気にしちゃって……思わず強制転移魔法を……」
「強制転移魔法……。ミンティアが、私をここにワープさせてくれたの? あと神隠しって……?」
「まさか、ミンティア先輩がこの旅館に来ているなんて知らなくて……。私達はみんな無事だって、説明することが出来なかったんです。ミンティア先輩は、私達が神隠しに遭ったっていう噂を聞いて駆けつけてくれたんですけど……萌子先輩、転移魔法の関係で裏山からここに飛ばされたみたいで……しばらく意識を失っていたんですよ」
ふと、窓の外を見ると月が綺麗に浮かんでいる。結構、時間が経っているようだ。
「この辺りは、電波が届かなくてスマホやら何やらが通じないから、お嬢さんたちが神隠しに遭った、なんて噂が流れたらしいんだよ……。でもまあ、この時間帯の裏山周辺は危ないから……もう外は真っ暗だからね。とにかく何もなくて良かった。ほっとしたよ、本当に……」
「あっはい。手当、ありがとうございます……ご心配おかけしました」
「いいんだよ、無事が一番……。ああ、神隠しだなんて……誰がそんなデマを……こんな噂が流れるなら旅館内にフリーWi-Fiとやらを導入した方が良いのかねぇ。これを期に通信環境を改善するように、提案してみるわ」
旅館の仲居さんは、真紫の顔色でもなければ頭に角も生えていない……ごくふつうの人間の仲居さんだ。
「ゆっくり休んでね。私は本部に行って早速、電波の向上とフリーWi-Fiについて相談してくるから」
仲居さんは、『フリーWi-Fi』と呟きながら本部のある部屋へ行くと告げて、交渉へと向かった。思いついたら、即実行の性格なのだろう。
そうか、電波が通じない影響でいろんな噂が流れたんだな。
でも、神隠しの噂って……?
仲居さんは、きっぱりとデマだと断言している。さっきまで、きのこの妖怪と真紫の肌をした仲居さん達に出逢って……本当に、神隠しに遭っていたような気がするんだけど……。
『ぐぅぅー』
昼間、わずかな携帯食しか食べなかったせいかお腹から空腹の合図。
「うっお腹すいた……」
思わず空腹で、お腹をおさえる。
「良かった……萌子先輩、食事出来そうですねっ! 今、マリアさん達が萌子先輩にお粥を作っているんです。あっ私もさっき、湯治客用の自炊スペースで自慢のシイタケ料理を作ったんですよ。萌子先輩に元気出してほしくって……取ってきますね」
シイタケ……だと! まさか、あのきのこ妖怪の?
『きのこここー!』
あの甲高い鳴き声が頭の中で蘇る。妖怪だかモンスターだか分からない謎の……いや、そんな訳ないか。疲れているんだ……きっと。
すると、タイミング良くマリアとミーコが手作り料理を運んできた。
「にゃあ……萌子は大丈夫ですかにゃ……? あっ目が覚めたみたいなのにゃ。マリアとお粥を作ったから食べるにゃ。元気になるにゃん」
「萌子さん、マリアとミーコの滋養たっぷり卵とブナシメジのお粥です!」
ブナシメジ……だと……? またもやきのこか……。ここってきのこの産地だって話だし……考え過ぎか……。
「……ありがとう、マリア、ミーコ」
さきほど、ぱたぱたと自炊スペースへと料理を取りに行ったミリーが自慢げにシイタケ料理を持って帰ってきた。
「じゃーん! ミリー特製シイタケのバター醤油炒めです。コクがあって、激うまなんですよ。きっと疲れもとれて食欲増進します」
皿の上には、程良く炒められたしなやかなシイタケの姿が。
「ミリー……ありがとう、いただくよ。うん。お粥もシイタケも美味しい」
お世辞ではなく、お粥は卵とブナシメジが胃に優しくほっこりとする味で食べやすい。シイタケのバター醤油炒めは、肉厚のシイタケがコクのあるバターと絡んで醤油とマッチしている。確かに食欲が増進しそうな味だ。
「でしょ! 私、シイタケのバター醤油炒め大好きなんです」
食欲も戻り、ほっとする。疲れた胃も復活して元気回復だ。
「萌子ちゃん、念のためアズサさんとエリスさんがエルフ特製ハーブティーを煎じているからね」
どうやら、ギルドメンバー達全員が救出に来てくれていたようだ。神隠しの噂って学園ギルド内で凄かったんだな。
すると、噂をすれば……にぎやかな足音……。
「おおー、復活したみたいだな。アタシたちも神隠しのデマに惑わされて萌子に迷惑かけちゃったから……全力で介抱するぜっ。エルフ特製ハーブティーだっ。マイルドで安眠なカモミールティー……食後に飲むんだぞ」
「私の占いによると……月明かりの影響でちょっぴり不思議な噂が出たのかと……ご無事で良かったですわ」
「こちらこそ、心配かけちゃったね。ありがとう」
アズサとエリスにハーブティーを淹れてもらい、食後のドリンクタイム。安眠効果の高いカモミールティーで一息つく。
「お姉ちゃんが目を覚ましたって本当?」
「あっアイラちゃん。話し合い終わったの」
ついさっきまで、身内ということで本部に掛け合ってくれていたアイラと付き添いのレインが旅館の仲居さんに連れられてやってきた。
「萌子お姉ちゃん、無事だった? お姉ちゃんに何かあったら……私……」
「アイラ……大丈夫だよ。レインも妹をありがとう」
「ふふっアイラちゃん凄く心配してて……私、妹って、いないからうらやましいよ。萌子ちゃん、目が覚めて良かったね。なんだか、外では凄い噂になっちゃったみたい……普通のクエストのつもりだったのに」
レインが、率直な感想を述べる。そうだよな、普通のクエストのつもりだったのにこんなに注目されるとは……。
「それだけ、女勇者のクエストって注目されてるって事ですね。女勇者が三人揃うクエストって今回が達成者初めてなんですって。あっきちんとギルドにも連絡しておきました。クエストは無事に完了で認定されましたよ」
ミリーは一瞬複雑そうな表情をしたが、また一瞬で笑顔に戻った。
「そっか……クエスト無事に達成できて良かった」
「でも、女勇者ってだけで結構私達、注目されていたんですね……これからは連絡もまめに心がけます」
緊急で駆けつけてくれた学園ギルドの仲間たちも安心したのか、部屋でくつろぎはじめた。
「ねえ、あとでみんなでお月見しよう。お団子食べながら! お庭からも綺麗な月が見えるんだって」
アイラがお月見を提案、みんなで秋の夜長を楽しむことに。
「おー、風流でいいね。風邪引かないようにしないとなっ」
月が高く上っている。今宵の月は、いつもの月と少し違う……何かの魔力を秘めている。
今夜の不思議な神隠し。ただの夢か、噂話か……今となっては分からない。もしかしたら、月の魔力が満ちた影響で何者かが萌子を迎えにきたのかもしれない……が、それには時期尚早だ。
『まだ、私にはやりたいことがあるの……だから、今は還れない……』
誰かに、何かを語りかけるもうひとりの自分。萌子の心の声が、オレの魂の奥に響いた気がした。




