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蒼穹のエターナルブレイク-side イクトス-  作者: 星里有乃
第七部 ハーレム勇者認定試験-後期編-
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第七部 第9話 萌子の夢


 ほんのりと、夜空をともす月灯り。

 小さな星がきらきらと散りばめられて、秋の夜長を温泉に浸かりながら楽しむ……今宵はロマンティックなお月見になるのだろう。



 萌子もえこたちが旅館の裏庭に戻る頃にはすっかり、空は暗くなっていてお月見タイムの真っ最中だった。露天風呂の設置されている方角から、女性客の楽しそうな声が聞こえてくる。

 あの弱々しい、きのこ妖怪……もといモンスターが、お月見最中の観光客にどのような邪魔をするのか不明だが、もしかしたら、あの特有の鳴き声が不評なのかもしれない。


『きのこここー!』

 今でも、耳に残るあの甲高い声。

 すごかったもんな、鳴き声と言うより奇声って感じで……。


「お月見、どうやらモンスターに妨害されずに済んだみたいですね。早く、仲居さんに報告しに行きましょう」

 裏庭にある勝手口のドアを開け、職員専用の休憩室を目指す。ドアは老朽化しているようでぎしぎしと頼りない音を立てていたが、ドアノブを壊さないように配慮しながら室内へ。


「クエスト完了の報告をして……そしたら、お待ちかねのきのこ鍋ですねっ」

 例のきのこモンスターと対峙した後なのに、いい笑顔できのこ鍋を食べる気でいるマリア……。オレなんか、もし食材の正体があのモンスターだったら……と考えるだけでも食欲が失せるのに……賢者様は感覚が違うのだろうか?


「食事が終わったら、温泉に入って……あっ仲居さんだ……すいませーん、クエスト終わりました」


 見覚えのあるまとめ髪の後ろ姿、えんじ色の品の良い着物。昼間、オレたちを案内してくれた仲居さんだ。

 だが、くるりと振り返った仲居さんは昼間のたおやかな和装美女の姿ではなく……顔面の色がかなり悪く……青い色になって……いや、なんていうか真紫……? 

 っていうか、昼間は仲居さん……人間だったよね?

 気のせいじゃなければ夜の仲居さん……頭に小さな角が生えてるし、人間族には見えない顔色なんだけど……。


「ああ、ありがとう。お疲れさまだったねぇ。今夜はここに泊まってゆっくり休んでちょうだい。きのこ料理たくさん作るからねぇ」

「やったぁ!」


 だが、真紫の顔色に角の生えたビジュアルであるにも関わらず、相変わらず感じの良い仲居さんの接客オーラにやられているのか、後輩勇者ミリーをはじめ、オレ以外のメンバーは疑問すら抱かない様子でキャッキャッと休憩室へ足早に向かうのであった。


「ミリー……みんな……これは一体……」


 あまりの出来事に、ぼんやりと立ち尽くすオレの女版アバター萌子……。

 何故だ、何故気づかない?

 それとも、実はオレの感覚が変なのか? オレが女のアバターになっているからか? いや、しかし。



「ちょっと、待ちなさい!」

 誰かが何かを追いかけている声が、キッチン側の通路から聞こえる。猫か、それとも別の小動物か?

「まてまてー!」

「きのこここー!」

 ドタドタドタ……。

「…………」


 オレの目の錯覚でなければ、真紫の顔色をした角の生えた料理係の女性が、縄片手に例のきのこモンスターを追いかけ回している光景が目の前に広がっていた。

 裏山で出会ったきのこモンスターはエリンギを大きくして手足を生やしたような姿だったが、目の前で追いかけられているきのこモンスターは、傘の部分の色が少し濃いめの茶色で……料理前のシイタケのような姿である。

 おそらく、裏山のエリンギタイプとは別の個体だろう……。

 やっぱり、ここの食材は例のモンスターたちだったのか? 食べないで良かった……でも、他のメンバーはめいっぱいきのこ料理食べていたような……。


 大丈夫なのか?

 いや、大丈夫じゃないから仲居さん達の風貌に驚かないのか。

 っていうか、このクエストこんな内容だっけ?

 妖怪の里に向かうクエストなんてあったっけ?

 

「萌子せんぱーい! どうしたんですかぁ? みんなもう休憩室で休んでいますよ」

「えっああ、うん」

「今夜はシイタケがメインなんですって! 楽しみですねぇ」

「……! シイタケ……まさか……さっきの……」


『きのこここー』

 キッチンの……もっと奥から、例の奇声にも似た鳴き声が聞こえる。


「萌子先輩、それとも何かの用事ですか?」

「えっああ、うん。電波が届く場所を探したいかなって……ははは」

「ここ電波届かないみたいなんですよ。別のクエストに行ってるキラにメールを出そうとしたんですけど、届かなくて……電話も通じませんでした。でも、早く席に着かないとお料理冷めちゃうし……」

「電波が、届かない?」

 外部との連絡が出来ないって、それって音信不通状態じゃないか?

 まずいよ。ただでさえ訳の分からないクエストなのに……。

「先輩?」

「ちょっと、外に出て電波のあるところ確認してくる!」

「はーい、いってらっしゃーい」



 小走りに旅館の外へ出ると、夜道を導くように赤い提灯がたくさん。

 夜になったせいか、風がぴゅうぴゅう冷え込んできた。


「はぁ……はぁ……」

 走ったら、息が切れてきた。手にしたスマホを確認するとまだ圏外。どこかに電波の通じる場所は……ない、ない、どこにも……どこにも……。


 これは、もしかして……俗に云う神隠しというヤツなのではないのだろうか?

 外界との接触が絶たれて、妖怪達の世界に連れて行かれる。


 確か、ギルドクオリアは規定でクエスト達成困難となった場合、ギルドの判断で救助専門の特殊部隊が救出してくれるんだっけ。

 問題は、オレたちが神隠しに遭っていることに誰かが気づいてくれているかだけど。

 このクエストを知っているのは同じ勇者コースのマルスとキラ、そしてオレの学園ギルドのチームメンバーだ。残念ながらマルスとキラは別クエストの任務中だ。


 頼みの綱は……。

 

『萌子ちゃん……萌子ちゃん! どこにいるの?』

 この声は……ミンティア?

「ミンティア! どこ? 私はここだよ」


 ミンティアの声がする方へ、思い切って走る。

 風が冷たい、空が暗い……ここはどこ?


 気が付くと、例の結界を作った裏山だった。辺りは暗いけど、結界を作ったときに灯しておいたランタンのおかげで多少の目は利く。

 ふと、後ろを振り返ると今日掃除をした例の祠。小さな光が祠の中から見える……『萌子ちゃん、いたら返事して!』ミンティアの呼び声はたぶん、この祠の中からだ。


「ミンティア! 今、裏山にいるんだよ……祠の中からミンティアの声が聞こえる……結界の大木があって……」

『祠の方ね……萌子ちゃん、私の合図に合わせて転移装置を使って! 私が召還魔法でみんなを喚ぶから……』

「分かった……」


 助かった……これで還れる。そう思った瞬間、見えない誰かにぐっと手を捕まれた。



『還る? どこへ……キミの居場所はここでしょう? 萌子……存在しない儚い魂……』

 存在しない儚い魂……それってこのアバターのことか?

『萌子、キミには、本当の居場所はないよ。ここで暮らしなよ……イクトが還ってきたら……キミはまた、あの部屋に一人……』

 オレが見えない誰かに、返事をする前にオレと意識を共有する萌子が自らの意思で話し始めた。


「……確かに私は、あの場所でひとりだった。でもね……私は、勇者なの……勇者には使命がある……だから、ここにはいられない!」

『萌子……けれど……』

「いいの……私の夢は、女勇者になることだから!」

 萌子は見えない誰かにほほえむと、転移装置を起動した。


 まばゆい光に導かれる彼女は、まるで儚い女神のようだった。


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