第七部 第8話 かりそめの魂と神隠し
異世界より訪れし、美しき乙女たち……女性ながら勇者という選ばれしひとりの少女は、本来はこの世界に存在し得ない儚い魂。
かりそめの魂よ……おいで、私達の世界へ……。
「萌子ちゃんたちが……クエスト先で神隠しに……?」
聖女ミンティアがその情報を知ったのは、萌子たち女勇者一行が、異世界温泉協会お月見温泉地区本部に向かってから数時間後のこと……。
所属ギルドクオリアとダーツ魔法学園の聖騎士団ギルドに、あるメールが届いた。
曰く、女勇者様一行が神隠しにあった可能性……と。
聖騎士団ギルドのミーティングルームでは、待機メンバーのミンティア、エリス、アズサ、アイラがメールの内容を確認中。
「なんでも、その温泉郷には選ばれし乙女が訪れたときに神隠しが起きる……という伝説があるそうです。この世に存在しないはずの儚い魂……それが神隠しを引き起こす原因なんだとか……これって、萌子様のことなのでしょうか……」
神官エリスが、存在しないはずの儚い魂という伝承から、本来は男勇者であるイクトの女版アバター……萌子の存在を指しているのではないかと推測を立てる。
「存在しないはずの儚い魂か……でも、そのフレーズだと、イクトの女版アバターっていうより、逆説的に捉えて本当に萌子って存在の魂が個別にあるような言い方だよな……その辺は、本当はどうなんだろう?」
アズサが頭を抱えながら、萌子という存在の真実について検討するが……。
「イクト君イコール萌子ちゃんか、それとも、個別の存在かって事……?」
ミンティアもイクトと萌子の関係について頭を捻っているようだ。てっきり、単純にイクトが女体化しただけだと思いこんでいた様子。
「お兄ちゃん本人に訊けば分かるんだろうけど……神隠しに遭っているんじゃ訊くに聞けないし……大丈夫かな……」
いつもはつらつとしているアイラが、珍しく不安げな表情で呟く。
「もしかすると……萌子様というのは、イクト様のアバターであると同時にもう一人のイクト様としての……パラレルワールド的な個別の存在である可能性がありますね」
パラレルワールド……もしもの世界。もう一つの可能性……もしもイクトが女性として生を受けていたら萌子だったのだろう。
「この世のどこかに、選ばれなかったパラレルワールドがひっそりと存在していたら……? 萌子様の魂は、ずっとそこに……?」
エリスが水晶玉を片手に祈りながら、萌子についてさらに考察する。
「うっ……分かるような、分からないような……つまり二人の魂は似てるけど百パーセント同じじゃないってことだよな……」
「ええ……、今は疑似ネフィリム体という一つの肉体を共有している影響で、心理面も感覚も同一のものとなっているそうですが……」
クオリアと聖騎士団ギルドの連携任務のため、よけいな手出しはせずに他のメンバー待機が妥当……指示書にはそう記されていた。萌子たちの帰還を信じるならそれでも良いのだろう。
「でも、待機って……」
アイラは、指示書に不満そうだ。
イクトのパートナー聖女であるミンティアが、【待機】と書かれた指示書をくしゃりと握りしめた。穏便な聖女であるはずの彼女の瞳に、静かな炎が宿っている。
「……もし、イクト君と萌子ちゃんが完全に同一人物じゃないとしても、私達の大切なリーダーであることは変わらないよ……それに、マリアさん、ミーコちゃん、レインちゃん……後輩のミリーちゃんのことも心配だし……だから……」
ミンティアの言いたいことの続きは、それぞれの考えと一致していた。お互い無言で目を合わせて頷く。
「だよなっ。ギルド規定的には、待機命令なのかもしれないけど……萌子はもちろん、マリア達のことも心配だし」
「行こう! 私達も温泉郷へ」
「そうだねっ。クエスト指示は待機だけど……この『異世界のお月見を守れ!』ってクエストを受理しなければいいんでしょ! 偶然……近くに別の観光クエストで行っちゃえばいいんだよ! 温泉郷の探索とか」
「ですねっ。あくまでも偶然……です! 私達はいつも、そうやって、どんな大変な出来事も笑って乗り越えて来ました……何度生まれ変わっても……ずっと、昔から……。さっそく、近くで行われている観光クエストを引き受けて、様子を見に行ってみましょう」
神隠しに遭った者が訪れる裏の異世界……萌子たちは、そんな裏異世界でわずかな違和感に疑問を抱きながらも、着々と任務をこなしていった。
時刻は既に夕刻を過ぎていた。
温泉郷の裏山にある大木が結界の中心となる予定だ。周囲には小さな祠、季節のせいだろうか? 落ち葉がそこらじゅうに散漫していた。
落ち葉以外の『何か』も落ちているような気がしたが、萌子たちには不思議なチカラがかかっていたのか、認識することが出来ない。
まるで、何年も何年も……放置されていたかのような荒れ方だった。
萌子たちの丁寧な清掃により、次第に片づいていき……観光地と呼ぶにふさわしい、裏山の祠が蘇った。
「あとは、この落ち葉を片づけて……ふう……結界のおふだをこの木に貼って……」
「萌子先輩、こちらの清掃は終わりました。あとはお札を確認して結界呪文を使うだけです」
「こっちも終わったよ。結構片づけるものが多かったね」
「まあ、これだけ綺麗になれば結界も作りやすいよね」
がさがさがさ……! 突然、落ち葉の山が崩れる。
「きのこここー!」
きのこを巨大にして手足を付けたような、つぶらな瞳のモンスターが落ち葉の中から現れた。おそらく、旅館の仲居さん達が話していたモンスターだろう。
「あっこれがきのこモンスターか……なんだか弱そう……。モンスターっていうより……絵本に出てくる……妖怪? とか……? ほらっ結界を張るから、あっちに行ってっ」
「きのここ、きゅううぅー」
きのこモンスターは噂通り弱く、ちょっとほうきで払っただけで山の奥の奥の方まで逃げていった。
「あんなモンスター……この世界にいたっけ……? まあ、いいか」
ミリーが見覚えのないきのこモンスターに首を傾げながらも、萌子と同じようにほうきでモンスターを追い払う。
「モンスターがいなくなったら、結界呪文を使いますね!」
賢者に転職したてのマリアが、呪文詠唱を始める。
手にした杖から淡い光が放たれて……無事に結界呪文が完成した。
時刻はもうすぐ夜。
辺りも暗くなり、そろそろ観光客がお月見を楽しむ時間帯だろう。
「はあ……結構片づけが大変だったけど、無事にクエスト終了かな?」
「うん、報告に戻ろう」
「にゃあ、終わったら温泉なのにゃー」
「ふふっ楽しみだねっ」
「夕飯は、きのこ鍋が付いてくるそうですよ! さっ行きましょう!」
「きのこ鍋のきのこって……まさか……さっきの……」
結局、ミーコにあげてしまった昼食の恐怖を思い出してぞっとするオレ。昼食はどうしても食べる気が起きずに、持参してきた携帯食をひとり食べたのだった。
あのきのこ料理はどう考えてもさっきの妖怪……いや、モンスターか……。
まず、このファンタジー異世界に妖怪なんていたっけ?
考え過ぎなのだろうか?
背中がぞわぞわする。食べてはいけない何かのような……。
「どうしました? 萌子先輩?」
「いや、何でもない……」
「にゃあ、早く行くのにゃ。お外どんどん暗くなるのにゃ」
「分かったよミーコ」
暗くなるのは、夜の闇だけではないことに、気づくのは……もうすぐ。