第七部 第7話 温泉郷のお月見クエスト
ついに始まった女性限定クエスト。
ギルドのワープゲートや異世界の電車などを乗り継いで、やってきたのは或る有名な観光地。
心地よい日差しに青い空、紅葉シーズンの鮮やかな山の景色、程良く吹く秋の風と可愛らしい小鳥の声、お土産を販売する露天商からは名物饅頭の湯気が立ちのぼる。ここが、本日のクエストの拠点である。
課題は『異世界のお月見を守れ!』どうやら、季節限定イベントのようだ。女性限定クエストは四季折々のイベントに関わる内容のものが多く、季節感を大事にするというコンセプトなんだとか。
そんなわけで秋のクエストの内容は、お月見で有名なスポットの警備とモンスターの討伐である。この内容なら、別に女性限定でなくてもいいような気がするが……女性にしかクエストを受けられないある理由があった。
警備対象となっている場所が『温泉の女風呂』なのである。といっても、オレ達は温泉の周囲を守るだけでお客様の入浴姿を見ることはないのだが……。
以下、攻略メンバーのステータスである。
【メンバー:1】
勇者萌子 職業:学園勇者(ランク星5)
レベル:31
HP:1680
MP:155
攻撃武器種:棍・剣・槍
装備武器:軽量型女性向けソード(サブウェポンとしてロングソード・改)
装備防具:女勇者のチュニック緑・冒険者用ショートパンツ・冒険者用レギンス
装飾品:ラブリーチャーム・呪いよけのブレスレット
呪文:回復魔法小、攻撃魔法
【メンバー:2】
女勇者ミリー 職業:学園勇者
レベル:20
HP:1100
MP:110
攻撃武器種:銃・両手持ち銃・短剣
装備武器:ダブルショットガン
装備防具:軽装用山登り装備ガールズ用・魔法の巻きスカート・冒険者用レギンス
装飾品:魔法のコンパス・ガンナー用よく当たるお守り
呪文:1人用回復魔法小、初級補助呪文
【メンバー:3】
賢者マリア 職業:ギルド賢者(元白魔法使い)
レベル:20
HP:1360
MP:250
攻撃武器種:杖・鞭
装備武器:魔法力増幅の杖
装備防具:白魔法ローブ・軽装用ブーツ
装飾品:琥珀の髪飾り・風水の馬蹄チャーム(幸運度アップ効果)
呪文:回復魔法大、攻撃魔法各種
【メンバー:4】
勇者レイン 職業:学園勇者
レベル:30
HP:1670
MP:145
攻撃武器種:剣・短剣・飛び道具
装備武器:女性用レイピア
装備防具:女勇者のチュニック青・冒険者用ハーフパンツ
装飾品:魔法のサークレット・素早さのピアス
特技:回復魔法小、攻撃呪文各種
【メンバー:5】
猫耳メイドミーコ 職業:ギルドメイド(サブ職業:猫耳メイドハンター)
レベル:29
HP:1522
MP:122
攻撃武器種:爪・飛び道具・短剣
装備武器:メイドさんの飛び道具
装備防具:ゴスロリメイド服・白ニーソ
装飾品:猫のお守り・メイドさん基本セット
呪文:補助呪文
【備考】
勇者が3人いるためマルチに活躍出来そうなパーティー構成だ。アタッカーとして活躍できるミーコがいるのも心強い。
賢者マリアは、転職組なのでレベルはまだ低いが、基本能力は前職を引き継いでいるため安心である。
「楽しみですねっ! 温泉。クエストが終わったら自由に湯に浸かっていいそうですよ。なんでも、肩こり腰痛に効くのはもちろん美肌効果が凄いんだとか……」
回復役の助っ人として参加中のマリアは、賢者にクラスチェンジしてから今回が初クエスト、相変わらずマイペースだ。インテリな職業にチェンジしたため周囲が賢者様と呼ぶようになったが、本人は使える魔法が増えたくらいにしか考えていなかったそうで、近づきがたい雰囲気にならずなんだか安心である。
「にゃあ、温泉に浸かりながらお月見なんて風流ですにゃ」
ミーコは既にクエスト終了後の温泉が楽しみのようだ。メイド服から覗く尻尾をふわりとさせて、足取りも軽くご機嫌な様子。
「……一応、今は萌子として女のアバターを使っているけど……いいのかな? 女風呂の警備なんて」
完全に女性の身体になっているとはいえ、遠慮のような気持ちがある。
「大丈夫ですよ! 萌子先輩。女風呂の周りにいそうなモンスターを排除したり、モンスター除けの結界を作るだけですから。ただ、お客様に配慮して一応女性の冒険者が警備にあたるというだけです」
「まあ、女風呂に入るわけじゃないし……今は完全に萌子ちゃんの身体だし、大丈夫だよ。それに今の萌子ちゃん、男風呂に入れないでしょう?」
「うっ確かに……」
ミリーもレインもオレのことを男勇者イクトではなく、女勇者萌子として扱っているようだ。確かに、萌子の身体でイクトと同じように男風呂に入ったりする事は出来ない。寄宿舎では自室にバスルームがあるから、学園の大浴場に入れなくても気にならなかったのだが……。
「この通りを進むと、依頼主の異世界温泉協会です。行きましょう」
立ち話もほどほどに、今回のクエスト受理者であるミリーを先頭に目的の場所へ。
通りには名物の温泉饅頭のお店を筆頭に、お土産屋、そば屋、だんご屋など観光客向けにずらりと店が並ぶ。美味しそうなにおいがあちこちからしてきて、思わずお腹が鳴ってしまいそうだ。
饅頭やおやきを片手に買い食いを楽しむ家族客やバスツアーの団体客、ボストンバッグやカートを手にした若い女性客の姿もちらほら。雑誌やテレビで紹介されているというそば屋には、列が出来ている。湯治客も多いそうで、長期間にわたり滞在する人も……。
「向こうについたら、手続きをしてお昼ですね。ちょっとご飯食べるの遅くなっちゃいましたけど……釣りたての川魚定食をまかないで付けてくれるそうですよ」
「魚っ?」
まかないが魚料理だと知って思わず声を上げたのはミーコ、さすが猫耳族だ。猫耳と尻尾以外はごく普通の可愛らしい人間のメイドさんに見えるが、やはり猫の食文化が根付いているのだろう。
「川魚かぁ……しかも釣りたて……美味しそう、ミーコちゃんも良かったね」
「にゃあ! ご飯楽しみにゃ。お魚食べたいにゃん、クエストも頑張るのにゃ」
「あっ見えてきましたよ! あの看板のところじゃないですか?」
湯けむりマーク付きの看板には【異世界温泉協会お月見温泉地区本部はこちら】と分かりやすく案内が……。
異世界温泉協会は、瓦屋根の広い屋敷風の建物で、温泉旅館も経営しているそうだ。門をくぐると日本庭園が広がり、のんびり散歩している人の姿も……池には鯉が数匹泳いでいる。
「鯉だにゃん……可愛いにゃん」
ミーコが鯉のことを猫の本能で美味しそうと発言しなかったことにほっとしつつ、建物内のロビーへ。
「こんにちは。異世界ギルドクオリアの者です」
「いらっしゃいませ、異世界温泉協会お月見温泉地区本部へ……まあ、本当に女の子の勇者様が来てくれたのね! 助かるわ。魔物の対処を観光客に気づかせたくないからねぇ……女性の観光客という設定で穏便に解決してもらえればと思ってね……」
仲居さんに案内されて忙しそうに働く従業員が行き交う奥の部屋へ……職員用休憩室と書いてあり、部屋は広く和室。従業員の女性が素早く、お茶を用意してくれてさすが観光地だ。
「魔物の対処……手強そうですか?」
真剣な眼差しで仲居さんから話を訊くミリー。やはりこうしていると、若年ながらも女勇者の風格がある。
「ああ……魔物といっても、きのこモンスターとか栗モンスターとかおとなしいのが殆どだから、私達仲居でも……。あっいや、女の子の体力でも大丈夫なクエストだよ。ただ、お月見シーズンになると動きが活発になってねぇ……モンスター達を寄せ付けないように結界を張ってほしいんだよ。それに……」
「それに?」
「この間、RPGドラマの撮影でこの温泉地を使ったときに撮影用のモンスターがちょっとだけこの辺りに残ったみたいでね……あのレベルだとさすがに私達じゃ駆除……じゃない、対処できないし……どこか山奥に移動してくれれば……」
「分かりました! 結界を張ってモンスターを寄せ付けないようにして……」
「うん、頑張ろうね」
「みなさん、まかないの釣りたて川魚の定食ですよ! ご飯とお味噌汁はおかわり自由です」
「にゃあ! いいにおいだにゃん」
運ばれてきたのは、まかないの釣りたて川魚定食。
メインの焼き魚、栗ご飯、きのこの包み焼き、味噌汁、漬け物など……。
「わぁ、きのこ料理に栗ご飯も……いただきます!」
「こんな大きなきのこ初めて! 栗もたくさん」
「にゃあー! 絶品なのにゃー」
【この辺りにはきのこモンスターや栗モンスターがたくさん……おとなしいから大丈夫だよ……】
さっきの仲居さんの説明が頭の中でリフレインしている。
そして、目の前に現れた料理はいささか……いやかなり大きすぎるきのこや栗……まさか……まさかね……。
「萌子ちゃん、どうしたの? 食べないの? 今まで食べたことないくらい大きくて美味しいよ」
オレの手が付けられていない定食を、不思議そうな目で見るレイン。
「う……うん。はは、なんだか緊張して胃がもたれてるのかな?」
「仕方ないのにゃー。お残しは失礼だからあたしたちで食べてあげるにゃー」
「もうっミーコったら、そんなこと言って食べたいだけでしょ!」
「にゃあ、バレちゃったにゃん!」
「ふふ、食事が済んだらクエスト開始だよ」
この時、オレが感じた違和感が実は本物であることに……気づいていなかった。楽しい食事に優しい旅館の従業員……でもどこか、何か違う……。
同時刻、『本物の』異世界温泉協会お月見温泉地区では、クエストにやってきた女勇者一行が神隠しにあったという噂で持ちきりになっていた。