第七部 第3話 虹レアドリンクの効果
オレが、始業式の無料10連ガチャで虹レアドリンクをゲットしてから、2週間が経った。高級瓶のドリンクはまだ市場には出回っていない商品らしく『虹レアドリンクを実際に飲んだ冒険者はまだいない』とまでいわれているらしい。
驚いたことに、オレがこのドリンクを手に入れた第一号のようだ。
長かった夏休みが終わり、慌ただしく二学期を過ごして2週間……ようやく三連休である。
三連休のスケジュールは、昨日はモンスター討伐クエスト、今日は休み、明日は薬草花の採取クエストだ。
昨日の討伐クエストの疲れを寄宿舎の自室で休める……とはいえ、夕食時にはみんなで食堂に集まることになっているので、完全に休みというわけではない。
ふと机の上を見ると、例の虹レアドリンクがキラリと輝き、早く飲んで欲しいと主張しているようだ。
ひんやりと冷たい瓶を手に取り、ふかっとしたベッドにゴロリとなりながら効能を確認する。『効果は期間限定だが、女アレルギーをはじめとするあらゆる症状を治す』というものらしい。実際のところ、本当に効くのだろうか?
「うぅ……せっかくの虹レアドリンクだけど、飲みたいような、飲みたくないような……1ダースもあるんだもんなぁ。みんなに分けようとしても軽く拒否られちゃうし……」
『愛用のタウリンドリンクが余っているから遠慮しておくよ』とか、『某メーカーのものしか飲まない主義なので……』とか、勇者コースの面々のぎこちない態度が思い出される。ギルドメンバーにも『それは女アレルギーが出たときに使うもの!』と、言われてしまった。
オレがこの虹レアドリンクに戸惑っている理由はただ一つ。実は、このアイテムは魔族系のメーカーが最近開発したもので、人間族には効き過ぎるかもしれないのだ。
ドリンク片手に飲むか否かで軽く唸っていると、見かねた守護天使のエステルがひとこと。
「そろそろ、このドリンクを試してみたら? イクト君。未知なる挑戦の第一号なんて、勇者らしくて素敵だよ」
優しく微笑むエステルは、清らかな天使そのもの。
続いてリス型精霊ククリも、ドリンクの効果が気になるようでオレに使用を促す。
「勇者たるもの何事も挑戦……エステルさんもなかなか良いことを言いますね! 一体どんなドリンクなんでしょう。やはり飲みやすい美味しさなのでしょうか……もしかしたら、リス型精霊でも飲める甘栗味やドングリ味の可能性も」
「最近の高級ドリンクは、かなり美味しいらしいよ。フルーツタイプもあるんだって」
エステルとククリが味や効能について興味津々の様子で、なにやら盛り上がり始めると、会話を遮るようにピピピッとオレのスマホから連絡音が鳴り響いた。
「メールだ……えっとミンティア? 何だろう」
メールの主はオレのパートナー聖女であるミンティアだ。常にオレの女アレルギーの緩和のために、回復系のチートスキルを発動した状態の彼女……オレが他の勇者と同じように活動できるのも、ミンティアのスキルのおかげなのだが……。
【連休中に聖女の結界に一部故障が出たらしいの。修理が終わるまで私のチートスキルも使えないけど……例の虹レアドリンクがあるから大丈夫だよね? しばらく、ドリンクで女アレルギーを緩和してね! 詳しくは夕食の時間に食堂で……】
「チートスキルが使えないって……つまり、女アレルギーを緩和したければやっぱこの魔族グループ開発の虹レアドリンクを飲むしかないってこと?」
聖女の結界は物理的なものではないはずだが、魔法陣か何かに異変があったのだろうか?
思わず起きあがり、瓶を片手に頭を抱える。
念のため、スマホのステータス画面を確認する。
勇者イクト ランク星5
状態:女アレルギーになりかけています。早急の処置が必要です。
案の定ステータス画面に女アレルギーになりかけているとかいう、不吉なメッセージが……。エステルとククリも画面をのぞき込み確認。
ため息をつくものの、意外と落ち着いた様子でオレの背中をポンッと軽く叩くエステル。
「このタイミングまでドリンクをキープしておいて良かったね、イクト君! こんな時こそアイテムの出番だよ」
「ミンティアさんを安心させるためにも、夕食までにこのドリンクを飲んで効果を試しちゃいましょう!」
待ってましたとばかりに、ドリンクを飲ませようとスタンバイし始める天使一人とリス一匹。
「ふふっ。まずは、ふたを開けて……」
オレの背後にふわりと回り込み、瓶を開けようとするエステル……いきなり接近されて思わずドキドキする……だけならまだしも、動悸がおかしい。
はぁはぁと息が切れてきて、呼吸も苦しいし、胸が痛いし……普段はエステルのことを意識しないのだが、なんだか少しずつ体調が……これは、まさしく女アレルギー?
「イクトさん、どうされました? 様子が……はっまさかこれが噂の女アレルギー……エステルさん! 急いでイクトさんにそのドリンクをっ」
「えっどうしよう。イクト君、これ自分で飲める? あっさすが高級ドリンクだね。ストローが付いてる」
ドリンクにセットされていたストローをさして、オレの口元へと運ぶエステル。
ごくん、ごくん……少しずつではあるが、体内にドリンクが取り込まれる。
「ふぅ……」
魔族系企業が作ったという情報から、何となく人間族には強すぎるイメージがあったが、味も美味しくフルーティーなテイストだ。呼吸も次第に落ち着いてきた。
何だか眠い。
ことん、ことん、と意識が遠ざかる。
「良かったね、イクト君。体調良くなったみたい……あれっイクト君、その髪の毛……もしかして、このドリンク……」
「はわわ……髪だけじゃありませんよね……だんだんイクトさんの体つきが……どうしましょう? まさか、期間限定の効果とはいえ、イクトさん自身がこのような可愛らしい姿に……誰か手の空いているギルドメンバーを……! 大変です、イクトさんが女の子の身体に……っ」
エステルやククリが回復し始めたオレに声をかけているようだが、眠気が強くなってしまい、最後まで言葉が聞き取れなかった。
深い眠りの中で、オレはスマホゲームをプレイしていた。
ゲームの名前は、もちろん『蒼穹のエターナルブレイク-side イクトス-』だ。なんだ、いつものゲームじゃないか?
ステータス画面には、茶色い髪に緑色の目の若い男のアバターが学生服にマントを羽織り、勇者っぽいポーズを決めている。スタイルもよく、客観的に見てもなかなかのイケメンだ。
これが今のオレ自身、地球のオレとウリふたつの外見は、オレの異世界での肉体でもある。
そして、そのアバター画面が一瞬で切り替わり、可愛らしい少女の姿が現れた。
茶色い髪の毛の長さはセミロングと言ったところだろう。目は大きく緑色。ブレザーの学生服にマントを羽織り、チェックのミニスカートからのぞくすらりとした美脚と白ニーソが印象的だ。
この子は、誰だ?
女の子は無邪気にオレに手を振り、『はじめまして、イクト! しばらくの間、この身体で冒険しようねっ』と、鏡の前でウィンクした。
……オレの女版アバター?
つまり、オレ自身?
【虹レアドリンクの効果発動! 女アレルギーに対応するために期間限定でプレイヤーのアバター性別を変更しました。しばらく、女主人公の冒険をお楽しみください!】