第六部 第35話 彼女のいない未来は考えられない
「玉手箱を所有することによって、ログアウト権を取得することが出来るのか……よくやったね、イクト君、レインちゃん。エリスちゃんも協力ありがとう。このことは、独立ギルドクオリアからも上の組織に報告しておくよ」
無事、竜宮パレスの緊急クエストをクリアしたオレ、エリス、レインは分厚い報告書を手にクエストの内容を独立ギルドクオリアに報告。
基本的にクオリアは異世界転生者のみが所属できるギルドだ。助っ人として一人だけ異世界出身者を呼ぶことが出来る。
今回は、偶然クオリアのクエスト基準にあっていたから良かったけれど、これからはクエストメンバーについて考えていかないと……。
オレがぼんやりと今回のクエストについて振り返っていると、ギルドマスターから、竜宮パレスの様子について問われた。
「ところで、竜宮パレスってどんな感じだった? オト姫様ってやっぱりきれいなんだろう?
「オト姫様は、まだ就任して20年だとかで……人間とは寿命が違うらしくて外見はオレより小さい少女でした……可愛らしい見た目の……。それと、ギルドマスターへのメッセージです。他の異世界転生者にも、どんどん玉手箱の取得を目指して欲しいって」
「へぇ、竜宮族はずいぶん長命なんだね。このあと、オト姫様のウミガメ族と仕事のことで話し合うんだ。近々クオリアから竜宮パレスのクエストを受注できるように手配しておくから……じゃあ、お疲れ様! ゆっくり休んでね」
「はい、失礼します」
パタン。
ドアの閉まる音が廊下に響く、なぜだか心の疲れがドット出た気がする。
「ふぅ……いろいろ大変な夏休みになっちゃったな。今日はもう夏休み最後の日曜日か……」
「せっかくクオリアに来たし、ここでご飯にしよう」
「私、このギルドのメニュー初めてですわ」
楽しそうなレインとエリス、竜宮パレスのクエストから以前より親しくなったようだ。
「オレはちょっと胃がもたれているから、軽食かなぁ」
ギルドマスターの部屋を出てカフェスペースに腰掛け、サンドウィッチセットとアイスカフェラテでひとやすみ。ハムとチーズのサンドがシンプルながら美味い。
レインは野菜のパスタセット、エリスは冷やし中華。
「このカフェ、冷やし中華があるんですねぇ。季節限定かしら? 美味しい」
「はは、軽食や洋食以外のものもメニューに入れてるんだって」
竜宮パレスのクエストからしばらく経っているが、その後、身体検査を受けたり、学園やハーレム勇者認定協会への報告書を書かされたり……忙しくて夏休み後半はあっという間だった。
結果、『すべての任務を終えてから報告するのが基本』というクオリアへの報告書が一番遅くなってしまった。
けど、今日の報告で一区切りなので、夏休み残りの数日ゆっくりしたいものだ。
まったりと、食後のティータイムを楽しんでいるとクオリア所属の後輩の姿。勇者のキラとミリーだ。
「先輩、お疲れさまです! 竜宮パレスでログアウトの権利をゲットしたんでしょう? これって私たち転生者にとって喜ぶべきことよね、キラ!」
「う……うん、そうだねミリー。でもボクさ、アースプラネットで就職活動する気だったから地球に帰れる可能性が出来たのは嬉しいけど……もしかしたら、このままこの異世界の人になるルートを選ぶかも」
アースプラネットの人になる。
キラの選択肢は、数ヶ月前にオレが決断したことと同じだ。
「えっ? どうして、キラ。まさか……異世界で好きな女の子ができたんじゃあ……」
「ちっ違うよミリー。そうじゃなくって、地球に戻っても受験とかいろいろ将来大変そうだし、もういっそのことこの異世界で頑張った方が安定した人生になるかなぁ……って…………ミリーのこともボクが勇者なら幸せにしてあげられる……っいやなんでもないですっ」
「安定……か。地球に戻ることばかり考えてたけど、勇者って肩書きはこの異世界でしか使えないものね。まぁ、クエストが実装されたら玉手箱をゲットしてそれから将来のことは考えましょう! じゃあ、先輩私たちこれから採取クエストに行ってきます」
「おう! 頑張れよ」
後輩のやりとりは微笑ましいようで、けれど、オレ達転生者特有の悩みを如実に現しているような気がした。
空がまだ明るいうちに学園に戻ると、学園ギルド所属のギルドメンバー達がオレ達を待っていてくれたようだ。
ハーレム勇者認定協会のリス型精霊ククリも一緒である。
「イクトさん、お疲れさまです。ハーレム勇者認定試験も順調に進んでいますよ。あとは、魔族の姫君アオイさんとのデート試験のみですね」
ククリが尻尾をふわりとさせて、肩にちょこんと乗ってきた。
「アオイは九月からこの学校に交換留学にくるんだろ? 楽しみだなぁ。あっみんな、待っていてくれてありがとう、今日はもうゆっくり休もうと思ってさ……ばたばたした夏休みになっちゃったけど、最後くらいはのんびり……あれ……どうした? ミンティア」
仲間達のテンションが心なしか重い。特に同い年のパートナー聖女ミンティアの……。
「お兄ちゃん……」
妹アイラが涙目でオレを見つめる。何だろう?
「アイラ? どうした、何かあったのか?」
無言を貫くアイラ、隣でマリアが申し訳なさそうに苦笑いしながらぽつりと呟く。
「イクトさん……私たちはもう学園を卒業したので関係ないのですけれど……」
卒業? 何の話?
静けさに耐えきれなくなったのか、意を決してミンティアが口を開いた。
「イクト君、宿題は……?」
宿題?
宿題って……そういえば、八月の後半からやればいいやってためていたヤツがあったような……。
「お兄ちゃん、もう八月最後の日曜日だよ! ギルドに所属する前は夏休みの宿題頑張って早めに終わらせてたみたいだけど……今年はクエスト優先でまだ全部やってないんじゃないの?」
「えっ……そんなばかな……スマホで確認を……ほんとだ……宿題が……」
蝉の鳴く声が聞こえる。
じりじりと熱い太陽、まだ、こんなに暑いのに、夏休みはもう終わるなんて……宿題、どうしよう。
「まだ、間に合います! このククリ、ハーレム勇者認定協会の名の下に勇者イクトを立派なハーレム勇者にすべく、この宿題とやらを解決するお手伝いを頑張ります。この試練を乗り越えることでもう一歩成長できるはずです!」
「にゃあ、イクト頑張るにゃん!」
「そうだよね、お兄ちゃん頑張ればまだ間に合うよね」
意外な試練が残っていたことが判明し、動揺するオレ。
「……一緒に、頑張ろうイクト君」
決意を固めたのか、普段通りにこっと微笑むミンティア。
「取りあえず、図書館だね。行こう」
ひさしぶりにミンティアからキュッと手を握られて、思わず心臓がドキドキする。
ミンティアのいない未来なんて、もうオレには考えられない。
学生生活は地球でも異世界でもいろいろと大変だけど、オレの居場所は今のところ気心の知れた仲間達のところだと実感しつつ……。
次なるステージ試練へと挑戦するのであった。
そして、波乱の第七部へ……。