第六部 第34話 海底ダンジョンの守り手
「ゆくが良い、玉手箱と魂をつなぐ封印の間は開かれた。奥地へとたどり着き、そのチカラを示すのじゃ。見せてもらうぞ、お主達が玉手箱を所有するにふさわしいか否か……」
オト姫様が手をかざすと青白い炎がオレ達の身体を包む。
「この光は……全身が、魂が溶けるような魔力ですわ」
「えっ身体が……熱い」
「何だ突然、意識が……遠く……」
カチャンッ。
手にしていた箸が食器の上に転がる。
やがて、それぞれの意識は次第に竜宮パレスの宴の間から遠ざかり、ひんやりとした深く暗い闇の中へとそっと閉じこめられた。
「んっ……」
ポタポタと水滴が頬を撫でる。地面に横たわり眠っていたらしいオレだったが、少しずつ意識が戻っていくのを感じ取った。
「あれ……ここは? どこだ、さっきまで竜宮パレスで会食を楽しんでいたはず……」
あたりを見渡すが白く薄暗い霧がもやもやと視界をさえぎり、目の前が正しく認識できない。
だが、中級ランクとはいえ幾つかのクエストをこなした勇者の勘で、濡れた地面とじめっとした空気から、いわゆるダンジョンというモノなのではないかという予想はできた。
「気がつかれましたか、イクト様。念のため回復しますわね。私の見解では、竜宮パレスの内部にあると伝えられる海底ダンジョンに飛ばされたようですわ。古文書で読んだことがあります」
先に目を覚ましていたらしいエリスが、オレにそっと回復呪文をかけた。
「エリス、ありがとう。ここは、海底なのか……えっと、とりあえず三人とも無事みたいだな。レインは……まだ目が覚めないか……」
「レインさんに目覚めの魔法を使ってみましょう。このままここにいては危険かもしれませんわ……目覚めの精霊よ……夢の果てから魂を呼び起こせ……」
エリスが眠るレインに目覚めの呪文をかける。
清涼な空気がレインの全身に流れ始めると、重く閉じられたレインの瞼がゆっくりと開いた。
「エリスさん、イクト君、ここは?」
「レイン……目が覚めたか。エリスが言うには、竜宮パレスの奥にある海底洞ダンジョンじゃないかって……」
「海底ダンジョン……ここが、オト姫様の言っていた封印の間? 霧が多くて様子が分かりにくいけど、イクト君達の姿は認識できるよ。奥に何かあるのかな……んっ。なんだか身体がけだるい。なんだろう?」
オト姫様にかけられた魔法の影響か、どうにも身体がだるく感じるようだ。まるで、夢の中にいるような感覚である。
「レインさんにも回復呪文を……オト姫様は、いったい何の術をお使いになったのかしら?」
オレ達三人が感じ取っている身体の違和感、自分の身体であってそうでないような、起きあがって地面に立ってみるものの、居場所が不安定で安定しない……そんな頼りない感じだ。
「この身体の不安定な感じ……ここが封印の間だとすると、玉手箱との契約と何か関係があるのかもな。オト姫様が言っていたとおり奥まで進んで、封印の間の実態を確認しよう」
「そうだね。このクエストを無事に終わらせて現実世界へ戻る足がかりをつかまないと……」
現実世界への帰還を目標としているレインはレイピアをぎゅっと握りしめて、『元の家に、地球に……還りたいから……頑張ろう』と決意を新たにした。
異世界転生によって憧れの女勇者になれた結果、現実世界の自分の居場所に戻れなくなったというレイン。
ログアウトできないと言う状況は、イクトやほかの転生者達も同じだ。
玉手箱を手に入れれば、一時的とはいえ玉手箱の魔力を通じてログアウトし……現実世界の自分の身体に戻ることができる。
切なそうなレインの表情からは、苦悩と希望が入り交じっているように見えた。
「ああ、そうだな。このクエストを成功させれば、他の転生者の役にもたつだろう」
「行きましょう」
まさかの緊急クエストだが、ここは冷静に落ち着いてスマホでステータス画面を確認する。
【メンバー:1】
勇者イクト 職業:学園勇者(ランク星4)
レベル:25
HP:1530
MP:120
攻撃武器種:棍・剣・槍
装備武器:ロングソード・改
装備防具:魔法の海パン・夏仕様冒険者用パーカー
装飾品:携帯用バッグ・呪いよけのペンダント
呪文:回復魔法小、攻撃魔法
【メンバー:2】
勇者レイン 職業:学園勇者
レベル:24
HP:1420
MP:122
攻撃武器種:剣・短剣・飛び道具
装備武器:女性用レイピア
装備防具:魔法のビキニレアバージョン赤・シンプルパーカー夏仕様
装飾品:素早さのピアス
特技:回復魔法小、攻撃呪文各種
【メンバー:3】
神官エリス 職業:ギルド神官
レベル:25
HP:1400
MP:250
攻撃武器種:杖・水晶玉・タロットカード
装備武器:クリスタルの杖
装備防具:清楚な水着・お嬢様風の羽織
装飾品:神官のお守り・天然石のブレスレット
呪文:回復呪文大・補助呪文各種・占い
【備考】
バカンスを兼ねたクエストだった事もあり、装備がいつもより軽装備だがそれなりに対応しているつもりだ。
サポート役として強力な呪文を使えるエリスは後方支援役。勇者2人で勢いをつけて攻撃に徹すれば、万が一のボス戦にも対応可能である。
明かりの呪文でダンジョン内を照らす。
幸いダンジョン内はスペースが広く、視界さえ良ければ比較的歩きやすい……だが、何ともいえない暗さがあり不安は拭えない。
キィキィと鳴くコウモリやぽたりと滴る水に気を取られないように注意しながら、しばらく進むと、開けた広間が現れた。
深紅の絨毯には金色の魔法陣が描かれており、広間を守るようにそびえる青い彫像が頭上に鈍く光る。
「ここが、封印の間か……」
コツコツと足を進めると、玉手箱がちょうど収まるくらいのへこみが彫像前の台座に確認できる。
「たぶん、ここに玉手箱をはめ込むんだよね。ちょうど三つあるよ」
「置いてみましょう」
コトン。
手にした玉手箱を彫像前の台座にはめ込むと、彫像が音をたてて動きだした。
『よく来たな、契約者よ。導かれし魂であるお前たち、その魂をこの箱に収める契約の証として、我の前にチカラを示せ』
刹那、ブンッと彫像の手にした槍が振り下ろされる。
ズガンッ!
「きゃあ」
「危ないっ来るぞ」
ガキィイン!
襲いかかる槍を背中の剣を抜き、受け止める。
「はぁはぁ、チカラを示すってもしかして……」
突然の攻防に肩で息をする。
レインもレイピアを引き抜き、エリスは杖で呪文の詠唱準備だ。
「つまり……この彫像に勝ってチカラを認められれば、ログアウト権を獲得できるってことだよね」
「そうみたいだな、いくぞっレイン、エリス後方支援頼む」
「分かりましたわ! 鉄壁の風よ、彼らを守る盾となれ!」
キィィン! エリスの支援魔法がオレとレインにかけられ、防御壁を生み出す。
ザンッ!
「てぇやぁあ!」
接近戦に持ち込むため、オレは槍を振り払い、剣で一撃。
ザシュッ!
「ほう……それなりにデキる者たちのようだ。我も全力でゆくぞ!」
「望むところだっ。うぉおおおっ!」
イクト達が海底ダンジョンで死闘を繰り広げている頃、ギルドメンバーたちが、三人の帰りを待っていた。
もぬけの殻となったテントの入り口には見慣れない魔法陣、いなくなったのは勇者イクト、神官エリス、女勇者レインの三人だ。
「独立ギルドクオリアからメールが届いてたよ。イクトお兄ちゃん達、竜宮パレスの探索に行ったんだって……大丈夫だよね」
「そんな……」
「何でも、ウミガメの誘導なしではたどり着けない場所だとか……信じて帰りを待ちましょう」
マリアが、不安で肩を落とすアイラとミンティアをなだめる。
「でも、もしバトルになったら……竜宮パレスって海底ダンジョンには高レベルの番人がいるって伝えられてるの。たった三人でクエストをこなすなんて……」
簡単なクエストのつもりで来た海岸クエスト。
ミンティアは召還魔法の勉強で竜宮パレスの存在自体は知っていたが、召還士の機密情報であるため、イクト達にも話すことが出来なかったのだ。
もしかしたら、神官一族のエリスも海底ダンジョンの情報自体は知っているかもしれないが。
「信じようぜ。それに、イクトはハーレム勇者だの、女アレルギーだの、そっちばっかり注目されがちだけど、剣も棍も使えるし魔法や体術もバランスよくこなせる……バトルの腕はかなりのものだよ」
アズサが、客観的にイクトのバトルの腕について語る。
「レインはこの世界では珍しい女勇者だし、エリスだって伝説の勇者の子孫なんだぜ。少数精鋭だけど、やれないことないさ」
「うん……そうだよね。イクト君達、強いもん……大丈夫だよね」
ミンティアが海岸の方に意識を向けると、気のせいだろうか? 海底から精霊契約の声が聞こえた。
【玉手箱による魂の契約完了……ログアウト権獲得者……三名確認】




