第六部 第32話 オト姫様と異世界転生者
「わらわがこの竜宮パレスの主、オト姫じゃ。ようこそ異世界転生者と転生者の血を引くものよ……勇者イクトに神官エリスじゃな」
ウミガメの亀山さんに連れられてやってきた竜宮パレス。
いかにも豪華絢爛な金と赤のコントラストがまぶしい城の門の前で出迎えてくれたのは、なんと城主本人だった。
オト姫様は、やけに落ち着いた言葉遣いの十歳ほどに見える和装美少女だ。長い黒髪を珊瑚の髪飾りで高く結い上げ、大きな瞳の目尻には朱色のアイシャドウがほんのりと彩られている。
いわゆる和風の姫君だが、ミニスカ着物と黒いニーソが萌えテイストで、現代の姫君であることを実感させられる。
「オト姫様、お初にお目にかかります。エリスと申します」
「えっと、はじめましてオト姫様……イクトです」
「そなたらのことは、そこの亀山より報告を受けてな……異世界転生者や転生者の子孫らをもてなすのが我が竜宮パレスのならわしなのじゃ。おいしい魚料理でたんともてなすぞ。わらわも地上や地球の話を聞きたいからな」
「まぁ光栄ですわ! ねっイクト様」
「そうだなエリス……あれっそういえば、水の中なのに普通にしゃべれるんだ」
オレの素朴な疑問に案内役のウミガメである亀山さんがひとこと。
「ええ。ここは竜宮パレスの魔力でガードされているエリアですので、水の中でも普通に会話が可能です。城の中には地上と同じように水のないエリアも作ってありますので、違和感なく食事を楽しめますぞ」
「ふふっそれにしても新人勇者とかつての勇者の子孫を連れてくるとは……亀山もウミガメ族としてチカラを上げたのう」
「日々、勇者やその子孫を見つけるように努力していた甲斐がありました」
どうやら、オト姫様はオレが異世界転生者だということをはじめから知っているようで、思わず動揺しそうになるもポーカーフェイスを保つ。それに、エリスのことを転生者の子孫と言い当てた。
正確には、オト姫様だけではなく亀山さんをはじめとするウミガメ族にも知られていたようだが。
エリスは伝説の勇者の血を引く神官一族出身者なので、『勇者イコール転移者か転生者のみなることが出来る職業』と知っている人からすると、暗黙の了解的にエリスが転生者の子孫だと分かるのだろう。
「さあさ、この者達を宴の席へと案内するのじゃ。亀山もご苦労じゃったな。褒美は竜宮海草サラダ一年分じゃ、ゆっくり静養せい。わらわは、もてなしの支度をしに一度部屋に戻るからのう」
「竜宮海草サラダ……一年分も……ありがたき幸せ! 重要な任務を全うできて、カメ冥利に尽きる次第でございます」
オト姫様は宴の準備のため、先に部屋へと戻ってしまった。
「イクト様、エリス様、こちらでございます」
セクシー人魚に先導されて、城門をくぐり城内へ。広い日本庭園には、海の中なのに池があり、鯉に似た深海魚が悠然と泳いでいる。城で働く人たちは人魚や半魚人などがメインだが、オト姫様のような人間型や亀山さんのようなウミガメ型もいるようだ。
亀山さんの言っていたとおり、宴が行われる広間は地球と全く同じ水のないエリア。先ほどまで濡れていた髪の毛や水着も一瞬で乾く。
きっと、この空間自体特別な魔法がかかっているのだろう。
「一瞬で地上にいる状態と同じになりましたわね。これなら食事がしやすそうですわ」
濡れていたエリスの銀髪も一瞬でサラサラヘアに戻る。
「ああ、水の中じゃ美味しく食べられないもんな」
宴の広間ではすでに、舟盛りやにぎり寿司、サザエの壺焼き、アワビのステーキ、巨大な鯛の姿造りやアクアパッツァなどの魚料理を中心に食事が用意されていた。
「勇者様、神官様、ようこそ。竜宮パレスシェフの舟木と申します。本日のメニューは、転生者のお口にも合うように地球テイストを意識しております」
「地球テイスト……か」
シェフの説明を一通り聞き終えて、ふと実感したことをこっそりエリスに耳打ちすると……。
「……もしかして、オレ達って結構計画的に連れてこられてたのか?」
「さぁ? ですが、イクト様もオト姫様にいろいろ訊くチャンスかもしれませんわよ。ほら、ここ数ヶ月異世界転生者IDについて話題でしたでしょう? 竜宮パレスと言えば、異世界転移の元祖とも呼ぶべき伝説の場所、その城主のオト姫様なら何か転生者の秘密について知っているかも……」
なかなか、ポジティブな思考のエリス。だが、よく考えてみればエリスも転生者の血を引いているのだから、完全な異世界人という訳ではないのだろう。
「なるほどな……っていうかエリスは異世界人のわりに、転生者の事情について詳しいよな。やっぱ、転生者の血を引いているから……とか?」
「ええ、元の世界に還ったと言われている自分の祖父……つまり勇者ユッキーについて気になるのは当然ですわ」
伝説の勇者ユッキー。
かつては、オレ自身の前世なのではないかと思われていた人物だ。今では、そのユッキーがオレの前世だったか否かは分からずじまいだが。
「そっか……やっぱ気になるのか……。竜宮サイドもオレ達が異世界転移や転生のことを気にしてるの分かっていて、ここに連れ出したのかもな」
オレとエリスが二人きりの時にピンポイントに狙われた理由は、そこだろう。
「それに……招かれたのは、どうやら私達だけではないみたいですわよ」
エリスがオレの隣の席をちらりと見る。
オレ達意外の食事が用意されているのは明白だ。てっきりオト姫様の分かと思われていたが、オレの目の前の席で従者が姫様の分と準備し始めた。気が付くと、ドレスアップしたオト姫様の姿。
「もうすぐ、あと一人のゲストが来るぞ。お主達も知っている人物のハズじゃが……」
瞬間、魔法陣が広間の入り口でキラリと輝く。
現れたのは、黒髪ショートヘアのボーイッシュな赤いビキニ装備の女勇者の姿。
「レイン!」
「ああ、やっぱりレインさんでしたわ」
「イクト君、エリスさん……良かった無事だったんだね。突然、テントに魔法陣が出来ていて、二人ともいなくなっちゃって……心配したんだよ」
レインの隣にはピンク色の花飾りを頭に装備したウミガメ。瞳が大きくくりっとしていて可愛らしい容姿のウミガメだ。女の子だろうか。
「ふぅ。もう一人転生者を発見したから、連れてきたわ。お兄ちゃんったら、どこか抜けているのよね。あとで竜宮海藻サラダをおごらせてやるんだから!」
どうやら、別のカメに連れられて来たようだ。っていうか、お兄ちゃんってもしかして亀山さんのこと?
「うむ。全員そろったな。では宴を始めよう。まずは、ゆっくり海の幸を堪能するが良い。楽師、演奏開始じゃ」
『ようこそ、転生者様とそのご親族様。竜宮楽団による演奏をお楽しみ下さい』
楽団衣装の人魚達が、貝殻で出来た横笛やホラ貝、弦楽器や銅鑼などで南国王朝風の曲を奏で始めた。
緩やかなテンポの音楽に癒されながら、赤みのきれいなマグロのにぎり寿司や、濃厚なアワビのステーキに舌鼓を打つ。
「しかし、めいいっぱい異世界人だとか、その親族だとか把握されてるな」
「ログアウトで悩んでたのが、ばかばかしくなるくらい情報がオープンだね」
「ですわね」
苦笑いするレインとエリス。
「ふむ、そのことでお主達に話があるのじゃ……ログアウト、つまり異世界から現実への帰還じゃな」
楽しく進んでいた箸がぴたりと止まり、三人の視線が一気にオト姫様に集中する。
「のう、お主達。ログアウトする権利……つまり玉手箱に興味はあるか?」