第六部 第27話 オフ会は独立ギルドで
七月の学園期末テストも無事終わり、ゆるやかな気持ちでスマホゲームを片手に楽しみながら夏休みを待つ……異世界転生する前のオレだったらこの日曜日はそんな風に過ごしていただろう。
本来なら、このジリジリと茹だるような夏の日差しを避けて一日くらい冷房のよく効いた部屋でゆっくり休みたいものだ。が、異世界転生者向けのオフ会が開催されることになったため、休暇はしばしおあずけ。緊張とともにオフ会当日を迎えた。
異世界転生者専門サイトの登場、いつの間にか登録されていた転生者ID、そして今回のオフ会……確実にこの異世界へと転生した者同士の距離が近づいてきている。
ダーツ魔法学園寄宿舎の自室、鏡の前で身支度。
清潔感を心がけて白いリネンの半袖シャツをラフに前あき状態で羽織り、インナーに魔法防御力効果のある紺色のTシャツを合わせる。胸にはアミュレット効果付きの革紐のロングネックレス。ズボンはシンプルな黒だが、こちらも一見、私服に見えて守備力効果の高い冒険者用装備だ。チェーン付きのベルトには飾りに見せかけた装備収納用の小型キューブを身につける。
万が一、モンスターとのバトルになってもハイテク魔法小型キューブから武器やアイテムを取り出して戦える。何かと便利だ。
腕時計はレトロなデザインと手ごろな価格で若者に流行中のデジタルウォッチ。
黒のボディバッグにはハンカチ、財布、スマホなど。
「こんなもんか……一応、緊急バトルにも対応できるし、ぱっと見た感じ普通の私服に見えるし」
「そうですね。ごく普通の学生さんの休日って感じです」
リス型精霊のククリがファッションの感想を述べる。
時刻は午前十時半。
「会合は正午からだけど、レインやマルスと校内で待ち合わせしているし、そろそろ出かけないと……」
テーブルの上に置いたガラスのコップを手に取り、冷たい麦茶をぐいっと飲み干す。
すると、身支度を見守っていた守護天使エステルがオレの服装を見て一言。
「イクト君、今日は勇者コースの先輩が設立した独立ギルドのお祝い会なんでしょう? その服装でも爽やかで素敵だけど、もう少し勇者っぽいファッションに変える? それとも、先輩勇者の手前、あまり目立ちすぎないように私服がいいのかしら」
「あんまり目立たない方が気が楽だし、いいよ。それにレインやマルス、オレも含めて、先輩も後輩もみんな職業勇者だから……」
勇者コースの先輩が設立した独立ギルド……今回のオフ会を主催しているのはその独立ギルドだ。エステルには今回のオフ会の内容を詳しく説明していないので、あくまでも転生者同士の交流会ではなく、勇者同士のギルド設立のお祝い会だと考えているのだろう。
「独立ギルドですか……今まではダーツ魔法学園内のギルドがクエストを仕切っていましたが、毎年卒業生が増えるわけですし、そのうちは独立ギルドが必要だという声が挙がっていました。イクトさんは卒業後、そちらのギルドに所属変更となる可能性もありますね」
エステルとともにオレのファッションチェックをしていたククリが独立ギルドについて語る。
「ああ、そういえばそんなような事が案内状に書いてあったっけ。ダブル所属も可能なんだって」
「へえ、クエストを受けられるギルドが増えて良かったねイクト君。学園の期末試験も終わったし、ゆっくり羽根をのばしてね。いってらっしゃい」
エステルが天使の羽根をパタっと動かして笑った。
「楽しんできて下さいな」
ククリもリス特有の大きなしっぽをふわふわとさせながら、小さな手を振る。
「そうするよ、行ってきます!」
学園校門側の案内所で待ち合わせ。オレ、レイン、マルスの順に到着。
オレはリネンを取り入れたカジュアル、レインはふわっとした濃紺のワンピースに黒のレギンスでナチュラルな女の子風。マルスは白のTシャツにカーキーの上着、ベージュのハーフパンツ……ちょいワル系の大学生っぽいファッションだ。
それぞれ、私服に見えるもどうやら魔法防御効果の高い装備を心がけているようで、やはり勇者なんだと実感させられる。
「イクト君、お待たせ。今日は久しぶりにカジュアルだね、似合ってるよ」
「ありがとう、レイン。レインも今日のファッション似合ってるよ」
「ふふ、嬉しいな」
「おっマルスも到着か……マルスは何だかいつも大人っぽいよな」
「えっオレ? ああ、まぁこれでもだいぶ年相応に近づいたって感じだしな」
マルスの年相応というのは、やはり現実世界での実年齢のことだろう。
こっそりマルスが教えてくれたが、彼の現実世界での実年齢はオレより二歳年上だ。一回目の転生時は高校三年生、大学生になるはずだった春に二回目の転生をし、現在に至るそうだ。
レインは予想通りオレと同い年。最初の転生時は高校一年生、二回目の転生時では高校二年生になる予定の春に転生している。
学園内では人の目も気になり、現実世界でのお互いのことは話しにくかったが、このオフ会を機に心の距離が縮まるだろう。
「じゃあ、三人そろったし行こうか。独立ギルドはここから歩いて十五分くらいだっけ?」
「うん、ストリートの裏だね。行こう」
「もしかしたら、就職先になるかも知れないしなぁ。ちょっと緊張……」
「はは、大丈夫だろ」
就職先を思わず意識するあたり、マルスは大学生気分が抜けていないようだ。この世界に永住する覚悟が、心の中で決まってしまっているのかも知れないが……。
ざわつく休日の大通りを抜け、地図にある路地裏を目指すも似たような通りが多くて分かりにくい。そして、人の多さも相まって気温が暑く、思わず額からこぼれる汗を拭う。
「この道でいいんだよな」
思わず、大通りの途中で足を止める。
「会員制のギルドだし、ちょっと目立ちにくい場所にあるのかもね。でも多分ここから裏道に入るんだと思うよ」
オレたち三人が裏道の入り口で立ち止まっていると、
「先輩! こっちですよ」
と、聞き覚えのある声。
勇者コース後輩のキラとミリーが手を振っている。
彼らは既に独立ギルドに所属を申請していて、学園ギルドには所属しない方針だそうだ。学園ギルド側も独立ギルドとの提携を決定したという。
キラ達に案内され、飲食店を居抜きで買い取った喫茶店風のギルドに到着。木の扉を開けると既に先客がちらほら。
「ようこそ、独立ギルド・クオリアへ!」
ギルドの名前はクオリア……心の感覚を表す言葉だ。アバターの擬似ボディに魂を宿している大部分の転生者達はおそらくクオリアという感覚でこの異世界を生きている。転生者向けギルドにぴったりなギルド名だろう。
ギルド受付嬢がウェルカムドリンクを差し出す。今の季節には嬉しいアイスティー。
お祝い会という事もあり立食形式。通常は喫茶店風の飲食スペースになるそうだ。テーブルにはサンドウィッチやピッツァなど手軽に食べられる軽食中心。
しばらくすると、主催者の勇者コース卒業生が設置されたマイクの前に登場。
「今回は勇者コースオフ会兼独立ギルド・クオリア設立記念パーティーにお集まりいただき、ありがとうございます。クオリアは異世界転生勇者向けギルドです。ログアウト希望者も異世界永住希望者も……転生者という共通点のある勇者達がともに手を取り合うギルドにしたいと考えています……乾杯!」
「乾杯!」
ギルド内に響くグラスの音。
転生者達の繊細な心が向き合った気がした。




