第六部 第26話 勇者コースオフ会の案内
授業開始10分前のベルに急かされるように、教会を出て勇者専門コースの教室へと足を早める。
異世界転生者専門サイトの存在、そのサイトにログインするためのID、異世界転生者と現地人との配布IDの違いなど……マリアとの情報交換で意外なことがたくさん判明したが、一旦授業だ。
校舎のドアをくぐり、二階への階段を駆け昇り、呼吸を整えてから教室へ……なるべく平常通りを努めよう。
「イクトお早う、今日はちょっとゆっくりめだな」
黒髪黒目の同級生勇者マルスに声をかけられる。
勇者コースの生徒は転生者の割合が高いという情報をマリアから訊いたばかりだったので、もしかしてマルスも……といろいろと訊いてみたかったが気持ちをグッと抑える。
「マルスお早う。今朝は早めに起きたんだけど、教会のミサに出たり、ミーティングをしたりしてたんだ。結果的にいつもより遅くなっちゃったけどさ……」
オレがしどろもどろに答えるとマルスは笑って、
「ああ、なんかそういうの分かるよ……オレもだいぶ昔に……いや、なんでもないや。そうだ、今日の二限の授業は抜き打ちテストがあるらしいぜ。先生が来る前に予習しとけよ」
と、何かをごまかすような素振りを少しだけ見せられて複雑な心境になる。
マルスのだいぶ昔に……の『昔』とは、この異世界へと転生してからのことなのか、それとも転生以前のことなのか……。
オレは異世界転生する以前は高校一年生……つまり十六歳だったが、他の人は何歳くらいだったのだろう?
よく考えてみると、オレは他の転生者たちについて何も知らない。
いや、正確には知ろうとしなかったのかも知れない。そんなにたくさんこの異世界に転生者がいるなんて夢にも思わなかったからだ。
マルスは以前から、オレよりも年上のような気がする時がある。しっかりしているし、他の生徒たちより落ち着いている。他人に対する嫉妬心とかも見せないし……変な言い方だが、子供っぽい学生のことは相手にしていないような感じすらある。
それに、女勇者レインとは不思議と話が合うと思っていたが、彼女はオレと同じく転生時高校生だった。でも、ごく普通の女子高生ということしか聞いていないので年齢は分からない。なんとなく同い年のような気がするけれど……。
長く一緒にいたつもりだったのに、結局お互いのこと何も知らないんだ。まるで、スマホゲームのユーザー同士のように……。
相手の素性が分からない者同士で遊べるところが、スマホゲームの良いところだが、今回のように自分たちの肉体がアバター化した状態で異世界へと転生しているという状況では、もっと話し合いの機会を持つべきなのだろう。
情報通であるマルスの助言に従ったおかげで、二限目の抜き打ちテストは何とか乗り切ることが出来た。
その後はいつも通りにランチタイム、同学年の生徒同士で集まって食事。
今日のランチは点心風セット。
あんかけ野菜丼、水餃子、ザーサイ、杏仁豆腐、そしてネオモンスターまんである。
ネオモンスターまんは地球でお馴染み肉まんの異世界版。巨大モンスターの肉を使っており、見た目はモンスターのイラスト入りで可愛いが、味は少しニガテだ。デザートのプルっとした杏仁豆腐が美味しく、ネオモンスターまんを避けてそちらを先に食べてしまった。
「あれっ? もしかしたら、イクト君ってネオモンスターまんニガテなの?」
レインがオレの一切、手をつけていない皿を見てきょとんとした表情で尋ねてくる。
「ああ、小さい頃からちょっと……」
苦笑いでごまかすオレ。
「ふうん、美味しいのに……私、これ大好き!」
「なんだぁ、イクト。今日は大人への第一歩だと思って挑戦してみようぜっ。ほら、一緒に……」
一緒に? マルスの皿を見ると……なんだ人のこと言えないじゃないか……。
「あのさ……もしかしてマルスもネオモンスターまんニガテ?」
「ニガテって訳じゃないけど、食べるの久々で何となく進まないんだよ。なんて言うの……拒否反応?」
「それってニガテなんじゃないか……よし、じゃあお互いニガテ克服で……せーのっ」
ガツガツっと男らしく、ネオモンスターまんを……ってあれ?
「このネオモンスターまん……すごく美味しい……」
その後は自然と食べて、完食。
「そうだな、なんでこんなに避けてたんだろう? やっぱ食わず嫌いは駄目だな。今日はひとつ大人になれて良かったなイクト」
何故か、お兄さん目線でオレの肩をポンっと叩くマルス。いや、本当に彼は年上なのかも知れないが……。
「イクト君、良かったね。ニガテな食べ物が克服できて」
レインが笑顔でウーロン茶を差し出す。
「サンキューレイン。このウーロン茶なんかクチの中がさっぱりするな」
「ははは。なんかもう二人は夫婦みたいだな。やっぱイクトはレインとも婚約した方が良いよ。きっと心の支えになってくれるぜ」
マルスにからかわれ、オレもレインも顔を赤くするが、マルスの表情はいつもよりどこか真剣だった。
「マルス……お前……」
オレが意を決してマルスに転生者なのか訊こうとすると、遮るように背後から気の弱そうな少年の声。
「あのぉ……お食事中のところスイマセン。この回覧版にサインをお願いします。なんでも、勇者コースの卒業生からの極秘のものだとかで……」
「ああ、ありがとう。えっとキラ君だったよね、中学一年生の……」
少年は赤茶色の天然パーマ気味、おどおどしていなければ割と強くなりそうな勇者風の少年だが……。
「はい、気が弱いけど一応勇者コースの生徒なんですぅ……」
すると、いつの間にかキラ少年の隣にいた少女がキラに活を入れる。
「一応はいらないのよ、もっとシャキッとして!」
「うう……ミリー、ゴメン。あの、先輩……僕たちもその回覧板に載っているオフ会に出席しようと思っているんです。その、よろしければ一緒に行けたら心強いなって……」
「もう、こういうのは本人たちの意思を尊重しなきゃ駄目でしょ! えっと……回覧板はあとで私が直接主催者の方へ持って行きますので……」
【勇者コース第一回オフ会のお知らせ】
勇者コースのみなさん、こんにちは。
このたび、異世界転生者専門サイトが発足され、急速にログアウトという用語が転生者たちの間で流行しています。
現時点で勇者コースの生徒は、ほぼ全員が異世界転生者だと言われています。間違った知識がみなさんに伝わる前に、勇者コース卒業生主催のオフ会を開催する運びとなりました。
勇者コースの在校生、卒業生ともに交流を深めましょう!
追伸……状況によっては今後のオフ会で高難易度クエストに挑む可能性があります。協力してくれそうなギルドメンバー有志がいましたら、お声をかけて下さい。
明快な内容に思わず絶句するも、無言で三人とも出席に丸をつけた。オフ会という表現を敢えて使っているのは、スマホゲームを介して異世界転生してきた事の暗喩なのだろうか?
「はい、ありがとう」
さすが、女勇者……レインは後輩の女勇者ミリーに優しい笑顔で回覧板を渡す。
「! ありがとうございます。代表に渡してきます」
「あっ待ってよ」
パタパタと、慌ただしく転送アイテムでどこかへとワープするキラとミリー。
「オフ会か……」
「いいんじゃないの? そろそろ、オレたち勇者コースも本当の勇者らしい活動をする時期なんだよ……きっと」
「うん……そうだね。みんなで頑張ろう」
どうやらオレたち勇者は望む、望まないに関わらず、異世界転生者の因縁解消のクエストをこなす事になりそうだ。頼りになるギルドメンバー達とともに……。