第六部 第25話 異世界転生者ID
朝のミサを終え、マリアと雑談していたところ異世界転生者の少女が神父さんにログアウトの儀式を懇願する姿を見かける。
マリア曰く、異世界転生者専用のサイトが何者かの手により立ち上げられたそうで、ここ数日の間に急激にログアウトという言葉が転生者たちの間で使われるようになったそうだ。
可能性としては……もしかすると、レインもそのサイトの影響で突然ログアウトについて気にし始めたのかもしれない。
「……調べてみるか、その異世界転生者サイト」
「それがいいですね。では、ギルドのミーティングルームに移動しましょう」
マリアとともに、教会敷地内に併設されている所属ギルドのミーティングルームへと移動。
現在朝7時38分……授業が8時30分開始なので、インターネットのサイトを調べる事くらいは出来るだろう。
ギルドカードをミーティングルームの出入り口に設置されているセキュリティ用ロックにかざして、ドアを開ける。
『ミーティングルームの使用目的を入力して下さい』
ピピピッという音とともに機械的な音声に促されて、使用目的を入力。
「……ギルドチームの打ち合わせ……っと」
嘘ではない。
オレとマリアは同じギルドチームのメンバーだし、転生者サイトについて調べることも冒険者としての情報収集の活動と言えるだろう。打ち合わせの一部のようなものだ。
『チームイクトのミーティングルーム使用を許可します』
さっそく、部屋に入る。
会議用の長いテーブルと椅子、パソコンが一台。
マリアが気を利かせてくれて、ミーティングルーム付近のフリードリンクコーナーからアイスティーを持ってきてくれた。二人きりのミーティングではあるが、形だけでも一応はそれっぽくなる。
「アイスティーです。イクトさんどうぞ」
「マリアありがとう」
椅子に腰掛けてアイスティーを一口飲むと、ひんやりとした感覚と程良い甘さが喉の乾きを癒してくれる。
気持ちが落ち着いたところで、本題だ。
とりあえず、その異世界転生者サイトにアクセスしないことには話が進まない。何となく、備え付けのパソコンをちらっと見るが……。
「ここのパソコンからアクセスするのも気が引けるしなぁ。スマホからサイトにアクセスするか……」
オレがスマホからインターネットに接続しようとすると、マリアがやや遠慮がちに話し始めた。
「実は……私、教会のお手伝いをしている関係でその異世界転生者サイトのホームページアドレスを入手しているんです」
「えっ、じゃあマリアはもうそのサイトにアクセスしたんだ。どうだった?」
思わず、インターネットサーフィンしようとしていた手が止まる。
さっきはサイトの存在だけを把握しているかのような様子だったので、意外である。
「それが……サイト入り口のページにはアクセスできるんですが、異世界転生者専用のIDが必要だとかで、私のような現地出身者には中を調べることが出来ないんです。残念ながら、教会で働いている者はみな現地出身者ばかりでサイト内の詳しい内容を調べることは出来ませんでした」
よく会員制のサイトではログインのために使用されるID制度だが、異世界転生者IDなんて聞いたことがない。
「異世界転生者ID……。つまり、現地人のマリアはIDを取得できないんだよな。それでマリアはサイトの存在だけは知っていたのか」
「ええ。神父様は相談者と一緒にそのサイトの内容を見たようですが、さすがに個人の情報は漏らさないので……。ただ、公開情報としてサイトのアドレスだけは私たちにも伝達されているんです。ギルド内でも伝言板コーナーでアドレスを公開する予定だそうですよ」
相談者は全員異世界転生者だ。
そのサイトにアクセスしたことがきっかけとなって、動揺している者が増えたという事はその人たちは自分のIDを知っているのか。
「……ってことは、異世界転生者であるオレは本来はIDを取得しているはずだよな」
「ですね……。ギルドの冒険者用ページにも載っているらしいですよ。何かそれらしい番号とか書いてありますか?」
冒険者情報ページ……勇者としてのステータス画面や冒険の記録、成績や称号などが記録されているページだ。アプリから情報を見ることが可能である。
まるで、本当にゲームのステータス画面のようだと感心したこともあったが、逐一、データとして冒険の記録や身体情報が管理されていることの裏返しなのだろう。
「アプリを立ち上げて……ステータス画面を開く……」
アプリを開くと、ポロロローン! と楽しそうな効果音。
オレ自身の現在の情報を確認する。
【ステータス】
勇者イクト 職業:学園勇者(ランク星4)
レベル:24(レベル25で星5にランク移行)
HP:1500
MP:115
攻撃武器種:棍・剣・槍
装備武器:ロングソード・改
装備防具:ダーツ魔法学園男子学生服・アクティブベルト
装飾品:携帯用バッグ・呪いよけのペンダント
呪文:回復魔法小、攻撃魔法
【備考】
ランクアップ後は、新たな魔法が使用可能になる予定です。
「うーん。一応、オレの情報はこのページに載っているけど、異世界IDは載ってないなぁ。他に情報ページってどんなのがあったっけ?」
スマホ画面とにらめっこしながら、IDを探すも、ステータス画面にはそれらしきものは見あたらない。
マリアも自身のアプリを立ち上げて、再度確認してくれる。
ピッピッと鳴る電子音。マリアのスマホ画面にも彼女自身のステータスが表示されている。
この画面に表示されているHPやスキルなどは、自分自身のことのはずだが、数字化されたデータを調べていると、一瞬、二人でスマホゲームを遊んでいるだけのような感覚におそわれる。
「ギルドメンバーページ、図鑑、マップ……ユーザー情報……ですね」
「ユーザー情報……そういえば、普通のスマホゲームはその画面に個人のデータが載ってるよな……」
【ユーザー情報】
ユーザー名 結崎イクト
異世界転生識別ID 19041101
「あった! 異世界転生識別ID……いつのまにこんな名称に? 昔はただのIDだったような……マリアは?」
オレが異世界転生者専用の識別IDを確認すると、マリアは首を横に振り、否定した。
「ありませんでした。現地識別IDとなっています。どうやらこの画面で、転生者か現地人か判別できるみたいですね。数日前に調べた時はただのIDとだけ書いてあった気がするんですけど……」
「だよな。その転生者専門サイトに連動して、IDを振り分けているのかも……」
「どうします? アドレスはこのメモ用紙に書いてあるものになりますが、識別IDをサイトに入力してログインすると確実にイクトさん本人ってばれますよね……」
「そっか……自分自身だとサイト側に表明することと引き替えに、重要情報をゲットするって感じだな」
リーンゴーン!
「授業開始十分前の鐘ですね……どっちにしろもう時間がありませんし、イクトさんは今日の授業と放課後のデート試験に専念して下さい。もう少し私も調べてみます」
「あとでオレもレインにも詳しく訊いてみるよ。ありがとう、マリア」
足早に教会を出て、勇者コース専門教室へと向かう。
やや曇りがちだった早朝に比べて、雲はいつの間にか消えていて太陽が昇り、夏直前の熱い日差しだ。
青空が、オレの冒険の行く末を明るく照らしているような気がした。