第六部 第23話 夢オチなんて呼ばせない
『だから次に会うときは……私があなたの花嫁に……』
目を覚ますと柔らかなベッドの中、初代勇者様に仕えていたとされる召喚士の遠い遠い記憶……。
「ミンティア大丈夫? 魘されていましたわよ」
「リリカ……」
守護天使リリカが私を心配して、のぞき込む。
カーテンからほんのりと感じる朝の光。けだるい身体を起こし、置き時計を確認する。朝七時……移動が楽な寄宿舎制の学校とはいえ、もう支度をしないと……。
「朝、起きたらミンティアの苦しそうな声が聞こえて……思わず起こしてしまいましたわ。今日は学校お休みにした方が良いかしら?」
この聖女用寄宿舎には勇者用の部屋と異なり、ロフトルームが付いていない。
けれど、お互いのプライバシーの確保のため、最近リリカは部屋の奥にあるウォークインクローゼットを守護天使用の部屋として使っている。
クローゼットから天使の羽根がはらはら……心配して飛び出してくれたみたいだ。
「大丈夫だよ、ありがとう」
「もしかして……また前世の夢をみていましたの?」
前世……アースプラネットでは当たり前のように認識されているもの。けれど、何代も前の前世の記憶を維持している者は少ない。
「うん……初代勇者様にお仕えしていた頃の夢……私、遙か昔から召喚士だったんだね。ミンティアラは勇者様を元の世界へ戻すことが出来なくて……それからずっと罪の意識を抱えながら、何度生まれ変わっても勇者様と距離を置いていた」
胸がズキリと痛い。
この痛み……これはミンティアラの記憶?
「ミンティアラは私が初めて守護した少女でした……勇者様への淡い恋心を隠しながら、彼に一途に仕えた素敵な女の子でしたわ」
リリカは私の前世を知っているのかミンティアラを想い、どこか悲しそうだ。
「でも、私は前世に関係なくイクト君のことが好き……私は私……なのに、ミンティアラ本人ではないけれど彼女の痛みも感じる……」
「ミンティアラは生まれ変わる度によい行いをたくさん積み、10回目の転生である今回……聖女ミンティアとして勇者様の運命のソウルメイトになることができたのですわ。きっと大丈夫」
しばらく封印されていた私の最初の前世の記憶。ミンティアラと呼ばれていた頃の魂の記憶……勇者様に片思いをしていた頃の切ない想い。
「……聖女には、特に前世を感じ取るチカラが強いと言われています。ミンティアラのつらい記憶もあなたの胸に……でも、ミンティアの場合、イクト君とは夫婦の誓いを交わしているのだからあの頃とは違いますわ……」
「うん……私とイクト君は固く心で結ばれているんだもの……」
大好きなイクト君。
伝説の勇者の魂を代々受け継いできた私の世界で一番大切な人。
でも、私はイクト君が勇者でなくても、前世の関わりがなくても、きっと彼のことを好きになった。
この気持ちはミンティアラのものではない。
ミンティアとしての……私だけの甘く切ない想い。
「実は……イクト君の守護天使エステルからさっき連絡があって、イクト君に初代勇者の記憶が継承されたそうなの……初代勇者様とイクト君はイコールではないけれど、使命を受け継いでいるからその影響がミンティアに出たんじゃないかと思って……」
「イクト君に……初代勇者様の記憶が?」
「ええ。今の身体がまだ完全転生体では無いことも知ったとかで……」
「……イクト君……」
イクト君は地球という星からここに転生してきた勇者様だ。
アースプラネットと地球では時間軸が違う。
地球での1時間は、この世界では1年間。
以前、彼の幼なじみである地球育ちの令嬢が塔に20年間閉じこめられていたのに年齢を一切とらなかったことに疑問を抱いたギルドメンバーも多かったみたいだけど、前世の記憶を何代も継承してきた私にはその仕組みが理解できていたので不思議には感じなかった。
きっとあの塔は地球時間基準のものなのだろう。
だから、彼女は20時間塔の中で暮らしていただけなのだ。
外の世界では20年間経っていたとしても。
召喚士は時間軸と異空間をコントロール出来なくてはならない。既にあの令嬢は地球の時間軸に還ってしまった。彼女の時間軸ではイクト君のいない地球での暮らしが進んでいるのだろう。
私たちとは別の時間軸に還ることで……。
それにあの令嬢は地球人と魔族のハーフ。
元々魂の仕組みがイクト君とは違うのだ。きっと彼女と一緒にいた少女も純粋な人間ではなく魔族の血を引いているのだと思う。
あの時、イクト君たちの空間転移が成功したのも魔族特有の魔力の助けがあったから。
そして、この世界の魂が地球に戻ることが出来る時間は24時間。
アースプラネットでは24年に該当する。
イクト君は既にこの世界で二度転生体を得ているけれど、まだ二度の転生体の時間を足しても24年経っていない。
つまり、地球にあるイクト君の時間軸ではまだ24時間過ぎていない。
地球に還ることは可能かも知れないけれど……ログアウトの儀式はほとんどのケースが失敗するという。
魔獣が復活する以前は異世界へのゲートをくぐれば、私たち異世界人でも地球へ行くことが出来た。イクト君も異世界転移したばかりの頃は何度か向こうへ還っていたようだし、それが普通のことだった。
イクト君がこの世界にやってきてから……ここの時間軸では20年も昔だけど……魔獣が復活したことによりログアウトが難しくなった。
でもそれは本来の異世界の常識に戻っただけだ。
この世界は地球では天国とか楽園とか呼ばれている世界。
ログアウトは地球の感覚で言うといわゆる蘇生行為に等しい禁呪なのだ。
しかも、イクト君は幸か不幸か24時間中に二回も転生してしまっている。通常の人よりもさらにログアウトが成功する可能性は低いだろう。
けれど……もし彼がどうしても地球に戻りたがったその時は……私はどうすればいいのだろう……。
「ミンティア……もしかしてログアウトの儀式のことを考えていますの?」
「うん……もし、イクト君が地球に還りたがったら……私……」
私はイクト君のことが大好きだから、彼の願いはなんでも叶えてあげたい。
でも私は彼の花嫁。
イクト君とずっと一緒にいたい……永遠に……。
「ミンティア……何か考えていますの?」
「……ログアウトが成功して、地球に戻った人たちはみんなこの世界のことただの夢の世界だと思っちゃうんだって……地球で死にそうになって、魂が天国で暮らしたけど還ってきたっていう……そんな記憶……」
いわゆる夢オチと呼ばれる現象。
よくある物語の終幕のひとつ。
「大丈夫ですわ、イクト君はミンティアの前からいなくなったりしませんわ」
リリカが私の震える手をぎゅっと握ってくれた。
私は今、どんな表情をしているの?
「もし、イクト君が還りたがったら……私も彼と一緒に……地球へ……」
「! ミンティア……? まさかミンティアが地球へ異世界転生を?」
この世界から地球へ異世界転生……異世界人が地球人に転生するための秘術。
自らの魂を魔力に変えて地球人へと転生するそうだ。この術の成功者は少ないらしいけれど……。
「私、イクト君が大好きだから……どんな大変なことでもやってみせる。だって彼は私の運命の人だもの!」
この世界のことを夢オチなんて呼ばせない。
私たちの恋愛を夢の中で終わらせる事なんて出来ない。
彼が地球に還りたがったら、私が彼のところへ……地球へ転生すればいい。
大好きな彼の為なら……私はきっと……何でも出来る。