第六部 第21話 初代勇者の秘密
「イクト君、伝説の勇者の【本当のお話】知りたい?」
守護天使エステルが語るこの世界の秘密、そして、伝説の勇者と謳われた人物の真実。
これは、勇者イクトが守護天使エステルから口伝で受け継いだ遙か遠い昔の隠された物語である。
* * *
人間と天使のハーフであるネフィリム達はノアの洪水を逃れる為に異世界へ転移し、そこで新たなフロンティアを形成した。
「ここは、本来だったら天国として機能しているはずの異世界だけど……。まだ、神様はこの土地を利用する気は無いみたい」
「そうね、もしくは私たちに残された最後の希望の惑星なのか」
彼らはこの世界を『アースプラネット』と呼んだ。地球とよく似た鏡のような星。
本来、人間達が死後暮らすために作られたこの星にはゲートを通じ、様々な種族がワープしてきた。エルフ、ドワーフ、獣人族、魔族、死者の国から転生してきた人間達など。
「誰もがゲートを使えば、この土地で暮らすことが出来る。それがエルフでもホビットでも獣人でも……。私たちにとっては、ここが新たな故郷になるのね」
「今度こそ、幸せになろう。洪水の犠牲となった我らの仲間のためにも……」
ネフィリム達はノアの洪水で滅ぼされそうになった教訓から、強者による権力支配を辞め、多種族とのコミュニケーションを図るようになった。
国家が設立され、ネフィリム達はエルフやドワーフ、転生体の人間達ともに発展を目指す。彼らが目標としたのは商業・娯楽・芸術など、どの種族も楽しく暮らせる本当の意味での楽園。
だが、文化も価値観も異なる異世界から集まった者達。
衝突することも多くなり、やがて異種族である魔族が禁呪で作った【魔獣】と呼ばれる存在の驚異により、ネフィリム達は生存の危機に瀕する。
種族を超えた戦争は百年以上続いた。
かつて地球では人間達を圧倒し、驚異の存在として神から排除される予定だった種族ネフィリム。まさか自分たち種族が魔獣の驚異にさらされる日が来るとは夢にも思わなかっただろう。
「地球を滅ぼすと危惧された我々ネフィリム族がこれほどまでに劣勢になるとは」
「仕方がないわ……私たちはもう本来のチカラが弱くなっている。魔法は使えるものの、地球の人間たちとさほど変わらない……」
「そんな……誰か、救世主がいれば……」
伝承ではネフィリム族は身体を巨大化するなどして人間を支配したと伝えられていた。
だが、平和な暮らしを続けていた新時代のネフィリム達の中にはそのような巨大化魔法を使える者は残っていなかった。
* * *
魔獣討伐組織聖騎士団では日夜、魔獣討伐の作戦会議が繰り返された。
拠点は教会、彼らのトップは聖職者を中心とした神に仕える者達。
多種族の有志達と協力して作られた、ギルドと呼ばれる討伐組織のひとつである。
「結局、神頼みか……このような教会を作ることになるなんて。神に滅ぼされそうになったというのに……」
「所詮、我々は神のしもべ……天使族の血を僅かながら引いているということでしょう」
神に滅ぼされそうになった種族が教会を作り、聖騎士団を名乗り、神に祈りを捧げるなど……と反対するネフィリム達もいたが、彼らは人間であり……天使なのだ。
ある満月の夜。
特にその日の会議は遅くまで続いた。
会議室には各種族の代表者達が出席。既に男性の聖騎士達は帰らぬ者となり、いつの間にか代表者は国に残された彼らの姉や妹などの……女性ばかりの組織となった。
「見渡す限り女しかいない……とても戦争に勝てるとは思えないわ。こんなギルドじゃ……」
「せめて、代表者くらい男性が残っていれば良かったのだけれど……」
もちろん、代表者も気が付けば全員未婚の若い女性達。最初は聖騎士である兄や弟の代理として出席していたはず……。
魔法が使えるとはいえ、か弱い若い女性達中心の組織に勝ち目はないように見えた。
「魔族が造りし魔獣……様々な生物の憎しみや哀しみを糧に、どんどん強くなる……。私たちネフィリムのチカラでは勝てないのかしら? かつては神からも畏れられた種族の末路がこんな状態なんて……」
絹のような長い黒髪、深い海のような青い瞳、小さな形の良い唇。ネフィリム族の修道女である美しい乙女シスターマリアンヌの表情が曇る。
「いや、シスターマリアンヌ……。ネフィリム族だけじゃないさ……精霊に次ぐ魔法を司るとされているアタシ達エルフ族だって手も足も出ない……。悔しいよな魔族の造った魔獣に追いつめられるなんて……」
ハーフアップに結んだ金髪から覗く、とがった耳はエルフ族の証拠。愛用の剣を握りしめ、悔しさを隠せない様子。彼女の名はアズリーサ、エルフ族の美人魔法剣士だ。
当初はマリアンヌと衝突をしたこともあったが、いつしか二人はかけがえのない仲間となっていた。
「もう降参する時期なのでしょうか……」
「マリアンヌ様、アズリーサ様……元気を出して下さい。もうすぐエルリス様とミンティアラ様が御神託を終えて戻られますにゃ」
おつきのメイドである美少女ルーコが二人を励まし、優しくお茶を淹れる。彼女には猫の耳が……メイドは猫耳族と呼ばれる獣人族だ。
特にこれといった作戦もなく、諦めが漂っていた会議室……その時扉を叩く音がした。
コン、コン、コン。
「ただいま戻りましたわ」
ベージュ色の長い髪をさらりとなびかせた神秘的な美少女の名はエルリス。エルリスは高名な神官の血を引く巫女のトップだ。戦闘には出ないが御神託により戦略を練る事ができる。
彼女の占いで今まで何とか生き延びてこられた。彼女の手にした神官用のクリスタルの杖が、吉兆を告げるようにキラリと輝く。
「御神託の……結果が出たの……私たちの運命を大きく変える神託が……」
エルリスと共に御神託の儀式を行っていた美少女はこの世界でも珍しいミントカラーの髪をもつミンティアラ。召喚という異世界のゲートを開く未知のチカラを使うことができる。
「運命を大きく変えるチカラ?」
「ええ。私達ネフィリム族がノアの洪水から逃れる時に、偶然一緒に転移した神の武器を使い、魔獣を遠い時代に封印するように……との御神託ですわ。討伐を未来の可能性にかける……ということになりますが……」
やや複雑そうな表情で御神託の内容を話す神官エルリス。
「遠い時代に封印……それって未来に負の遺産を押しつけることにならないか? でもそれしか今は方法が無いのか」
アズリーサも同じく複雑そうだが、御神託が正しいようにも感じているようだ。
「でも、地球から転移させた神の武器……あれは純血の人間族の魂を持つ勇者にしか扱えないはず……。私たちは皆人間と天使のハーフだからあの武器は使えないわ」
マリアンヌが、がっかりしたように呟く。
「そういえば……。だからといって、転生してきた人間達が全員あの武器を扱えるわけでもないし……勇者って特別な存在なんだろう?」
勇者が貴重な存在であることを気にするアズリーサ。
「実は、勇者の魂を持つお方が地球にいらっしゃるそうなのです。そのお方を召喚魔法で呼んで私達の勇者様になってもらえるようにお願いしてみようと……」
ミンティアラは、自らの召喚魔法で勇者様を呼び出すつもりらしい。
「けど、人間族は、体の造りが違うから、転生しないとアースプラネットには住めないらしいぞ。しかもノアの洪水以降人間の寿命って縮んだんだろう? なんでも最大で百二十年しか生きられないとか……」
「百二十年……昔は人間族も長生きでしたのに随分寿命が減りましたね」
自分たちネフィリムとの寿命の差に驚くマリアンヌ。
「その代わり、今の地球では錬金術が発展していて不老不死の研究が進んでいるんだそうです。もしかしたら、私たちより高度な魔法を輸入できるかもしれませんわ」
「……この世界では本来住むことが不可能な人間を召喚……御神託が出たからには何か方法があるという事なのでしょう……」
「うん……その方法なんだけど……」
ミンティアラが、純血の人間族をこの世界に召喚させる秘術について語り始めた。
すなわちホムンクルスという魔術で造った擬似ネフィリム体に、地球上の人間の魂を仮召喚するという方法だ。地球上では人間は仮死状態で眠り続け、魂が擬似ネフィリム体に宿るという。
禁呪とされている召喚魔法の秘術。
「そ……その方法は……神はいったい何をお考えに……」
「でも……御神託は絶対……私たちはその方法に賭けるしかない」
地球を代表する巨大文化都市に勇者の魂を宿す若者の姿があった。
彼の名はイクトス。
アースプラネットに初めて召喚された初代勇者である。