第六部 第20話 この異世界のネフィリム達
守護天使エステルは、この世界とオレ自身について知りうる全ての秘密を教えてくれるという。
その場に腰を下ろし、ローテーブルを挟んでエステルの話を聞くことに……。
「イクト君……もう気づいているかもしれないけれど、この世界は現実にある異世界なの。地球からは、ずっとずっと遠い場所にある別の星。そこにキミは最先端技術と魔術を融合させた方法で、いわゆるダウンロードされているの」
やっぱり、アースプラネットは実在している星だった。
けれど、残念なことにオレ自身がデータのようだ。今オレが話したり、食べたりできる肉体の正体は……? 錯覚なのだろうか。
「それは、オレ自身がダウンロードされているって意味? じゃあ今のオレの身体は、データってこと? 本当の肉体は……生きてるの、死んでるの……?」
「……ちょっと複雑な仕組みだから……まず、この世界の歴史について説明するね。そっちの方が理解が早く進むだろうから……」
「理解が早い? 分かったよ。話して……」
エステルはアースプラネットの歴史そのものについて説明してくれるという。オレ自身の今の状態がなんなのか非常に気になるが、この異世界について真実を知った方が早いならそれもいいだろう。
「じゃあ、まずこの異世界の人類について……」
守護天使から語られる昔話はオレの想像を超える、長い長いヒストリーだった。
* * *
「はるか昔、地球での出来事。我々天使族の数人が地上の人間に恋をしました。そして、天使の理に反し、人間との間に子供を作ったの」
「人間と天使のハーフ? 地球で?」
意外なことにエステルが語り出したのはアースプラネットではなく、地球の昔話だ。人間と天使の恋の物語。
「ええ、人間と天使の間に産まれた子供達は人口を増やし、やがて普通の人間達では成し得ない様々な能力を使いこなすようになった。彼らを神様はネフィリムと呼んだ……」
「ネフィリム? 聞いたことがあるような、無いような……。おとぎ話か何かに出てきたっけ」
オレの問いにエステルは小さく頷き、話を続ける。
「強大なチカラを身につけたネフィリムは、ごく普通の人間を支配するようになった。彼らの支配によって、地上は荒れていく。そして……」
「そして……?」
当時を知っているのか、エステルはどこか悲しそうだ。
「天の神様がこのことを嘆き、ネフィリム達を地上から消し去ることにしたの。大洪水によって……俗に言うノアの大洪水」
「ノア……箱船のヤツか……たくさん雨が降ったってヤツだろう?」
それくらいメジャーな物語ならオレでも知っている。ちなみに似た神話や物語が世界各国に残っているそうだ。きっと本当に大洪水が世界中で起きたのだろう。
「洪水により地上からほとんどの生き物が消え、箱船に乗っていたノアの一族と動物達が現在の地球上の生物の祖となったの。地球の歴史からは、ネフィリムはこの時に姿を消した……地球からは……ね」
「地球の歴史からは……?」
「ネフィリム達は人間には無い、不思議なチカラを持っていた。俗に言う魔法と言うもの。大洪水で滅ぼされそうになったネフィリムは、人間が死後に転生するために作られた世界へと魔法を使いワープしたの。いわゆる異世界転移というものを使って……」
「ワープ、異世界転移……もしかして……」
「ノアの大洪水を逃れたネフィリム達が自分たちのフロンティアとして異世界転移した土地がここアースプラネット。この世界はネフィリム達にとっては第二の地球……」
「なんとなく理解できるような……。つまり、この異世界の住民達はノアの大洪水から逃れたネフィリムということ?」
「うん。だから、イクト君達地球人とここの異世界の人たちはルーツは半分同じなの。アダムとイブの子孫という点では……でも血の半分は天使なんだ」
つまり、ミンティア達はオレたち人間とルーツを分けた新種の人類の生き残りと言うことだろうか?
「エルフやホビットは?」
「彼らはこの土地の先住民族だよ、移住者もいるだろうけど」
エステルによるとアースプラネットはかつて様々な星と異空間ゲートでつながっており、よその星からの移住者で形成された星だという。
「うん……ミンティアやマリア達、異世界人のルーツは分かったけど……えっと、そのお話とオレ自身の今の状態との関係は……」
「イクト君……ごめんね、ややこしい話だから。よく考えて」
よく考えて……か。
この異世界の住人達のルーツは人間と天使のハーフ【ネフィリム】という種族。
ネフィリム達は地球で暮らしていたが、ノアの大洪水で滅ぼされそうになり、異世界転移をして逃れてきた。
その話とオレの今の状態に共通点は無いような気がするが……いや、何か重大な部分を見落としている……?
「イクト君……ネフィリムは半分は人間の血だけど、半分は天使の血を引き継いでいる。だからこの世界で生きていけるの……。この世界は本来、普通の人間にとっては死後暮らすために作られた世界だから……」
「死後の世界……俗に言う天国とか極楽浄土みたいなものか」
「だから、本来はイクト君達人間はこの世界では生きていけないはずなの。ネフィリムと人間は、似ているけど違う生き物。DNAの配列や魂の仕組みが違う。ネフィリム達は半分天使だから、死後の世界でも生きていけるけど、普通の人間には……」
普通の人間には……って意味深長なこと言われても、オレもレインも異世界転生してきた人間もここで普通に生きてるぞ?
「じゃあ、今のオレの身体は……? 何?」
ようやく本題に入った気がする。
オレ自身をダウンロードの意味が知りたい。そしてログアウトとは……?
「イクト君の今の身体は人間の魂をデータ化して新しい肉体を与えた……擬似ネフィリム体なの。かりそめの肉体に魂を宿している状態。高性能な着ぐるみの中に魂をダウンロードしているの」
「かりそめの肉体に魂をダウンロード……」
「ネットゲームをプレイするとき、直接そのゲームの世界には入れないでしょう? でもゲーム画面で作ったアバターがイクト君の分身となって二次元ゲーム世界を冒険する」
「つまりこの身体はオレの魂がすっぽり入った着ぐるみとかアバターってこと?」
「そうだね。そしてログアウトは、その着ぐるみ状態のアバターを魂であるイクト君が脱いで、現実世界地球で眠る元の肉体に戻ることだよ。だから、地球でのイクト君の身体はまだ死んでいないの。今のところは……」
オレの本体、死んでなかった。
なんかほっとしたような……やっぱりそのうち死ぬ予感がするような……。
「あの、今のところって……?」
申し訳なさそうにエステルが首を横に振って……。
「擬似ネフィリム体に魂をダウンロードできる期間は限定されている。本来の肉体が魂の抜けた状態に耐えられず本当に死んでしまうの」
「やっぱりオレ死ぬのかよ!」
「でも本体が死んでも、ここは本来死後に転生した人たちが住む世界だから、擬似ネフィリム体をベースに完全な肉体へと進化できる。だから、イクト君がこの世界での定住を選んだ時点で、向こうの肉体は死んだものと見なして……」
「ちょっと待ってよ。今まで異世界転生だと思っていたからこの世界を選んだわけで……せめて、レインみたいに帰りたがっている勇者はログアウトさせたって……」
一瞬エステルの表情が曇る。
「イクト君、伝説の勇者の【本当のお話】……知りたい?」
オレはもちろん黙って頷いた。勇者の真実を知るために……。