第六部 第17話 転生勇者の告白
「では、イクトさん、レインさん……。緊急ですが、今日からお二人のデート試験開始となります。まあ、いつものように自然体で交流を深めてもらえばそれで良いので……」
ふわっ。
リス型精霊ククリはそう告げると、再び光となってどこかへ消えてしまった。
「どっか、行っちゃったな。さすが、精霊。やっぱりあのリスちゃんモードは仮の姿で、真の姿は人間型だろうな……うん。大抵の展開ならそうなるだろう」
一緒に教室でオムライスセットを楽しんでいた同級生の勇者マルスが、感心したように呟いた。
ランチタイム中に突然現れたククリからの通達は、女勇者レインともデート試験を受けるというもの。
「けど……驚いちゃったね。てっきり、勇者同士はカップルとして成立させない規定でもあるのかと思っちゃった」
「そういえば……伝説のハーレムだって、女勇者をメンバーに入れているって設定はなかったような。新しい協会だし、その辺は頭が柔らかい協会なのかも」
婚約者ではないものの、同じ勇者コースの学生同士ということもあり、レインとは親しい。けれど、勇者同士という遠慮からそれ以上の関係ではない。友人という表現が正しいだろう。
だが、美しい女勇者レインを異性として意識したことは、学生生活を通じて今まで何度もある。
オレの心の奥に隠していた、彼女への未練のような感情をハーレム勇者認定協会に見透かされていたかのような気にすらなる。
「今日からデート試験……なんだか急に決まったけど、私でよければよろしくね。多分、イクト君は周りにいる女の子達全員とデートすることになりそうだね」
「えっ! 全員って……。まぁオレなんかが相手でレインがよければ……」
改めて意識しあったせいで、まだお互い顔が赤い。
「まあ、よかったじゃねぇか……。イクトも流されるまま婚約者を増やしてる状況だし……。一番身近にいるレインを逃すなんて、もったいないぜ! それに、勇者同士じゃないと分かり合えない複雑な事情もあるだろうし……っとゴメン、これ以上は駄目だったな」
いつもノリの軽いマルスが『複雑な事情』という、意味深長な台詞の続きを言い掛けるも、話を切る。
『おっと……これ以上は駄目だったな……』
何がこれ以上は駄目なのか。
マルスの言い掛けた台詞の真意を問いたい気持ちもあったが、自分自身の中で、訊いてはいけないという警鐘が鳴り響くかのように、心臓がバクバクとし始めた。
前々から感じていたが、この勇者コースの生徒達はまじめで正義感あふれる者が多い反面、お互い何かを隠しているような……そんな気がしてならないのだ。
けれど、オレ自身も自分が『異世界転生者』であるということを周囲に語らないので、人のことを言える立場ではないけれど。
数ヶ月前、ギルドクエストの最中に前世での幼なじみカノンの情報を得た際に『前世での住まいは地球』という話をギルドメンバーの前でしたので、オレが異世界転生者であるということは、レインもなんとなく気づいているだろう。
* * *
今日の授業が終わり、レインと二人でデートの予定を改めて相談。
既にデート試験の噂が廻っているのか、下校時刻のざわつく教室内で他の生徒達の視線を何となく感じつつも、ポーカーフェイスをつらぬく。
「お二人さん、今日は楽しめよ!」
と、今日のデート試験のことを知る友人勇者マルスは手をひらひらと振り、彼の所属するバトル系ギルドのクエストへと出発してしまった。
きっと視線が集まるのは、噂の所為だけではない。
デート試験を受けることになったので、レインが準備のために学生服に着替えたのだ。
レインはいつも授業中は『伝統的な勇者の装備』というマントに旅人衣装で過ごしているが、今日は午後からずっと制服姿だ。
制服は、可愛らしいリボン付き半袖ブラウスと赤いチェックのスカートである。
普段滅多に見られることのない美脚、スレンダーな体型、清潔感あふれる黒髪ショートヘアには小さめのヘアピンでアクセント。男装を解いた美少女の日常、といった雰囲気。
午後の授業の休み時間のあいだに、「レイン先輩……制服姿も素敵です!」と、彼女にあこがれる下級生が、告白さながらそう告げるのを何度か目撃した。
そんな、下級生達あこがれの女勇者とデート……なんだか緊張してきたな。
「今日のデート試験……どうしようか? 私たち、いつも授業で一緒だけど、二人っきりでどこかに出かけたことなかったものね……」
爽やかで品の良い声色がオレの耳をくすぐり、思わずドキッとする。
緊張がばれないように再び、ポーカーフェイスを努める。
「そうだな、ギルドの観光クエストでどこか良いところを探そうか? ここから行ける近い異世界で、デートに良さそうな場所」
ピッピッピッ!
スマホでギルド情報ページにアクセスし、今日の観光クエスト予定を確認する。
『本日オススメのクエスト……今週の限定観光クエストは2エリア、海岸、山の採取クエスト』
海と山、正反対のレジャースポットだ。
「山はバーベキューの時にみんなで行ったし……。海岸かなぁ、夕日が降りる海辺を散歩……デートっぽいよね。採取可能素材は貝殻だって」
ボーイッシュながらも、女の子らしい一面のあるレインらしいチョイス。
「よし、じゃあさっそく海岸の観光クエストに行こう」
「うん、きれいな海辺で……可愛い貝殻拾おう」
夕陽が美しいデートスポットとして有名な異世界の海岸でデート。ドキドキとする心の音と調和するかのごとく、波の音がリズムを刻む。
まだ日が高いが、あと数十分もすれば海岸線に沈むオレンジ色の夕やけが訪れるだろう。
砂浜はジャリジャリとして、少し歩きにくい。海岸で学生服姿でのんびり歩くオレたちを誰も勇者と女勇者という特別な職業の若者だとは思わないだろう。
すれ違う人も様々……。
大型犬と一緒に散歩をするおじいさん、海の景色をカメラに収める若者、オレたちと同じように制服姿でデート中の学生の姿も見られる。
「なんだか、こうしていると平和で……ここが異世界だって忘れちゃいそうだね」
「ああ、そうだな」
波の音に耳を傾けながら、夕陽を待つ。
ふと、レインが遠慮がちにぽつりぽつりと語り始めた。
「いつか、話さなくちゃいけないと思っていたこと……今から話して良い?」
「えっ」
心臓がドキンっと鳴る。今日は何回目だろう。
「きっと、この話が出来るチャンスは今回しかないから……。イクト君も……地球から異世界転生してきたんだよね?」
レインから『異世界転生』という言葉をはっきりと聞くのは初めてだ。そして、地球についても……だけど、今レインはイクト君も……って言わなかったか?
「レイン……イクト君も……って。まさか……」
ゆっくり降りてきた夕陽に照らされる、切なげな表情のレイン。
オレの中では既に答えが出ていたが……レイン本人の口から聞きたい。
「うん……私も実は、イクト君と同じ異世界転生者なの……本当の名前は高凪レイラ。地球の……東京都の学校に通う普通の女子高生。レインっていう名前はオンラインゲームの時に使っている愛称……だった……蒼穹のエターナルブレイク-side イクトス-ていうゲームに出会うまでは……」
オレにも覚えがある現象。
レインの告白に驚きはしたが、何故かすんなり受け入れられた。
蒼穹のエターナルブレイク……やはり、あのスマホゲームだ。
「気づいたら、転生していた? まさか、レインも最初から勇者として? ゲームをダウンロードしたら異世界へと転生していたってことだよな」
オレの問いにレインはコクリと頷く。
「一緒にゲームをプレイしていた従兄妹も、この世界の住人になっていたから、やっていけたけど。昔プレイしていたゲームの続編みたいだし、もう一度やってみたいなって」
オレの中で……心に引っかかっていた何かか解消されていく。
「オレと同じだ。気づいたら異世界に転移していて……それで、気づいたら本当に転生して……」
蘇る遠い遠い……記憶。
「そうだね……。最初は異世界転移だった。人気スマホゲーム【蒼穹のエターナルブレイク】シリーズ。あのゲームをダウンロードしてから、私は女勇者レインとして、自分の人生を異世界でリスタートすることになったの」