第六部 第15話 休日は兄妹で湖へ
六月の日曜日。
梅雨の季節なこともあり、雨の日が続いたが、今日は運良く晴天。
「ハーレム勇者認定試験も第三試験まで無事終了……。中間審査の期間は試験がなく、時間が空きますが……ふむふむ、今日は妹さんと遊びに行くんですか」
「アイラが異界の公園のボートに乗りたいって言っていたからさ。休みの期間に行こうと思って」
一応、調査の一環なのか今日のお出かけ予定もククリに報告する決まりになっている。だからといって今回の外出には、ククリは着いて来ないらしいが。
「なるほど……兄妹の仲が良いのは素晴らしいことですね。妹さんとは地球時代から仲が良く? 他にもごきょうだいはいらっしゃいましたか」
意外な質問だ……地球時代の生活も調査の内容に入っているのか。
「アイラとの仲は、悪くはなかったな。どちらかというと、仲の良い方だよ。地球時代は他にもきょうだいがいたかもそれないけど、あんまり詳しいことは覚えていないんだ。異世界に転生してから断片的な記憶しかないから」
「そうですか……では、今日のお出かけ楽しんで来てください!」
「ああ、行ってくるよ!」
* * *
外は陽射しが溢れて青空が広がる……妹アイラと約束していた『湖の見える公園』で遊ぶのにちょうど良い天候だ。
さわやかな風が心地よく、湖周辺も過ごしやすい温度で安心する。さっそく、ボート乗り場を目指して2人で園内を歩く。
「お兄ちゃん、早く早く! 向こうの売店でソフトクリームが売ってるよ。一緒に木陰のベンチで食べよう。それからボートねっ」
「おうっはしゃぎすぎるなよ!」
近頃ずっとハーレム勇者認定試験のテストを受けていたので、兄妹二人で過ごす休日は久しぶりだ。
(いや、もしかするとギルド加入以来、ほとんどクエストに参加していたし、この間のキャンプもギルドメンバーと一緒だったから、兄妹二人だけの時間なんて一年近く過ごしていないんじゃないか?)
ギルドメンバーとの交流も大切だが、せっかく兄妹二人とも同じ学園で寮生活をしているのだ。たまには、こうして家族の時間を大事にしても良いだろう。
アイラも久しぶりの家族の交流が嬉しいのか、いつもよりはしゃいでいる。大きな目元をきらきらと輝かせていて愛らしい。
「今日は、ソフトクリーム食べて、ボートに乗って、きれいなお花を見て……楽しみ!」
トレードマークのピンク色のツインテールヘアを揺らしながら、広い公園を自由に駆ける。
涼しげな水色のチュニック、紺色のショートパンツの下に黒のレギンス、歩きやすい白いスニーカー。鞄は小さめのベージュ色のポシェット。スポーツ少女らしい、動きやすいファッションだ。
ボート乗り場近くの売店に到着。
お目当てのソフトクリーム以外に焼きそばやおにぎりなどの軽食もあるが、ボートに乗る前に暑さで火照った体をソフトクリームでクールダウンしたい。
「アイラ、チョコミックスソフトクリームが食べたいな! お兄ちゃんは?」
「オレはバニラかな? すみません、チョコミックスとバニラのソフトクリーム一つずつ」
さっそく売店でソフトクリームを二人分購入。木陰のベンチでたわいもない話をしながら、甘いバニラ味を楽しむ。
「ところでアイラ、ボードは何の種類に乗りたい? 三種類あるみたいだぞ」
公園内の入り口でもらったボートエリアの案内用紙をアイラに見せる。
「一般的なオールで漕ぐボート、二人で協力し合うサイクルタイプボート、可愛い白鳥ボート……いろいろあるね。うーん、せっかくだし二人で協力サイクルタイプボードがいい」
「よし、サイクルタイプな。じゃあ、乗り場に行こう」
「うん! 一緒に楽しもうね」
* * *
湖は光を照らし、水面をたぷんと揺らしている。森に囲まれた湖はロマンティックで、澄んだ風が流れる。美しい景色はまるでおとぎの国のようだ。
さっそく、受付でチケットを二枚購入。
「サイクルタイプ二枚ね……二人で息を合わせて、焦らず漕ぐとイイよ」
と、受付で漕ぎ方のアドバイスをもらう。
「へえ、分かりました」
「焦らず……だね。お兄ちゃん、気をつけよう」
自転車のように運転するこのボートはなかなか操縦が難しいらしい。コンビネーションがものをいうんだとか。
ボート乗り場へ移動。ガイドさんにチケットを渡し、好きな色のボートを選ぶ。
「ボートチケット二枚……あら、可愛らしいカップルね」
オレたちを見て、ガイドの女性が一言。オレは15歳だからともかく、アイラはまだ小学校六年生……12歳のはずだが、カップルに見えるのだろうか?
「あはは、妹なんです」
オレが一応関係を説明すると、アイラはガイドさんにぴょこんと頭を下げて、先にボートへ乗り込んでしまった。多感な時期だし、恥ずかしかったのだろうか?
「そういえば、何となく似ているわね。迷信のことを気にしてボートに乗らないカップルもいるから一応、と思ったんだけど……じゃあ、何も問題ないわね」
「迷信ってカップルで乗ると分かれるとかっていう?」
「本当にただの迷信なんだけど……インターネットで噂が広まっちゃってね。気をつけていってらっしゃい」
ただの迷信……か。
少し不安に思ったが、アイラは「お兄ちゃんも乗ろう」と笑顔。
さっきのアイラの態度はやはり照れだったのか? せっかくの兄妹水入らずだ。楽しいボートタイムにしよう。
ゆらゆらと揺れる水面をすいすい進む。この湖、結構広いし、なかなか体力がいるな。手漕ぎタイプのボートにしなくて正解かも。
「ふう、アイラちょっと疲れたか?」
「うん……お兄ちゃん、この辺で休憩しよう」
他のボートとぶつかる心配のない端っこのエリアで休憩。湖から見える森林を眺めてリフレッシュ。すると、アイラがさっきのガイドさんに言われた台詞を思い出したのか、ぽつりぽつりと話し始めた。
「ねえ、お兄ちゃん。私とお兄ちゃんって、前世だと血のつながらない兄妹だったでしょう?」
アイラはオレとは反対側の景色を見ながら話していて、表情は見えない。見られたくないのかもしれないが。
「えっ……そういえばそうだったな。でも、ほとんど実の兄妹として育てられたし、本当のことを知って割とすぐに転生しちゃったから……あまり意識しなかったよ。オレにとってアイラが大事なことには変わりないし……なっ」
前世でも現世でもアイラは大切なオレの妹だ。その気持ちに嘘はない。
「私ね、たまに考えるんだ。もし、現世でも前の時みたいに血のつながりがなくても……お兄ちゃんと私は兄妹のままなのかなぁって……」
ようやく、アイラがこちらを向いて話してくれた。心なしか目が潤んでいるようだ。
「んっどういう意味だ? アイラ」
妹は多感な時期だ。刺激しないように優しく接する。
「お兄ちゃんって今、ギルドのみんなと、次々婚約しているでしょ? ハーレム勇者ってやつなのかなぁ。認定試験まで受けてるし……」
みんなと次々婚約……本当のことだが、前世では考えられない状況だ。オレ自身いつの間にか、身も心も異世界人になった証拠だろう。
「ははは……」
何となく気まずくて、乾いた笑いでごまかす。
それを見たアイラは、くすっと笑い、少し間をおいて、もしもの話だよ……と語る。
「もし、現世でも前世の時みたいに実は血のつながらない兄妹だったら……。私もお兄ちゃんのお嫁さんになる人生だったのかなぁ……とか、いろいろ……」
たとえ話だと分かっていても突然の話に驚く。
「アイラッ? 血がつながらないって、現世でも……前世みたいに?」
思わず動揺するオレに、アイラは宥めるように……。
「たとえばの話! そしたら、一緒に認定試験受けたのかなぁとか、どんなデート試験の内容になったのかなぁとか……もうっ慌てすぎだよお兄ちゃん」
「ごめん……つい。でも万が一、血のつながりがあってもなくても、アイラのこと大切に思っているからな」
前世のことを思い出して、アイラの頭を優しくなでてやる。
「うん……ありがとう、お兄ちゃん。ずっと家族でいようね」
「ああ」
その後、前世の話は出なくなり、再び二人で協力しながら陸に戻る。
遊歩道を散歩し、公園内にある湖の見えるお店で食事。記念館で歴史博物品を鑑賞して学園に帰還。
もう夕刻だ……アイラを女子寄宿舎の入り口まで送る。
「じゃあなアイラ、今日は疲れただろうから早めに寝ろよ」
「うん。楽しかったよ、ありがとうお兄ちゃん。また明日」
アイラは、オレたち兄妹が前世では血のつながりがなかったということを、ずっと心の中で気にしていたのだろう。
夕日に照らされるアイラの表情は、なんだか少し大人びて見えた。
「ああ、アイラ。また明日、おやすみなさい」
きっとオレたちは変わらない。今までも、これからも、ずっと仲の良い兄妹で……。




