第六部 第12話 エルフが誘(いざな)うガチャの冒険
しとしと雨が降りしきる六月。
ゴールデンウィーク頃から、ずっと夏のような暑さが続いていたが、梅雨の季節が到来し気温も少し落ち着いた。乾燥気味だった空気も梅雨らしく、若干の湿気を含むようになった。
そんな天候なので、鞄の中には折りたたみ傘が常時スタンバイしている。
「あいにくの雨模様ですが、そんな梅雨の時期のデートを美しく演出するのもハーレム勇者の腕の見せどころです。しかも今日のデートのお相手は異種族であるエルフ剣士のアズサさん! 男の気遣いで、アズサさんのハートをガッチリと掴んじゃって下さい!」
「あのさククリ、ハーレム勇者ってそんな気遣い万能みたいな男がなるものなのか?」
「ええ……タイプは人それぞれで【無自覚モテ型】とか、【みんな仲間だぜ型】とかいろいろありますが。どのハーレム主人公も、共通するのは女の子に優しいということです」
ククリは、常日頃からハーレムものを研究しているようで、その手の話題になると饒舌だ。
「ふうん……まぁオレが何タイプのハーレム勇者になるのか分からないけど。自分なりに頑張るよ」
「ご武運を! 陰ながら、見守っておりますので」
* * *
ハーレム勇者認定前期試験も早いもので第三テストだ。
今日からエルフ剣士のアズサがパートナー。婚約中のギルドメンバー達とデートを数日こなし、最終日にバトルテストを受けるという形式のこのテスト。要は、パートナーとなる女性のひとりひとりと、コミュニケーションを図り、絆を結んでいくことが目的なのだろう。
今日は、あいにくの雨模様。梅雨に入ってしまったから仕方がないが、今までのデートのように屋外で遊ぶことは出来なくなった。
「よお、イクト。授業、きちんと受けたか? 今日は楽しもうな」
オレに手を振る金髪美人。エルフ族特有のとがった長い耳には、小さなグリーンの天然石ピアス。ウェーブヘアをハーフアップに結び、胸元にはピアスと良く合う洒落たリーフ模様の天然石付きペンダント。
紺色のミニスカートからは、すらりとした脚。足元はローヒールの靴。品の良い白のショルダーバッグが清楚で、エルフっぽさを演出している。
(嬉しいな。今日のアズサ、なんだかいつもより女の子らしい雰囲気だ。もしかしたら、デートということで気を使ってくれたのかも)
「アズサ待ったか、ごめん。せっかくオシャレして来てくれたのに。しかも、デート一日目で雨が降っちゃったな。どうする……どこか、屋内で楽しめる場所にするか?」
放課後、待ち合わせの場所の学園入り口の案内所でデートのプチミーティング。
アズサはオレより一学年上なので、既にこの学園を卒業している。が、学園に隣接するギルド寄宿舎で暮らしているので、学園敷地内での待ち合わせとなったのだ。
試験官が決めた順番通りにデートの相手が決まっていたので、梅雨の時季に当たってしまったアズサはちょっと可哀想な気がした。なんせ、アズサは好奇心旺盛、快活なエルフなのだ。
「やっぱりさ、デートなんだからちょっとは街へ繰り出そうぜ。天気予報だと、ゲートで行ける異界も雨らしいから、地元でもいいよな!」
やはりアズサは活発な性格上、学園の外へ出たいらしい。
「嬉しいけど……ただ、アズサのせっかくの可愛らしいファッションが、雨に濡れてしまうのはもったいない気がするけど……」
「おっイクトもそんな風にファッションを褒めるなんて、ちょっと大人っぽくなったんじゃないか?」
「うっ……だって、デートする年頃なんだぞ! そ、その……デートの相手のことは気になるのは当然で……」
からかわれて、しどろもどろになってしまいオレ。
すると、アズサはいたずらな表情でくすっと笑って、「実は、行きたいところがあるんだ! ちゃんと室内で、雨に濡れないトコ。まずは腹ごしらえだな、結構体力使うからさ……。イクト、今日はこのアズサお姉さんに任せておけよ!」となんだか、やる気の様子。
「う、うん。お願いします」
当初の予定では、オレがアズサを引っ張って行くつもりだったが、結局はアズサがオレを引っ張っていく感じだ。
「じゃあ行こうぜっ。はい、相合傘……雨の日のデートの醍醐味……だろっ」
「うっ……」
傘を差し出してウィンクするアズサはメチャクチャ可愛くて……言われるままに相合傘状態で街へ繰り出すことに。
ひとつの折りたたみ傘を差して、きゅっと腕を組み、学園近くのアーケード街まで。腕を組んでいるせいか、いつもより距離が近い。アズサからは、ほんのりスズランの香り……こういうところは妙に女の子っぽいんだよな。
「んっイクト顔赤いぞ。風邪か?」
違うよ、恥ずかしくて照れてるんだよ。と、云いたいがぐっとこらえて、
「ああ、雨が最近多いし……気をつけるよ」
と、ドキドキを悟られないように誤魔化す。
「うふふっちょっとからかい過ぎたかな?」
「ふぇっ?」
「ううん……なんでも」
アズサは、いつもオレに対して弟のような扱いをしてくる。今日はせっかくのデートだし、少しカッコつけたかったのだが、結局いつも通りのペースだ。
* * *
小腹を満たすために足を踏み入れたのは、産地直送・安心安全野菜使用で有名なバーガーショップ。エルフ族御用達の素材にこだわったお店だ。店内のテーブルやイスもすべて木製で統一されており、お洒落な雰囲気である。
「いらっしゃいませ、ご注文はお決まりですか?」
ナチュラルカラーの店内に癒されていると、カウンターから声をかけられる。働く従業員もエルフ族が大半のようだ。みんな耳がとがっている。カウンターにちょこんと置かれた小さな観葉植物が可愛らしい。
「ここはおごるよ。えっと、このナチュラルフィッシュバーガーセットを……ドリンクは、しぼりたてブドウジュースで……アズサは?」
一応デートなので、オレが会計をしようと財布を手に持ちつつ前にでると、「ありがとう、じゃあイクトと同じのが食べたいな」と、にこっと妖精っぽい可愛らしい笑顔でアズサに微笑まれ、またもやオレは頬を火照らせる。
二階席に移動し、窓際の席をとる。
窓からはぽつぽつと降る雨の様子が伺える。小降りの雨ではあるが、きっと今日はずっとこんな天気だろう。運ばれてきたナチュラルフィッシュバーガーセットを楽しみながら、しばし雑談。
「ここのお店って、素材に全部こだわってるんだろう? 確かに美味しい……タルタルソースなんか、ナチュラルっぽい優しい味だ」
柔らかなバンズに包まれた魚のフライとタルタルソース、しゃっきりレタスが絶妙である。
「だろ? 素材にも味にもこだわっていて、お気に入りのお店だからイクトと一緒に食べたかったんだ」
快活でおてんば、あまりエルフっぽくない印象のアズサだが、食事一つとってもオレたち人間より繊細であることを実感。
ギルドクエスト時は人間と同じものを食べているので気がつかなかった。おそらく、気を使わせてしまっていたのだろう。これからは配慮しないと。
指でちょこんとストローを手に取り、女の子らしい仕草でぶどうのジュースを飲むアズサ。
まさに可愛らしい妖精の姿そのものである。アズサはやっぱり他のエルフと同様、繊細なエルフ族の女の子……そんなイメージがオレの中で構築しつつあったが……。
「ところでさ、イクト。実はこの先にあるゲームセンターに導入された新しいアーケードゲームに挑戦したいんだけど」
ゲームセンター? アーケード? せっかく構築されていた繊細なエルフ族のイメージとアズサが再び遠ざかる。だが、オレの心は不思議と安心していた。
「えっいいけど、どんなゲーム?」
ゲーセンか……エルフがゲーセン……? いや、もしかしたらオレ達、人間の文化に興味があるだけなのかも。だが、アズサの答えはオレの想像とは少し違っていた。
「剣の腕でポイントをゲットする体感ゲームだよ。ギルドで貯まったポイントをゲームコインに交換できるから、無料で遊べるぜ。アタシは剣士だから高ポイント狙えるし、イクトは剣の練習にもなる。筋がイイからきっとすぐに上達するよ」
剣の練習か……アズサはオレの前回のバトル試験を見て、剣の扱いに不慣れなのに気づいていたのか。オレ普段は棍使いだもんな。意外なアズサの優しさに思わずジーンとしていると……。
「しかも、そのゲーム、クリア後にガチャができるんだよ。レアアイテムが手に入るおまけ付き。ほとんどのプレイヤーはガチャが目当てでプレイしているらしくて……」
その後、延々と続くガチャとレアアイテムの話題。
どうやら、実際に星5レアガチャ装備やレア錬金素材をゲットできる冒険者向けのアーケードゲームのようだ。スゴいと云えばスゴいゲームである。ところで、この間アズサはロマンティックなデートにすると張り切っていた気がするのだが……ロマンティックはどこに?
「イクト、冒険者のロマンはガチャでレア装備やレア素材ゲットなんだろ? 人間向けのインターネット掲示板で調べたんだ。アタシがその夢叶えてやるよ! さあ、行こうぜ。夢を叶えるエルフ族のアタシについて来な!」
はりきって席を立ち、手際よく片づけ、オレをゲーセンへと誘うアズサ。その姿は、勇者を冒険へと連れ出すゲームの案内役の妖精を彷彿とさせる。
やれやれ、うちのエルフはとんだオテンバ娘のようだ。




