第六部 第9話 湖とボートの秘密
五月終わりとは思えないほどの真夏のような日差しが降り注ぐ、午後。装備錬金に使用する素材の採取のため、湖の見える公園にやってきたオレ達。
メンバーはオレ、アイラ、レイン、マリアの4人だ。
ミーコは工房で錬金の準備を手伝う為に残り、リス型精霊ククリは『リスに見える自分が大型公園に行ったら、野生のリスと間違えられてしまいます……』と、光になって姿を消してしまった。
ククリは精霊なので、光の状態でオレたちと行動を共に出来るけれど。
『ようこそ湖の見える公園へ』入り口に大きな木の看板。
仲良く手をつないでデートをするカップルや、オレたちと同じく採取に来たらしい冒険者の姿もチラホラ。アイスクリーム屋や軽食販売のワゴンなどもエリアごとに点在しているようで、観光しやすそうな場所だ。休日なこともあり、思ったより多くの人で賑わっている。
「明日から楽に通えるように、転移キューブにこの場所を記録しますね」
マリアが手のひらサイズのキューブに呪文をかける。
瞬時にワープが可能な転移キューブに、この公園の場所を記憶させているのだ。
「ふう、暑すぎて真夏みたいだねお兄ちゃん。アイラ、日の当たらない場所で採取したいな」
時計を確認すると現在14時、一番日差しがきつい時刻だ。
「そうだな、どこか涼しそうな場所は……」
入り口でもらったパンフレットを確認すると、ここから割と近くにボートで遊べるゾーンがある。
『湖を眺めながら、のんびり散歩と採取を……木陰が多く、暑い季節にオススメ』
「このボートエリア周辺で採取するか。木陰もたくさんあるし、採取可能な野草がたくさんあるぞ。日差しが弱まったらボートで遊ぼう」
「うん、そこにしよう!」
オレとアイラがさっそくボートエリア周辺に移動しようとすると、レインがひとこと……。
「あのさ、イクト君。その、ボートエリアに行ってもいいけど、ボートには乗らない方が無難だと思うよ。特にマリアさんとは……」
心なしか、レインの顔が少し青ざめている気がする。なんだろう?
「どうして、レイン。せっかくだから、みんなでボートにも乗ろうと思っていたのに」
レインは何かを言おうか言うまいか、少し考える仕草をした後、「……ここのボート、カップルで乗ると何故か破局するんだって。昨日、この公園についてインターネットで調べておいたんだけど、そういう縁切り効果のあるパワースポットだとかで……」との情報。
パワースポット……いわゆるスピリチュアルとかいう女性が好きそうモノの一種だ。
俗に言う、占いとか風水の一種のようなモノだろう。
「パワースポットかぁ。でもそういうのって迷信だろう? 縁切り効果だっけ。あえて挑戦してみるとか……なんて、あはは」
レインもなんだかんだ言って年頃の女の子なんだな。
まさか、パワースポット情報を本気にしているとは……。だが、そこはやはり女勇者、オレが想像していた返事とは違うモノが返ってきた。
「そうじゃないよ、イクト君。明日から、ハーレム勇者認定試験の第2テストでしょう? 今日は予備日だけど、万が一のことを考えた方がいいし、マリアさんとのデート試験でそういう行動をとったら多分、減点されちゃうよ」
どうやら、レインはオレが現在受験中のハーレム勇者認定試験の点数について危惧していたようだ。
「テストの点数……そういうことか。分かった気をつけるよ。なぁマリア……あれっマリアは?」
さっきまで隣にいたはずのマリアがいない……。おかしいな。
「イクトさーん。みんな、冷たいドリンク買いましょう。美味しそうなタコスもありますよ」
屋台の前で楽しそうに手を振るマリア、さっきの話は聞いていなかったようだ。
「分かったマリア、すぐ行くから待ってて!」
* * *
ボート乗り場までの遊歩道は木陰になっていて、だいぶ日差しが和らいでいる。オレたちの手には、屋台で購入したドリンクやタコスの入った袋。歩いて10分ほどでボート乗り場に到着。
「ちょうど、休憩スペースがあるからそこでこの図鑑をチェックしながら計画を立てよう」
「タコス、どんな味だろう? 辛いのかな。いただきまーす。はむっ。んっ……結構甘いよ」
「あはは……マイルド風味のタコスにしたから、大丈夫だろうと思ったけど。良かったな食べやすくて」
休憩スペースはテーブルとイスが設置されていて、美しい湖畔を眺めながら食事を取ることが可能だ。
「んーチョイ辛めのタレに、チーズやレタスがマッチしていていいですね」
「本当……タコスって普段はあまり馴染みがない食べ物だけど。こうやって屋外での食事にも向いているし、便利だね」
遅めのランチのタコスは、ほんのりピリ辛だが、癖になりそうな味わいだ。スポーツドリンクをゴクリと飲み、水分補給。
「ふう……美味しかったな。じゃあ、この辺りの採取情報について詳しく調べてみましょう」
「ええと……水辺のやすらぎエリアで採取できるアイテムについて……」
マリアが図鑑とパンフレットを交互に調べ、このエリアで採取できる素材を改めてチェックする。
「この種類の花が、錬金に使えるみたいですね。さっそく、摘んでいきましょう。公園の制限で一人一日合計三本までだそうです。それと、取っていいのは素材コーナーのものだけですよ」
「制限本数があるのか……毎日通えば錬金に間に合うか?」
よく考えてみれば、採取し放題ではあっという間に素材がなくなってしまうだろう。
「今日はテスト予備日ですから、レインさんやアイラちゃんも一緒ですが明日からは私とイクトさんの二人で採取となりますので……。もし、テスト最終日までに錬金出来なくてもサブウェポンがありますし」
マリアがオレの背負う『ロングソード・改』を見て安心そうに語る。確かに、この装備は攻撃力設定も高めだし、バトルテストはこれでも大丈夫だろう。
「そういえばそうだな。じゃあ、採取始めるか」
素材コーナーと書かれた立て札のあるスペースに移動し、背の高い花々の隙間を抜け、がさがさと周囲を探すが、なかなかお目当ての素材は見つからない。
だが、不思議と気分は心地よい。
おそらく、この花々から発する香りのおかげだろう。天然の花の香りが漂い、爽やかな空気である。木陰で涼しい場所なこともあり、アロマセラピーでもしているかのようだ。
「お兄ちゃん! これじゃないかなぁ」
「イクト君、見つけたよ」
二人の手には赤や黄色の美しい花。アイラとレインが目当ての素材がたくさんあるスペースを発見してくれて、採取終了。
「今日の分はこれで終了ですね。レインさん達のおかげで手こずらずに済みました」
「そうだな。レイン、アイラ、手伝ってくれてありがとう」
満足げな表情の二人。明日からはマリアと二人だが、何とかなるだろう。
ふと何かを思い出したのか、水面のきらきら輝く湖をちらっと見てアイラが、「ねぇお兄ちゃん、そういえばボート乗らないの?」と素朴な疑問を投げかける。
「ああ、今日は混んでるからパスしよう」
まさか縁切りの噂があるから……とはいえず、それとなく断ると「えー! アイラ、ボートに乗りたいのに」と不満げな声。
「でもさ……ほら、縁起を気にした方がいいって……レインも話していたし……」
「アイラとお兄ちゃんなら兄妹だから、ボートの迷信は関係ないでしょ。テストが終わったら乗せてね」
どうやら、アイラはこの場所が気に入ってしまったようだ。確かに美しい水面をゆったりと進むボートには、一度乗ってみたい。
「ああ、分かったよ。テストが一段落したら、次の休みにな」
「約束だよ! 絶対ねっ」
オレたちのやりとりを見守っていたレインとマリアが、「ちょっと早いけど、そろそろ帰ろう」「そうですね。明日の準備もありますし、帰りましょう」と、帰還を提案。
「今日は本当にありがとうな、じゃあ帰るか」
その時……湖を立ち去ろうとすると、どこからともなく声が聞こえてきた。
『あら、今日はボートに乗って下さらないの? 残念だわ』
聞き覚えのない、美しく、どこかはかなげな女性の声。
「えっ……誰……あれっ……誰もいない。空耳か」
「イクトさん! 行きましょうよ」
仲間達に呼ばれ、駆け足でその場を立ち去る。ただの空耳だろうか? それとも……?
『いつか、この湖でボートに乗って下さいな。それまで、待っていますわ』