第六部 第7話 限界値を突破する勇者
異世界の深き森の奥、時刻はまだ昼時だが鬱蒼とした木々に阻まれ日差しが届かない。
それどころか、魔力が立ちこめ暗いじっとりとした空気が漂う。平常時と異なるぴりぴりとしたオーラ。奥地では静寂をかき消すかのような激しい戦いが行われていた。
キィイイン! ドンッ!
渾身の力で放った攻撃技を刀身で受け止められてしまう。
惜しい、あと少しだったのに。弾かれた愛用の棍をぎゅっと持ち直す。
「君の実力はこんなモノかな? 勇者殿、認定試験だからといって手加減はいらないよ。実戦のつもりで全力で来たまえ!」
頑丈な鎧を装備した試験官である魔法戦士三人は、軽々とした身のこなしでオレとミンティアを翻弄していた。
「くっ。ミンティア、右だ!」
「精霊召喚、氷のエレメント!」
ミンティアがショートダガーで空間を切り裂き、氷の精霊を呼び出す。
「キシャアアアア!」
氷のチカラを宿す精霊獣のブレスが魔法剣士の足元に放たれる。これで動きが鈍くなるはずだ。
「よし、全力の一撃! うぉおおお!」
棍に魔力を込めてドン! と魔法剣士リーダーの腹部を突く。
「ぐはぁ!」
ドォン! ザザザザザッ! 勢いよく吹き飛ばされた魔法剣士は背後の木々に身体を受け止められるも、既に身動きの出来ない状態だ。
「そこまで! 勇者イクト・聖女ミンティアコンビの勝利。よってハーレム勇者認定試験第一段階は合格とします」
リス型召喚精霊のククリが魔力でふわふわと浮遊しながら、オレたちの第テスト一段階合格を告げる。
「ふう……ちょっと疲れたな」
久しぶりの実戦さながらのバトルにどっと疲労が出る。思わず、木によりかかり座り込む。
「お疲れ、イクト君」
「おう。ミンティアもお疲れ、サポートありがとうな」
ハーレム勇者認定試第一段階最終テストは、今までデートを重ねたパートナーと二人でコンビを組み、凄腕試験官と真剣勝負で勝利することだった。
ただのデート試験とタカをくくっていたが、まさか最後にこんな試験が待ちかまえているとは……。さすが『勇者』の為の試験といったところだろう。
「いやあ、イクトさん達、なかなかやりますね。協会に保管されているデータよりも高い攻撃点数をはじき出していますよ」
ククリは尻尾をふわんと振って、なんだかご機嫌だ。
「バトルテストが最後にあるなんて、考えもつかなかったよ。今までのテストは街でのデートがメインだったからさ」
オレの何気ない一言にククリは、「ああ、そういえばそうですね。でも正妻であるミンティアさんとの試験はこれでひとまず終了ですが、これから他の女性をパートナーにしたテストが続きますので……バトルテストに向けて対策を立てることも可能ですよ」と、のんびり試験続行を告げた。
「そっか。テストの大まかな流れがつかめて良かったよ。じゃあ、ギルドに帰還して次のテスト対策を練るか」
「うん、帰ろうイクト君。じゃあ、転移アイテムを起動するね」
ミンティアが手のひらに乗せた四角い箱状の転移アイテムに呪文をかけると、オレ達はキューブ型の大きな光に包まれ、ギルドへのゲート入り口に転移していた。
この転移アイテムは、最近普及し始めた優れモノである。すぐにゲートをくぐりギルドへと帰還、10分前には異世界の森奥地で戦っていたのに……便利なものだ。
* * *
「特殊クエスト達成おめでとうございます。今回のクエスト結果はギルド本部以外にも、ハーレム勇者認定協会へ報告が行きますので……」
所属する聖騎士団ギルドの受付で報告を済ませ、待機のメンバー達の元へ。
次のテストを一緒に受けるマリアと打ち合わせもしたいな……と、考えているとカフェスペースからひょっこりとマリアの姿。
「あっイクトさん、クエスト終わったんですか? お疲れさまでした。いきなり、バトルクエストがくるとは……予想外でしたね。ミンティアさんからいろいろ様子を訊いてびっくりしました」
「一応、テストは合格したけど試験官が強くて驚いたよ」
打ち合わせもかねて、オレも仲間達の待機していたカフェスペースへと移動。
レモンティーを注文し、しばしリラックスタイム。ほんのりとレモンの香りが鼻孔をくすぐる。
「それにしても、ハーレム勇者認定協会が用意した試験官さんがそんなに強いとは……。なかなかいい人材を揃えている協会のようですね」
次回の試験対策を練っているのか、スキルの組み合わせブック片手に勉強し始めたマリア。
「でも、まさかバトルが必須のテストだなんて。けど、ハーレム【勇者】の認定試験だし仕方がないか……お兄ちゃん大変だったね。怪我してない?」
隣に座る妹アイラが『どこか怪我をしているんじゃないか』とオレの腕や手を触って確かめる。
「大丈夫、かすり傷程度で済んでるよ。あとで回復スペースに行って、治癒魔法をかけてもらうからさ」
「本当? ならいいけど……。でも……」
まだ、どこか心配そうなアイラ。
「どうして、そんなに心配してるんだ? いつもクエストで戦ってるだろう。怪我の一つや二つ……」
すると、それまで黙っていた神官エリスが申し訳なさそうに、「私の所為ですわ、イクト様。実は御神託でイクト様やイクト様にまつわる何かに変化が起こると出ておりましたの。けれど、テストの邪魔をしてはいけないと思って……」と意外なセリフ。
「御神託? 神さまからのお告げってことか」
エリスの占いや御神託は百発百中と云われている。
実績も高く、ギルド内で占いコーナーを開き、なかなかの盛況ぶりだ。そのエリスの御神託がはずれるなんて……。
「お兄ちゃん、私ね、そのお告げを聞いた時から何かが起こるんじゃないかと思って。けれど何もなくて良かった……あれ、お兄ちゃんの武器!」
「えっオレの棍? あっ魔法石の飾りが取れてる! 思いっきり必殺技を使ったから、きっとあの時に……もう、替え時なのか……」
オレ自身の身には何もなかったが、愛用の棍が壊れるとは……。ギルド加入以降は、いろいろ武器を替えてきたオレだが、この武器は中級に上がった頃からずっと使ってきた棍。愛着も人一倍だがこれも転機なのだろう。
「もしかしたら、イクト様に降りかかる予定だった何かを、この棍が代わりに引き受けてくれたのかもしれませんわ。たまに、そういうことがあるそうです。あとはイクト様が、いわゆる限界値を突破されたとか……」
「限界値? 何かの制限がオレにかかっていたということ?」
「ええ、一定レベルを突破すると起こる現象です。攻撃力や魔力が上がる時期に、これまで使っていた武器が衝撃に耐えられなくなって故障するそうですわ……」
さすが、エリスは転職やクラスチェンジを司る神官一族なだけあって、そういった事情には詳しい。
早速、スマホ画面で自分のステータスを確認する。確かに、ランク3としてはすでに限界値のレベル50となっていた。これ以上パワーアップするにはランクを4に上げる申請をギルドに行い、またレベル上げをするしかないが……。
【ステータス】
勇者イクト 職業:学園勇者(ランク星3)
レベル:50(ランク星3の限界値、ランクアップ後はレベル1に戻りさらなるパワーアップが可能)
HP:1320
MP:100
攻撃武器種:棍・剣・槍
装備武器:なし
これまでの装備武器:二連続攻撃用バトル棍(故障のため使用不可)
装備防具:勇者コース装備中級スタイル・鉄の胸当て・アクティブベルト・なめらかブーツ
装飾品:携帯用バッグ・呪いよけのペンダント
呪文:回復魔法小、攻撃魔法
【備考】
ランクアップ後は、1度レベル1に戻りますが体力や攻撃力は引き継がれるため、より強くなる事が出来ます。
ランク4になるためにはギルド申請が必要。特別な試験などはなく転職なしで、ランクアップが可能です。
「武器が……使用不可能になってる! どうしよう。前の武器に戻すと攻撃力は下がるし……」
ステータス画面をひと通り、確認し終わる。装備武器が使用できないとの表示が出ており、ちょっと困惑。
「中級ランクからは武器のお値段が結構張るし、気軽に買い替えは出来ませんよね」
「じゃあ、どういった武器を使えば……上級者用の武器をお金を貯めて購入するとか?」
困った様子のオレたちを見て、リス型精霊のククリが一言、「もしかしたら、イクトさん達はまだ装備錬金をされたことがないのでしょうか? アースプラネットではまだそれほど普及していませんが、素材を集めて自分好みの武器や防具をカスタマイズできますよ。もちろん、お値段もリーズナブルです」と冒険にヒントを教えてくれる。
「装備錬金? 装備品を改良できるってことじゃ」
すると、ミーコが何かを思い出したのか目をきらっと輝かせて、「にゃあ、そういえば犬耳族のココアが錬金の勉強をしてるっていってたにゃん。ココアに頼めば錬金できるにゃん」と、武器屋で働く犬耳族ココアへの依頼を提案。
ココアとミーコは種族の壁を超えて仲が良く、頼みやすいだろう。
「けど、明日のうちに素材集めできるかな?」
するとマリアが明るく、「イクトさん。素材集めができると噂の素敵なスポットがあるんです。そこで素材クエストとデート試験、両方しましょう! まずは、ココアさんの武器屋で錬金の相談をしないと……」と、デートと素材探しを同時進行でこなすことを提案してくれた。
「……マリア、ありがとう。明日から装備錬金に向けて準備開始だ!」