第六部 第6話 夕飯は彼女の手料理
ついに始まったハーレム勇者認定試験……といっても、試験内容は婚約中の女性と絆を深めるためにデートをするというものだった。
正妻として婚約中のミンティアと、ごく普通の学生らしい放課後デートを数回重ね彼女の意外な一面をかいま見たり……。と、今までミンティアの事を知っているようで知らなかったのだと実感。
「ふふふっ。今日は、お待ちかねのご自宅デートの日です! ここは寄宿舎制なので、自宅というより自室という表現の方が正しいですが」
「確かに、ミンティアの部屋に行くのは初めてだよ。男子生徒が女子生徒の部屋に行くこと自体、出来ないんだろうし。あれっ……じゃあやっぱり外で会うだけのデートの方がいいんじゃないか?」
「それは、あとで分かりますよ。では私は再び光となって見守りますので……ミンティアさんから連絡が来たみたいですし……」
監査役のククリによると、今日はこの数日間のデートとは違い、学校外に繰り出すものではないらしい。
デートの相手のミンティアには、何か考えがあるようだ。放課後は学園事務棟で待ち合わせとなった。
授業が終わり、待ち合わせ場所に向かうと事務棟のロビーにはミントカラーの美しい髪を持つ学生服の少女の姿。
事務棟は外部からの来訪者も多いので待ち合わせをする人の数も多いが、あのミントカラーの髪色は異世界人の中でも珍しい色らしいので、ミンティア本人で間違いないだろう。
今までの待ち合わせはオレが待つ事が多かったが、今回は逆となった。
「ミンティア、お待たせ」
「イクト君! さすがだね、時間ぴったりだよ」
事務棟の廊下に設置してある掛け時計を見ると、確かに待ち合わせ時刻ぴったりだ。すると、ミンティアはやや間をおいて……。
「ねぇ、イクト君。もしよければ、今日は私の部屋で夕飯食べようよ。手作りカレーをごちそうするよ。イクト君の好きそうな種類のカレーを……ねっ!」
「えっ手作りカレー? 嬉しいけど、ミンティアの部屋って聖女コースの寄宿舎だろう。入って平気かな?」
先ほどもククリと話していたが、オレ達は同じ学園内の寄宿舎で生活している。だが、異性であるため、お互いの部屋に往き来したことはない。
使い魔だったミーコや守護天使のエステルはオレの家族のようなものなので学園事務の許可書なしでオレの部屋に出入りできるのだが。
ミンティアの場合は『異性の生徒』というカテゴライズであり、学園事務室からの許可はもらえない……はずである。
なので、ミンティアの部屋がどんな風でどのように暮らしているのかも実は分からないのだ。
思わず驚きの声をあげるオレにミンティアは笑って、「イクト君は私と婚約しているんだから、許可書をもらえば平気だよ。すぐ書いてもらうね。事務室に行こう」とのこよ。
婚約者……つまり家族になる予定だから、お互いの部屋を往き来しても問題ないという事だろう。これがククリの話していた【後でわかること】なのか。
ミンティアに手を引かれ、事務室で手続きを済ませる。
次は学園内のスーパーマーケットで食材の購入。夕方なことも手伝って、オレたちと同様買い出しなのか人が多い。明るい店内サウンドや買い物客の声が響き、にぎやかだ。
「じゃがいも、にんじん、ピーマン、たまねぎ……」
野菜売場で次々と買い物かごに野菜を入れるミンティア。
どんなカレーを作ってくれるのだろう。オレの好きそうなカレーって? 野菜売場から移動し、缶詰コーナーでツナ缶をかごに入れる。さらにカレーのルー……もしかして。
「イクト君、ツナが好きみたいだから……ツナカレーを作ってみようと思って。もちろんお野菜もたっぷり入れて……あとはピーマンの肉詰めも作るね。これは私が小さいときから好きなものなの」
頑張るね……と微笑む。そういえばこの間も『ツナはマグロ』と言いながらツナクレープ食べたし、サンドウィッチは必ずツナを食べるし、おにぎりの具もツナにしているし……オレって結構なマグロ好き……もとい、ツナ好きだったのか。
「ありがとう、ミンティア。ツナカレーにピーマンの肉詰めかぁ……手作りならではの家庭料理って感じだな。オレも少し手伝うよ」
「ふふっ。私達、近い将来一緒に家庭を作るんだから……はじめての共同作業……だよ」
「家庭、共同作業……」
ふと、結婚や将来を意識してしまい、お店の中であることを忘れ、思わず動揺するオレ。ミンティアも恥ずかしかったのか照れ笑いをした後、「次はピーマンの肉詰め用にひき肉を買わないと……」とさっと移動してしまった。
* * *
今まで訪れることの無かった聖女コース寄宿舎、白い外観で三階建て。
ちなみにミンティアの部屋は二階だ。エントランスで管理人さんに挨拶し、階段を上り、緊張しながら女子生徒のみが暮らす寄宿舎内の廊下を移動する。
ちょうど帰宅したのか寄宿舎に住む他の聖女とすれ違う。
ぎこちなく挨拶するも向こうは平然とした態度で挨拶した後、「ミンティアちゃん、今日は婚約者の勇者様と夕ご飯?」と、スーパーの袋を持つオレの様子を見て察しているのか、ミンティアの婚約者の来訪……つまりオレの来訪をを当然のように受け入れている。
「うん。手作り料理を食べてもらいたくて……ちゃんと事務で許可をもらってあるから……」
「へぇ、お二人とも仲が良くて羨ましいわ。ごきげんよう」
「ええ、ごきげんよう」
「イクト君、ここだよ」
ミンティアが自室ドアを開け、室内へと誘う。廊下の灯りはセンサーで自動点灯するようだ。
「おじゃまします……」
「イクト君、そんなにかしこまらないで。どうぞ」
よそよそしい態度のオレに優しくスリッパを用意するミンティア。
「あれっもしかしてオレの部屋より広い? ダイニングルームがついてるんだ。オレの部屋とベッドルームは同じくらいの広さかなぁ。もしかしてウチと違ってロフトはついてない?」
シンプルな木の温もりが感じられるダイニングテーブル、全体的にカントリー調の家具で揃えられており、ナチュラルテイスト。
ミンティアの個室はドアが半分開いていて、ちらりと木製のベッドやデスク、ドレッサーなどが確認できる。清潔感のある女の子の部屋といった雰囲気だ。
「うん。聖女はお料理も必修スキルだから、お料理しやすいように他の部屋よりちょっと広いみたい。でも、ベッドルームにはイクト君の部屋みたいにロフトルームがついていないから、守護天使と共同で使ってるの。家具は備え付けのものと自分で買い足したものと半々くらいだよ」
「知らなかった。守護天使と共同部屋かぁ……」
「うん、今日は私達に気を遣ってくれてどこか遠くで見守ってくれているみたいだけど……」
手を洗い、買ったばかりの食材を取り出し、楽しそうに夕飯の準備を始めるミンティア。
「イクト君、待っててね。すぐに下ごしらえをして……ささっと作るから」
「いや、せっかくだしオレも手伝うよ。こう見えて自炊も結構しているんだ」
「ふふ、そういえばイクト君ってクエストの時もお料理しているものね。じゃあ、お野菜切るの手伝って」
「おう! 美味しいカレーにしような」
二人で並んで野菜の皮むき。ピーラーで皮をむいて、ジャガイモの場合は芽をとって適度なサイズに切ったら水の入ったボールへ。水にさらすことで臭みやぬめりがなくなるのだ。
手際よく野菜を切るオレを見て、「イクト君、手つきがいいよね。もしかしてお料理、好きなのかな?」と何気ない質問。
「んーそんなに普段は意識してないけど、好きなのかも」
「ふふっ頼りになるね! じゃあ、次は……」
パートナー聖女ミンティアとの初めての共同作業。
二人で協力しあって切った人参やたまねぎ、ジャガイモなどの野菜を炒めて、ツナとローリエの葉を一枚入れてよく煮込む……。ローリエの葉は風味をプラスしてくれるのでお気に入りだ。
ローリエを取り出したら、カレーのルーを入れてとろとろに……。
切ったピーマンにナツメグ入りの肉だねを詰めてフライパンでジュワッと焼いたら……ツナカレーとピーマンの肉詰め完成だ。
さっそく皿に盛りつけテーブルに並べる。ドリンクはガラスのコップにそそいだアイスティー。
『いただきます!』
共同作業をした影響か、オレとミンティアの声がハモる。
カレーはツナのマイルドな風味が野菜と程良くマッチしていて、手作りならではの優しい味わい。
ピーマンの肉詰めは箸で切ると肉汁がじゅんわり……アツアツの香ばしい肉とピーマンの相性がグッド! お好みでソースやケチャップもつけて……。
「美味しくできて良かったね、イクト君。なんだか……新婚生活みたい……」
「ミンティア……」
その後オレたちの顔がしばらく赤かったのは、マイルドなカレーの所為ではないであろうことは明白である。




