第六部 第5話 彼女の好きなクレープ
いよいよ、ハーレム勇者認定試験本番。と、いっても実はこの試験、婚約中の女の子との絆を確かめるためにデートをする……というものだ。
この先は何か別の試験があるのかも知れないが。
* * *
「さて、いよいよハーレム勇者認定試験の第1日目となりました。準備はよろしいでしょうか?」
「ああ、身だしなみも整えたしデートプランもバッチリだよ。まぁ先に授業を受けなきゃいけないけどさ」
ククリにいろいろと確認されて、余裕を見せるようにする。おそらくすでに試験は始まっているからだ。
「最初のデートの相手はミンティアさん。聖女という特別な職業のいつも優しい女の子。オレの勇者としての活動におけるパートナー聖女というポジションで私生活でも正妻として婚約している。とのことですが……」
「ああ。だけど、ギルドに加入してからは集団行動ばかりであまり彼女と二人きりの時間を作れなかったんだ。ミンティアと向き合う機会ができて良かったよ」
向き合うと言ってもごく普通の学生同士のデートを数回するだけだが、他のカップルがしていることをしないで結婚するよりはいいだろう。
そしてついに、授業が終わり放課後になった。
ダーツ魔法学園は寄宿舎制なので、下校といっても敷地内の部屋に戻るだけ……。ということもあり、わざわざ敷地の外へ遊びに行く生徒は少ない。衣食住の全てが、学園の敷地内で済むように出来ているからだ。
一方で、寄宿舎制だからといって学園内ばかりにいてはツマラナイ、流行は外にある! と、放課後は外出許可をもらって遊びに繰り出す生徒もチラホラ。
そんなトレンドを追う生徒達を見習って今回のデートは学園の外で行う事にした。
「ほう……今日のデートプランは、予定通り学校外でのデートですか。一気に学生さんらしくなりますね」
「まぁ……ほかのギルドメンバーとも婚約している手前、あんまり特定の誰かとだけ交流深めるのも気がひけるしさ」
それになんとなく、ギルドメンバーの目が届かない場所でイチャつきたいという気持ちがあったからだ。
今回、デート試験の監査役であるリス型召喚精霊のククリも同行するのかと思っていた。
「では、私はイクトさんたちからは認識できない姿で見守りますので……」
ククリには精霊モードという『自然の光』に姿を変え人間を見守る形態があるそうで、どこからともなく見守るから自由に遊んでほしいとのこと。気兼ねなくデートを楽しめそうだ。
* * *
校門そばの学園案内所兼フリースペースのイスに腰掛けミンティアを待つ。
自動ドアが開き、わずかな待ち合わせ時間の遅れを気にしているのか、ミンティアが小走り駆けつけてきた。
「イクト君、待った? イクト君と二人きりでデートができるなんて……すごく嬉しい」
服装はいつもの学生服だが、耳元には見慣れないピアス。白く半透明に輝く丸いムーンストーン、銀色の飾りが控えめにあしらわれている。もしかして、昨日ファッションビルで見かけた時に購入していたピアスなのかな?
「ミンティア、そのピアス似合ってるね。オレもデートできて嬉しいよ」
ミンティアは恥ずかしそうに耳元を触れ、「ふふっありがとう」と微笑んだ。
「ところで、有名なクレープ屋さんに行きたいんだっけ?」
「うん。この雑誌に載ってるお店のクレープ、すっごい評判で毎日行列なんだよ。お休みの日は特に混むらしいから……平日のうちに行こうと思って」
鞄から情報誌を取り出しページをオレに見せてくれる。『行列の出来るクレープ屋、ネオ関西大型ストリートにオープン』写真つき記事によると、フルーツたっぷりのクレープや期間限定メニューなど種類が豊富で人気らしい。
「よし! じゃあ、その美味いクレープおごってやるよ」
「本当? おごってくれるの、イクト君大好き! クレープ何にしようかな……楽しみだね」
おごるという言葉に素直に喜ぶ……案外、現金なところのあるミンティア。さすがオレより長くネオ関西に住んでいる事はある……意外な一面。
「ああ、行こう!」
ダーツ魔法学園から徒歩数分の距離にある大型ストリートは今日も多くの人で賑わっている。
実は、昨日デートの準備で行ったファッションビルもこのエリアだ。世間の感覚ではゴールデンウィークも終わってしまい、恐ろしいことに6月は祝日が一日も無いため、平日のアフターファイブや土日の休みを上手に活用して息抜きをするしかない。
そういうオレ達も、この間の日曜日に日帰りキャンプに行ったばかりだ。
雑踏をすり抜け、情報誌の地図を頼りにクレープ屋を探す。人が多すぎるな……はぐれないようにミンティアの手をぎゅっとにぎると、返事の代わりにミンティアも無言で握り返してきた。
オレたちの言葉を使わない、ちょっとした愛情表現。
「あっもしかして、あのお店かも……何人か並んでるけど……」
「よし。さっそく、並ぼう」
行列に加わると、店員さんがメニュー表を兼ねたチラシを手渡してくれた。
「シンプル・定番プレーンクレープ、生クリームたっぷりごろごろフルーツクレープ、期間限定メニュー、フード系クレープ……随分たくさんあるな」
「本当……思っていたよりずっと多いね」
じっとメニュー表を見つめる横顔。ミンティアはどんなクレープが好きなんだろう?
「好きなの選んでいいよ」
「うん……どうしよう……ヘルシーにサラダクレープ……でもクリームも食べたいし……クリームたっぷりチョコバナナ……にしようかな? いい、イクト君」
「分かった。クリームたっぷりチョコバナナだな。オレはこのツナサラダクレープにするよ。おっ! そろそろ順番だ」
昨日、このデートの為に新調した革の二つ折り財布で二人分の会計を済ませ、クレープを受け取る。
ストリートに設置されているベンチに移動し、二人でクレープを味わう。
オレのツナサラダクレープはマヨネーズとツナのコンビネーションもさることながら、シャキシャキさっぱりとしたレタスやキャベツが飽きのこない味を提供してくれている。ハムも挟まれていて軽食としていけそうな味だ。
さすがフード系メニュー、甘いものが苦手な男性でも平気なメニューと書いてあったのを信じて良かった。
一方、ミンティアはいかにも女性が好みそうなクリームたっぷりのスウィーツ系チョコバナナクレープだ。
オレの隣で一口ずつ丁寧にクレープを食べる姿は上品でありながら、やはり等身大のどこにでもいる女の子。口元につく白いクリームとチョコをやや気にしながら、甘いバナナクレープを口に含む姿はきっと他の女学生と同じ。
いつも聖女だ、なんだと重い役割を彼女に背負わせていて、申し訳ない気持ちにすらなる。
「イクト君、ツナサラダクレープ美味しい?」
彼女からのふとした質問。ちらっと、オレの手にしているクレープを見ている。
「ああ、ツナってマグロだろ。なんていうか、食事って感じ。美味いよ。ミンティアもひとくち食べるか?」
そういえば、最初サラダクレープかクリームクレープか迷ってたみたいだし……オレの買ったツナサラダクレープを食べてみるといいだろう。
「えっ……いいの……じゃあ」
オレが差し出したクレープをぱくん! と小さい口で食べていくミンティア。
「うん……美味しいね。御馳走様……私のチョコバナナクレープも食べてみる?」
スッと差し出された食べかけのクレープ。
「ありがとう……うん、甘くて美味しい」
オレのナチュラルな反応を恥ずかしそうに見つめるミンティア。何か変なこと言ったっけ?
「お互い……間接キスだね」
間接キス……そういえば、ミンティアの一言に思わずはっとする。
ミンティアの頬が心なしか赤く染まる。オレの顔も今、赤いだろうか?
「あっこれ食べ終わったら、このビルに行こう」
恥ずかしかったのか、例の情報誌のページをめくり次のスポットを提案するミンティア。
「ああ、そうだな。せっかくだし話題のスポットにどんどん行こう。ところでミンティアは何のクレープが一番好きだったんだ?」
オレの素朴な質問にミンティアは、しばし沈黙した後、とびきりの笑顔で答えた。
「私、バナナクレープもツナクレープも両方好きだけど……味や種類よりも……【イクト君と食べるクレープ】が一番好きだよ!」




